数学の作り方 How to make Mathematics

第1章 群とは何か

「対称性」に共通する骨組み

正三角形を 120120^\circ 回してもひっくり返しても、同じ形に見えます。トランプを切る操作、 ルービックキューブの回転、整数の足し算、方程式の解の入れ替え——一見バラバラなこれらに、 同じ構造が潜んでいます。

共通点を並べてみましょう。(1)操作を続けて行うとまた同じ種類の操作になる。(2)「何もしない」操作がある。 (3)どの操作にも元に戻す逆操作がある。(4)続ける順序をまとめても結果は同じ(結合法則)。 この4つだけを抜き出したものがです。「対称性そのもの」を数学の対象にする——群論の出発点であり、 線形代数ガロア理論幾何まで貫く、抽象代数の入口です。

群 =「続けられる・戻せる可逆な操作」の集まり。中身(回転か足し算か)は忘れ、合成の構造だけを見る。

群の定義

「操作を続ける」を二項演算 \ast として、上の4条件を公理にします。

定義

集合 GG と二項演算 :G×GG\ast:G\times G\to G の組がとは、次を満たすこと:

  1. 結合法則(ab)c=a(bc)(a\ast b)\ast c=a\ast(b\ast c)
  2. 単位元)ある eGe\in G で、すべての aaea=ae=ae\ast a=a\ast e=a
  3. 逆元)各 aa にある a1a^{-1}aa1=a1a=ea\ast a^{-1}=a^{-1}\ast a=e。 (演算が閉じている——abGa\ast b\in G——は「二項演算」に含めた。)さらに ab=baa\ast b=b\ast a が常に成り立つとき可換群(アーベル群)という。

以後、演算 \ast は省略して abab と書き、単位元を ee(または 11)、aann 回かけたものを ana^n と書きます。 可換群では演算を ++、単位元を 00 と書くこともあります(加法的記法)。定義がこれだけ短いのに、 恐ろしく広い対象を捉えます。

群の例

  • (Z,+)(\mathbb Z,+)(Q,+)(\mathbb Q,+)(R,+)(\mathbb R,+):整数・有理数・実数の加法(可換、単位元 00、逆元 a-a)。
  • (Q×,)(\mathbb Q^\times,\cdot)(R×,)(\mathbb R^\times,\cdot)00 を除く数の乗法(可換、単位元 11)。
  • 対称群 SnS_nnn 個のものの並べ替え(置換)全体、演算は合成(n3n\ge3 で非可換)。
  • 二面体群 DnD_n:正 nn 角形の回転と鏡映(位数 2n2n、非可換)。
  • 巡回群 Zn\mathbb Z_n:時計のように nn で一周する加法(可換)。
  • 一般線形群 GLn(R)GL_n(\mathbb R):正則な n×nn\times n 行列(積、非可換)——線形代数との接点。

有限群はケイリー表(九九のような積の表)で全体を見渡せます。下で群を選んでみてください。 表の各行・各列に同じ元がちょうど1回ずつ現れる(ラテン方陣)のは、逆元があることの現れです。 (下部の色分けは第3章の剰余類。今は表そのものと、ZZ が可換=表が対角線対称、DDQQ が非可換=非対称なことを見てください。)

基本性質

公理から、当たり前に思える事実を証明します。「当たり前」を公理だけから導けることが、抽象化の健全さの証拠です。

命題 単位元・逆元の一意性と消去律

GG において:(a)単位元は一意。(b)各元の逆元は一意で (ab)1=b1a1(ab)^{-1}=b^{-1}a^{-1}。 (c)消去律ab=acb=cab=ac\Rightarrow b=cba=cab=cba=ca\Rightarrow b=c

証明

(a)e,ee,e' がともに単位元なら e=ee=ee=ee'=e'ee' が単位元だから ee=eee'=eee が単位元だから ee=eee'=e')。 (b)aa の逆元 b,bb,b' があれば b=be=b(ab)=(ba)b=eb=bb=be=b(ab')=(ba)b'=eb'=b'(ab)(b1a1)=a(bb1)a1=aa1=e(ab)(b^{-1}a^{-1})=a(bb^{-1})a^{-1}=aa^{-1}=e より (ab)1=b1a1(ab)^{-1}=b^{-1}a^{-1}(順序が逆になる——靴と靴下を脱ぐ順)。 (c)ab=acab=ac の両辺に左から a1a^{-1}b=eb=(a1a)b=a1(ab)=a1(ac)=cb=eb=(a^{-1}a)b=a^{-1}(ab)=a^{-1}(ac)=c。∎

消去律は「両辺を割ってよい」という、方程式を解く基本操作の保証です。逆元の存在だけからこれが出ます。

部分群

群の中の、それ自身また群になっている部分に注目します。

定義 部分群

GG の空でない部分集合 HH部分群HGH\le G)とは、GG の演算のもとで HH 自身が群をなすこと。

いちいち全公理を確かめるのは面倒なので、実用的な判定法があります。

定理 部分群の判定

GG の空でない部分集合 HH について、次は同値: (1)HGH\le G。(2)a,bHabHa,b\in H\Rightarrow ab\in H かつ aHa1Ha\in H\Rightarrow a^{-1}\in H(積と逆で閉じる)。 (3)a,bHab1Ha,b\in H\Rightarrow ab^{-1}\in H。特に有限の HH なら「積で閉じる」だけで部分群。

証明

(1)⇒(2) は定義。(2)⇒(3):bHb\in H なら b1Hb^{-1}\in H、よって ab1Hab^{-1}\in H。(3)⇒(1):HH\ne\emptyset なので aHa\in H をとると aa1=eHaa^{-1}=e\in H(単位元)。e,aHe,a\in H から ea1=a1Hea^{-1}=a^{-1}\in H(逆元)。a,bHa,b\in H なら b1Hb^{-1}\in H より a(b1)1=abHa(b^{-1})^{-1}=ab\in H(閉性)。結合法則は GG から継承。∎

「有限なら積で閉じるだけでよい」のは、aHa\in H の累乗 a,a2,a,a^2,\dots が有限個ゆえどこかで一致し、そこから eea1a^{-1}aa の累乗として HH に入るためです(次章の位数で精密化)。どんな群にも自明な部分群 {e}\{e\}GG 自身があります。

位数

定義 群の位数・元の位数

GG の要素数 G|G|位数という(無限のこともある)。元 aGa\in G について、an=ea^n=e となる最小の正整数 nnaa位数 ord(a)\mathrm{ord}(a) という(存在しなければ位数 \infty)。

元の位数は「その元だけを繰り返して単位元に戻るまでの周期」。D4D_4 の回転 rr は位数 44、鏡映 ss は位数 22。 群の位数(全体の大きさ)と元の位数(周期)は、次章の巡回群、第3章のラグランジュの定理で深く結びつきます。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • 群は可換とは限らない。 abbaab\ne ba が普通(S3S_3、行列)。可換なもの(アーベル群)は特別な良いクラス。(ab)1=b1a1(ab)^{-1}=b^{-1}a^{-1} の順序反転を忘れない。
  • 部分群は「部分集合+演算で閉じる」だけでは不十分(無限群では)。 逆元で閉じることも要る。有限群では積の閉性だけで足りる。
  • 「演算」は掛け算とは限らない。 (Z,+)(\mathbb Z,+) では演算が加法、単位元が 00、逆元が a-a。記号 ab,e,a1ab,e,a^{-1} は抽象的な演算の記法。

この章のまとめ

  • 群は「可逆な操作の合成」の抽象化:結合法則・単位元・逆元の3公理。中身を忘れ合成の構造だけを見る。可換なものがアーベル群。
  • 公理だけから単位元・逆元の一意性・消去律が出る。部分群は積と逆で閉じた部分集合(判定法あり、有限なら積の閉性のみ)。
  • 群の位数(大きさ)と元の位数(周期)が基本量。ケイリー表は有限群の全貌を映す。

次章は、たった一つの元から生成される最も単純な群——巡回群と、元の位数の理論を掘り下げます。