第2章 古典群
リー群は行列の中にたくさんいる
前章でリー群を定義しました。では具体例はどこに豊富にあるか——行列の中です。正則行列の全体 から、「ある構造を保つ」という条件で部分群を切り出すと、幾何学に現れる対称性が次々と得られます。 これらを古典群と呼びます。長さを保つ回転、体積を保つ変換、複素の内積を保つ変換……。「何を 保つか」がその群の正体です。
古典群は、抽象的なリー群論を試す“実験場”であり、物理(相対論・量子力学・素粒子論)に直接現れる対象でも あります。まずは一望し、それぞれの幾何的意味を掴みましょう。
古典群=行列群 から「ある構造を保つ」条件で切り出した部分群。何を保つかが群を決める。
一般線形群と特殊線形群
定義 GL と SL
- 一般線形群 :正則な実 行列。可逆な線形変換全体。次元 。
- 特殊線形群 :体積と向きを保つ線形変換。次元 。
は「線形変換全部」、 は「=体積を変えない」もの。 という一本の条件を 課すと次元が 減る()。複素版 も同様に定まります。
直交群とユニタリ群——「長さを保つ」
幾何でいちばん大切なのは「距離(内積)を保つ」対称性。実では直交群、複素ではユニタリ群になります。
定義 直交群・ユニタリ群
- 直交群 :実の内積(長さと角度)を保つ変換。。 特殊直交群 =回転群(向きも保つ)。次元 。
- ユニタリ群 ( は共役転置):複素のエルミート内積を保つ変換。次元 。 特殊ユニタリ群 。次元 。
条件 は「列ベクトルが正規直交=長さと角度を保つ」(線形代数の直交行列)。 が回転、 は回転+鏡映。 はその複素版で、量子力学の状態変換 (確率を保つ)はユニタリです。(次元 )は第11章・素粒子論の主役になります。
例 小さい古典群の姿
- :平面の回転、 次元、円 (前章)。
- :空間の回転、 次元。多様体としては実射影空間 。
- : 次元、多様体としては** 次元球面 **(単位四元数)。 を で覆う(第12章)。
- :位相()、電磁気のゲージ群。
シンプレクティック群——「面積形式を保つ」
もう一つの古典群が、古典力学(シンプレクティック幾何)に現れる、反対称形式を保つ群です。
定義 シンプレクティック群
とする。シンプレクティック群 は、反対称双線形形式(面積・位相空間の体積)を保つ変換。 ハミルトン力学の相空間の対称性。
なぜこれらが「リー群」なのか
古典群がリー群であること——多様体になり、群演算がなめらかであること——は、行列の言葉で保証されます。 定義条件(、 など)が方程式で書けるので、その解集合が多様体になるのです。
定理 古典群はリー群
古典群はすべて の閉部分群であり、(第9章の閉部分群定理により)リー群になる。 などの 条件は 上の正則値の逆像を与え、そのなめらかな部分多様体を切り出す。
「行列になめらかな条件(等式)を課すと、なめらかな部分群が切り出される」。この背後には第9章の閉部分群定理 ( の閉部分群は自動的にリー群)があります。だから古典群を作るのに、いちいち多様体構造を手で 確かめる必要はありません。行列の等式ひとつで、リー群が手に入るのです。
注意 コンパクトか否か——後の理論の分かれ道
はコンパクト(有界閉: が要素を有界に縛る)。 一方 は非コンパクト(要素が無限に大きくなれる)。 コンパクトかどうかは表現論(第10・11章)で決定的——コンパクト群は「平均化」(ハール測度)が効き、表現が きれいに分解する。古典群の“気質”を見分ける鍵。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- 古典群は「何を保つか」で決まる。 は内積、 は面積形式、 は体積。保つ構造が 群を定義する。名前でなく「保存量」で覚える。
- (回転)と (回転+鏡映)の違いは 。 が向きを保つ回転、 が 鏡映を含む。 は連結、 は二成分。
- (だが近い)。 ともに 次元だが、 が を で覆う(第12章)。同型でなく二重被覆。
- コンパクト性が理論を分ける。 直交・ユニタリはコンパクト、 は非コンパクト。表現論の 振る舞いが変わる。
この章のまとめ
- 古典群= から「ある構造を保つ」条件で切り出す行列群。(可逆)・(体積)・(内積・回転)・(複素内積)・(面積形式)。
- 小さい例:、、、。
- 行列の等式条件が多様体を切り出し、閉部分群定理(第9章)で自動的にリー群になる。コンパクト(直交・ユニタリ)か非コンパクト()かが後の理論を分ける。
- 次章では、これらの群を「単位元で微分」して得られる無限小の対称性——リー環(単位元の接空間)を導入します。
次章では、リー群を単位元で微分して得られる接空間=リー環を、1パラメータ部分群を通して具体的に捉えます。