第1章 リー群とは
とびとびでなく、なめらかに動く対称性
群論で扱った対称性の多くは、三角形の裏返しや正六角形の回転のようにとびとびでした。 ずつしか回せない。でも、まっさらな円盤ならどうでしょう。角度 を から少しずつ、 なめらかに動かして、いくらでも細かく回せます。平面の回転、空間の回転、行列の変換、時空の対称性—— これらは「対称性の集まり(群)」であると同時に、パラメータをなめらかに動かせる「連続的な」対称性です。
ここに二つの数学が出会います。対称性を束ねる群と、なめらかな空間を扱う多様体。 群でもあり多様体でもある——この二つの顔を同時にもつ対象がリー群です。連続的対称性を微分の力で調べる、 それがリー理論の舞台です。
リー群=群でもあり、なめらかな空間(多様体)でもある対象。連続的な対称性を微分で調べる舞台。
リー群の定義
条件 3 が二つの顔をつなぎます。「群として掛ける・逆をとる」操作が、「多様体としてなめらか」であること。 この整合性ゆえに、群の構造を微分幾何の道具で(そして後の章では線形代数で)調べられます。定義は抽象的ですが、 例はどれもおなじみの対象です。
例 リー群の例(易→難)
- :実数の加法群。 次元の平らなリー群。
- :単位円(絶対値 の複素数 )。掛け算が回転の合成。円周=回転群。
- :平面の回転 。 と同じもの(角度 が座標)。
- :正則な 実行列。行列の積が群演算。 次元の開多様体()。
- :空間の回転。 次元のリー群。次章以降の主役。
と が「同じもの」に見えるのは偶然ではありません。角度 で回すことと、 を掛けることは同じ。回転群は円周そのもの——群(回転)と多様体(円)の二つの顔が、 最も単純な形で一致した例です。第5章の指数写像は、この一致を一般化します。
平行移動——群だからこそ、どこも「同じ」
リー群には、ただの多様体にはない強力な性質があります。群のどの点も、単位元と“同じ”に見える。 を掛ける操作(左平行移動 )は、なめらかな可逆変換(微分同相)で、単位元 を に 移します。
定義 左平行移動と均質性
に対し を左平行移動という。 は微分同相で、。 したがってリー群は均質——どの点のまわりの様子も、単位元のまわりと同じ。
これは決定的です。多様体は一般に「場所ごとに様子が違う」かもしれませんが、リー群は群の対称性のおかげで どこも一様。だから「単位元 の近くだけ調べれば、群全体が分かる」。次章以降で、単位元での接空間 (リー環)という一点の情報から群全体を復元していけるのは、この均質性のおかげです。曲がった群全体を、 単位元という一点に凝縮して調べる——リー理論の戦略の芽がここにあります。
注意 次元と「自由度」
リー群の多様体としての次元は、対称性の「連続的な自由度の数」。 は (回転角ひとつ)、 は (軸の向き +回転角 、あるいは 本の独立な回転軸)。 も 次元。 「何個のパラメータでその対称性を指定できるか」が次元。これが後のリー環の次元と一致する。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- リー群は「群」と「多様体」の両方。 片方だけでは足りない。しかも群演算がなめらかという整合性が命。 この橋渡しが微分による解析を可能にする。
- と は同じリー群。 見た目(円 vs 行列)が違っても、群かつ多様体として同型。表示の違いに 惑わされない。
- 均質性は群だからこその性質。 一般の多様体は場所ごとに違うが、リー群は平行移動でどこも単位元と同じ。だから 単位元近傍がすべてを支配する。
- 有限群もリー群( 次元)。 離散的な群は 次元多様体。ふつうは正の次元(連続的自由度をもつ)ものを指すが、 定義上は含まれる。
この章のまとめ
- リー群=群でもあり多様体でもあり、群演算(積・逆)がなめらかな対象。連続的な対称性を微分で調べる舞台。
- 例:、(回転群=円周)、、。
- 左平行移動 により、リー群は均質——どの点も単位元と同じ。だから単位元近傍がすべてを決める(後の章の戦略の芽)。
- 次章では、具体的なリー群の宝庫——行列でできた古典群()を一望します。
次章では、行列群としての古典群を定義し、それぞれの幾何的意味(何を保つ対称性か)と次元を調べます。