第12章 二次形式
「2乗の混じった関数」を、対称行列で捉える
のような、各項が2次の関数を二次形式といいます。楕円や双曲線の方程式、 物理のエネルギー、統計の分散、そして多変数関数の極大・極小の判定——2次の量はいたるところに現れます。
これを一つ一つ計算するのは大変ですが、二次形式は対称行列一つで完全に表せます。 すると前章までの武器(対角化・スペクトル定理)がまるごと使え、「この二次形式は常に正か、 それとも符号が変わるか」といった問いが、対称行列の固有値の符号を見るだけで即答できます。 線形代数の総まとめとして、この章は微積分の極値問題(→第10章)へ橋を架けます。
二次形式 = 対称行列で表せる2次の関数。その符号は固有値の符号で読める。
二次形式と対称行列
定義 二次形式
対称行列 を用いて と書ける関数を二次形式という。 ( の係数は に半分ずつ振り分ける。)
たとえば は (対称)で 。 二次形式と対称行列は一対一に対応します。ここで前章の実対称行列の直交対角化が主役になります。
定理 主軸変換(直交対角化)
実対称 を直交行列 で と対角化し、 と座標を回転すると 交差項( 型)が消え、純粋な平方和になる。
「座標軸を固有ベクトルの向き(主軸)に回すと、混ざり合いが消える」。楕円の傾いた方程式を 軸に沿った標準形に直す操作そのものです。回転しても長さが変わらない(直交行列)ので、 二次形式の符号の情報は固有値にすべて移る。これで分類ができます。
正定値・半正定値
定義 定符号性
すべての で
- :正定値( 全固有値 )
- :半正定値( 全固有値 )
- 正の値も負の値もとる:不定符号( 正と負の固有値が混在)
主軸変換で になるので、符号は固有値の符号がそのまま決めます。 正定値は「どの方向に動いても増える=谷底」、不定符号は「ある方向で増え別方向で減る=鞍」。
定理 正定値の実用判定(シルヴェスター)
対称行列 が正定値 左上からの主小行列式がすべて正:。
固有値を求めなくても、行列式の符号だけで正定値か判定できる便利な基準です ( なら「 かつ 」で正定値)。
慣性法則と同時対角化
対角化のとき固有値の値は基底の取り方に依りますが、符号の個数は不変です。
定理 シルヴェスターの慣性法則
二次形式を(直交に限らない)座標変換で平方和 に直したとき、 正の項の数 ・負の項の数 ・ゼロの数は変換の仕方に依らず一定。組 を符号数という。
固有値そのものは変えられても、「正がいくつ・負がいくつ」という骨格は変わらない——これが 二次形式の本質的な不変量です。相対性理論の時空(符号数 )などで基本的な役割を果たします。
定理 同時対角化(一般固有値問題)
対称、 対称かつ正定値のとき、ある正則行列 で (対角)かつ に 同時にできる。これは一般固有値問題 を解くことに相当する。
「 を新しい内積とみなして、その正規直交基底で を対角化する」という操作。 振動論(質量行列 と剛性行列 から固有振動数を出す)や、統計の判別分析で使われます。
総まとめ:線形代数から微積分へ
例 多変数の極値判定(伏線回収)
微分積分学 第10章の極値問題では、臨界点でのヘッセ行列 (対称)の符号で 極大・極小・鞍点を判定しました。その判定こそ、 が定める二次形式の定符号性 そのものです。 正定値なら極小、負定値なら極大、 不定符号なら鞍点。微積分の「山か谷か」は、線形代数の「固有値の符号」に完全に翻訳される。 シュワルツの定理でヘッセ行列が対称になっていたからこそ、直交対角化が使えたのです。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- 二次形式の行列は対称にとる。 の係数は に半分ずつ。片方に寄せると固有値がずれる。
- 正定値 ⇒ 対角成分は正だが、逆は成り立たない。 対角成分が全部正でも不定符号でありうる。固有値または主小行列式で判定。
- 慣性法則が保証するのは符号の「個数」。固有値の具体的な値は座標変換で変わる。
この章のまとめ
- 二次形式は対称行列で表せ、主軸変換(直交対角化)で純粋な平方和 になる。符号は固有値の符号が決める。
- 正定値 全固有値 (実用にはシルヴェスターの主小行列式判定)。符号数 は座標変換に依らない(慣性法則)。
- 二次形式の定符号性が、微積分の極値判定(ヘッセ行列)と完全に一致する。線形代数が解析へ橋を架ける。
これで線形代数学は一区切りです。ベクトル空間・写像・標準形・内積・二次形式という骨格は、 関数解析(無限次元版)・微分方程式・表現論・ 多様体論へと、あらゆる方向に受け継がれていきます。おつかれさまでした。