数学の作り方 How to make Mathematics

第1章 リー群とは

とびとびでなく、なめらかに動く対称性

群論で扱った対称性の多くは、三角形の裏返しや正六角形の回転のようにとびとびでした。 6060^\circ ずつしか回せない。でも、まっさらな円盤ならどうでしょう。角度 θ\theta00 から少しずつ、 なめらかに動かして、いくらでも細かく回せます。平面の回転、空間の回転、行列の変換、時空の対称性—— これらは「対称性の集まり(群)」であると同時に、パラメータをなめらかに動かせる「連続的な」対称性です。

ここに二つの数学が出会います。対称性を束ねると、なめらかな空間を扱う多様体群でもあり多様体でもある——この二つの顔を同時にもつ対象がリー群です。連続的対称性を微分の力で調べる、 それがリー理論の舞台です。

リー群=群でもあり、なめらかな空間(多様体)でもある対象。連続的な対称性を微分で調べる舞台。

リー群の定義

定義 リー群

集合 GGリー群であるとは、

  1. GGであり、
  2. GG(可微分)多様体であり、
  3. 群演算 G×GG, (g,h)ghG\times G\to G,\ (g,h)\mapsto gh と逆元 GG, gg1G\to G,\ g\mapsto g^{-1}なめらかCC^\infty

をみたすこと。「なめらかな群演算をもつ多様体」。

条件 3 が二つの顔をつなぎます。「群として掛ける・逆をとる」操作が、「多様体としてなめらか」であること。 この整合性ゆえに、群の構造を微分幾何の道具で(そして後の章では線形代数で)調べられます。定義は抽象的ですが、 例はどれもおなじみの対象です。

リー群の例(易→難)

  • (R,+)(\mathbb R,+):実数の加法群。11 次元の平らなリー群。
  • S1=U(1)S^1=\mathrm{U}(1):単位円(絶対値 11 の複素数 eiθe^{i\theta})。掛け算が回転の合成。円周=回転群
  • SO(2)\mathrm{SO}(2):平面の回転 (cosθsinθsinθcosθ)\begin{pmatrix}\cos\theta&-\sin\theta\\\sin\theta&\cos\theta\end{pmatrix}S1S^1 と同じもの(角度 θ\theta が座標)。
  • GLn(R)\mathrm{GL}_n(\mathbb R):正則な n×nn\times n 実行列。行列の積が群演算。n2n^2 次元の開多様体(det0\det\ne0)。
  • SO(3)\mathrm{SO}(3):空間の回転。33 次元のリー群。次章以降の主役。

S1S^1SO(2)\mathrm{SO}(2) が「同じもの」に見えるのは偶然ではありません。角度 θ\theta で回すことと、 eiθe^{i\theta} を掛けることは同じ。回転群は円周そのもの——群(回転)と多様体(円)の二つの顔が、 最も単純な形で一致した例です。第5章の指数写像は、この一致を一般化します。

平行移動——群だからこそ、どこも「同じ」

リー群には、ただの多様体にはない強力な性質があります。群のどの点も、単位元と“同じ”に見えるgg を掛ける操作(左平行移動 Lg:xgxL_g:x\mapsto gx)は、なめらかな可逆変換(微分同相)で、単位元 eegg に 移します。

定義 左平行移動と均質性

gGg\in G に対し Lg:GG, xgxL_g:G\to G,\ x\mapsto gx左平行移動という。LgL_g は微分同相で、Lg(e)=gL_g(e)=g。 したがってリー群は均質——どの点のまわりの様子も、単位元のまわりと同じ。

これは決定的です。多様体は一般に「場所ごとに様子が違う」かもしれませんが、リー群は群の対称性のおかげで どこも一様。だから「単位元 ee の近くだけ調べれば、群全体が分かる」。次章以降で、単位元での接空間 (リー環)という一点の情報から群全体を復元していけるのは、この均質性のおかげです。曲がった群全体を、 単位元という一点に凝縮して調べる——リー理論の戦略の芽がここにあります。

注意 次元と「自由度」

リー群の多様体としての次元は、対称性の「連続的な自由度の数」。SO(2)\mathrm{SO}(2)11(回転角ひとつ)、 SO(3)\mathrm{SO}(3)33(軸の向き 22 +回転角 11、あるいは 33 本の独立な回転軸)。SU(2)\mathrm{SU}(2)33 次元。 「何個のパラメータでその対称性を指定できるか」が次元。これが後のリー環の次元と一致する。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • リー群は「群」と「多様体」の両方。 片方だけでは足りない。しかも群演算がなめらかという整合性が命。 この橋渡しが微分による解析を可能にする。
  • S1S^1SO(2)\mathrm{SO}(2) は同じリー群。 見た目(円 vs 行列)が違っても、群かつ多様体として同型。表示の違いに 惑わされない。
  • 均質性は群だからこその性質。 一般の多様体は場所ごとに違うが、リー群は平行移動でどこも単位元と同じ。だから 単位元近傍がすべてを支配する。
  • 有限群もリー群(00 次元)。 離散的な群は 00 次元多様体。ふつうは正の次元(連続的自由度をもつ)ものを指すが、 定義上は含まれる。

この章のまとめ

  • リー群=群でもあり多様体でもあり、群演算(積・逆)がなめらかな対象。連続的な対称性を微分で調べる舞台。
  • 例:(R,+)(\mathbb R,+)S1=U(1)=SO(2)S^1=\mathrm{U}(1)=\mathrm{SO}(2)回転群=円周)、GLn\mathrm{GL}_nSO(3)\mathrm{SO}(3)
  • 左平行移動 LgL_g により、リー群は均質——どの点も単位元と同じ。だから単位元近傍がすべてを決める(後の章の戦略の芽)。
  • 次章では、具体的なリー群の宝庫——行列でできた古典群(GL,SL,O,U,Sp\mathrm{GL},\mathrm{SL},\mathrm{O},\mathrm{U},\mathrm{Sp})を一望します。

次章では、行列群としての古典群を定義し、それぞれの幾何的意味(何を保つ対称性か)と次元を調べます。