第1章 群とは何か
「対称性」に共通する骨組み
正三角形を 回してもひっくり返しても、同じ形に見えます。トランプを切る操作、 ルービックキューブの回転、整数の足し算、方程式の解の入れ替え——一見バラバラなこれらに、 同じ構造が潜んでいます。
共通点を並べてみましょう。(1)操作を続けて行うとまた同じ種類の操作になる。(2)「何もしない」操作がある。 (3)どの操作にも元に戻す逆操作がある。(4)続ける順序をまとめても結果は同じ(結合法則)。 この4つだけを抜き出したものが群です。「対称性そのもの」を数学の対象にする——群論の出発点であり、 線形代数やガロア理論、幾何まで貫く、抽象代数の入口です。
群 =「続けられる・戻せる可逆な操作」の集まり。中身(回転か足し算か)は忘れ、合成の構造だけを見る。
群の定義
「操作を続ける」を二項演算 として、上の4条件を公理にします。
定義 群
集合 と二項演算 の組が群とは、次を満たすこと:
- (結合法則)。
- (単位元)ある で、すべての に 。
- (逆元)各 にある で 。 (演算が閉じている————は「二項演算」に含めた。)さらに が常に成り立つとき可換群(アーベル群)という。
以後、演算 は省略して と書き、単位元を (または )、 を 回かけたものを と書きます。 可換群では演算を 、単位元を と書くこともあります(加法的記法)。定義がこれだけ短いのに、 恐ろしく広い対象を捉えます。
例 群の例
- 、、:整数・有理数・実数の加法(可換、単位元 、逆元 )。
- 、: を除く数の乗法(可換、単位元 )。
- 対称群 : 個のものの並べ替え(置換)全体、演算は合成( で非可換)。
- 二面体群 :正 角形の回転と鏡映(位数 、非可換)。
- 巡回群 :時計のように で一周する加法(可換)。
- 一般線形群 :正則な 行列(積、非可換)——線形代数との接点。
有限群はケイリー表(九九のような積の表)で全体を見渡せます。下で群を選んでみてください。 表の各行・各列に同じ元がちょうど1回ずつ現れる(ラテン方陣)のは、逆元があることの現れです。 (下部の色分けは第3章の剰余類。今は表そのものと、 が可換=表が対角線対称、・ が非可換=非対称なことを見てください。)
基本性質
公理から、当たり前に思える事実を証明します。「当たり前」を公理だけから導けることが、抽象化の健全さの証拠です。
命題 単位元・逆元の一意性と消去律
群 において:(a)単位元は一意。(b)各元の逆元は一意で 。 (c)消去律:、。
証明
(a) がともに単位元なら ( が単位元だから 、 が単位元だから )。 (b) の逆元 があれば 。 より (順序が逆になる——靴と靴下を脱ぐ順)。 (c) の両辺に左から :。∎
消去律は「両辺を割ってよい」という、方程式を解く基本操作の保証です。逆元の存在だけからこれが出ます。
部分群
群の中の、それ自身また群になっている部分に注目します。
定義 部分群
の空でない部分集合 が部分群()とは、 の演算のもとで 自身が群をなすこと。
いちいち全公理を確かめるのは面倒なので、実用的な判定法があります。
定理 部分群の判定
の空でない部分集合 について、次は同値: (1)。(2) かつ (積と逆で閉じる)。 (3)。特に有限の なら「積で閉じる」だけで部分群。
証明
(1)⇒(2) は定義。(2)⇒(3): なら 、よって 。(3)⇒(1): なので をとると (単位元)。 から (逆元)。 なら より (閉性)。結合法則は から継承。∎
「有限なら積で閉じるだけでよい」のは、 の累乗 が有限個ゆえどこかで一致し、そこから と が の累乗として に入るためです(次章の位数で精密化)。どんな群にも自明な部分群 と 自身があります。
位数
定義 群の位数・元の位数
群 の要素数 を位数という(無限のこともある)。元 について、 となる最小の正整数 を の位数 という(存在しなければ位数 )。
元の位数は「その元だけを繰り返して単位元に戻るまでの周期」。 の回転 は位数 、鏡映 は位数 。 群の位数(全体の大きさ)と元の位数(周期)は、次章の巡回群、第3章のラグランジュの定理で深く結びつきます。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- 群は可換とは限らない。 が普通(、行列)。可換なもの(アーベル群)は特別な良いクラス。 の順序反転を忘れない。
- 部分群は「部分集合+演算で閉じる」だけでは不十分(無限群では)。 逆元で閉じることも要る。有限群では積の閉性だけで足りる。
- 「演算」は掛け算とは限らない。 では演算が加法、単位元が 、逆元が 。記号 は抽象的な演算の記法。
この章のまとめ
- 群は「可逆な操作の合成」の抽象化:結合法則・単位元・逆元の3公理。中身を忘れ合成の構造だけを見る。可換なものがアーベル群。
- 公理だけから単位元・逆元の一意性・消去律が出る。部分群は積と逆で閉じた部分集合(判定法あり、有限なら積の閉性のみ)。
- 群の位数(大きさ)と元の位数(周期)が基本量。ケイリー表は有限群の全貌を映す。
次章は、たった一つの元から生成される最も単純な群——巡回群と、元の位数の理論を掘り下げます。