第3章 有界線形作用素
無限次元の「行列」
有限次元では、線形写像は行列で表せました。無限次元でも、空間から空間への線形写像——線形作用素——を 考えます。微分 、積分 、掛け算 など、解析の操作はみな線形作用素です。 これらを「無限次元の行列」として統一的に扱うのが、この章のねらいです。
ただし無限次元では、線形なだけでは扱いにくい。連続性(近い入力を近い出力に写す)が要ります。そして うれしいことに、線形写像では連続性が「有界性」というチェックしやすい条件に化けます。
定義 有界線形作用素
ノルム空間 の間の線形写像 が有界であるとは、ある定数 で
が成り立つこと。最小の を作用素ノルム
という。
作用素ノルムは「 がベクトルを最大どれだけ引き伸ばすか」の倍率。単位球を で写したとき、いちばん遠くへ 飛ぶ点までの距離です。 が常に成り立ちます。
有界作用素=「引き伸ばし倍率」が有限な線形写像。作用素ノルム がその倍率。
連続=有界
線形写像では、連続性と有界性が完全に一致します。だから難しい「連続」を、計算しやすい「有界」で判定できます。
定理 連続 ⟺ 有界
線形写像 について、次は同値: (1) は連続、(2) は で連続、(3) は有界。
証明
(3)⇒(1): より、 で 。 (1)⇒(2):明らか。 (2)⇒(3): で連続なら、 に対しある で 。 任意の に (ノルム )を代入すると 、 斉次性より 。ゆえに有界()。∎
線形性のおかげで「一点()での連続」が「全体での連続」に、そして「有界」に等しくなる。有限次元では線形写像は 自動的に連続でしたが、無限次元では非有界(不連続)な線形作用素が存在します。代表が微分作用素です。
例 微分は非有界作用素
上で微分 を考える。 は だが で 。引き伸ばし倍率が無限大——微分は有界でない。 だから微分方程式では、扱いやすい有界作用素だけでなく非有界作用素の理論(定義域に注意)が要る。これが 関数解析を難しくも豊かにもする。
作用素の空間
有界作用素の全体は、それ自身がノルム空間になります。しかも が完備なら完備。「作用素たちの空間」を 考えられるのが、無限次元線形代数の醍醐味です。
定理 $B(X,Y)$ はバナッハ空間
をノルム空間とし、有界線形作用素の全体を とする。作用素ノルムのもとで はノルム空間。 がバナッハなら もバナッハである。
スカラー体()の特別な場合、 を双対空間 といい、 その元を有界線形汎関数といいます(第7・8章の主役)。 がスカラー体は完備なので、 は つねにバナッハ空間——これは後で効いてきます。
ノイマン級数:逆作用素を級数で作る
方程式 を解くには逆作用素 が欲しい。 が恒等作用素 に近ければ、逆を幾何級数で作れます。 数の ()の作用素版です。前章の完備性がここで効きます。
定理 ノイマン級数
バナッハ空間 上の有界作用素 が なら、 は可逆で
証明
(作用素ノルムの劣乗法性 から)で、。 はバナッハ( 完備)なので絶対収束は収束(第2章)、 が定まる。 (望遠鏡和)より 。∎
ノイマン級数は「近似解を反復改良すると真の解に収束する」という反復法の理論的裏付けであり、可逆作用素の全体が 開集合(可逆な を少し動かしても可逆)であることも導きます。前章の「絶対収束⇒収束」(完備性)が、 逆作用素の存在という具体的な果実を生みました。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- 連続=有界(線形写像のみ)。 一般の写像では別だが、線形なら一致。だから「有界」を計算して連続を判定する。
- 無限次元では非有界作用素がある。 微分が代表例。有限次元の「線形なら連続」は無限次元で崩れる。非有界 作用素は定義域を全空間にとれず、扱いに注意が要る。
- 作用素ノルムは劣乗法的 、等号でない。 引き伸ばし倍率の積の上界。ノイマン級数の収束は これで効く。
- ノイマン級数は が条件。 数の幾何級数 と同じ。可逆性は「 に十分近い」ときの十分条件で あって、必要条件ではない。
この章のまとめ
- 有界線形作用素=引き伸ばし倍率 が有限な線形写像。線形写像では連続 ⟺ 有界。無限次元には非有界作用素(微分)がある。
- 作用素の全体 はノルム空間で、 完備なら完備。 が双対空間(つねにバナッハ)。
- ノイマン級数: なら 。完備性(絶対収束⇒収束)が逆作用素を生み、可逆作用素の全体は開集合。
- Part I(ノルム・バナッハ・作用素)はここまで。次章から、内積という強力な追加構造をもつヒルベルト空間へ。まず直交射影と最良近似の幾何を作ります。
次章では、内積・直交・そして関数解析で最も使われる定理の一つ——直交射影による最良近似——を導入します。