第11章 表現論入門 — SU(2)と角運動量
群を行列として「見える化」する
抽象的なリー群を具体的に扱うには、それを行列の群として実現するのが一番です。群 G の元を、ベクトル空間 V の
線形変換(行列)に対応させる——これが表現。表現論の一般論をここでは深入りせず、
リー群にとって最重要の例 SU(2) に焦点を絞ります。SU(2) の表現論は、物理の角運動量・スピン
そのものであり、リー理論の威力を最も鮮やかに見せてくれます。
戦略は一貫しています——群の表現を、リー環の表現に線形化して調べる(第7章)。SU(2) の表現は、
そのリー環 su(2)(=角運動量代数)の表現に帰着し、それは純粋に線形代数で分類できます。
表現=群を行列で実現。リー群の表現はリー環の表現に線形化でき、SU(2) では梯子演算子で完全に分類できる。
表現・既約表現
定義 表現・既約表現
リー群 G の表現とは、ベクトル空間 V への準同型 ρ:G→GL(V)。0 と V 以外に
不変部分空間をもたない表現を既約という。微分して得るリー環の表現
dρ:g→gl(V)(dρ[X,Y]=[dρ(X),dρ(Y)])で調べる。
前章のマシュケ(コンパクト群の表現は既約の直和)により、SU(2) の表現を理解するには既約表現を
すべて見つければ十分。既約表現の一覧が、その群の“表現の周期表”になります。
su(2) の梯子演算子
su(2)≅so(3) のリー括弧は角運動量の交換関係でした(第4章)。物理の慣例で基底を
H,E,F(あるいは Jz,J+,J−)にとると、括弧が「上げ下げ」の形になり、既約表現を機械的に構成できます。
定義 梯子演算子
su(2)(複素化)の基底 H,E,F を、交換関係
[H,E]=2E,[H,F]=−2F,[E,F]=Hにとる。E を上げ演算子、F を下げ演算子、H をウェイト作用素という。
[H,E]=2E の意味が鍵です。H の固有ベクトル v(固有値=ウェイト λ)に E を当てると、
H(Ev)=(EH+2E)v=(λ+2)Ev——E はウェイトを 2 上げ、F は 2 下げる。だから固有ベクトルが
2 刻みの“梯子”に並ぶ。有限次元表現ではこの梯子が上下で止まり、その長さが表現を決めます。
定理 SU(2) の既約表現の分類
SU(2) の既約表現は、各次元 n+1(n=0,1,2,…)にちょうど一つずつ存在し、Vn と書ける。
Vn では H の固有値(ウェイト)が
n, n−2, n−4, …, −nと 2 刻みで並ぶ(梯子)。物理ではスピン j=n/2 と呼び、次元 2j+1。
証明
有限次元既約表現で、H の最大固有値をもつ最高ウェイトベクトル v(Ev=0)をとる。F を
繰り返し当てた v,Fv,F2v,… は固有値 n,n−2,… の固有ベクトルで、有限次元ゆえどこかで 0 になる。
交換関係から、最高ウェイトを n とすると梯子は −n で止まり、次元 n+1。既約性・一意性も交換関係から従う。∎
∎
たった三つの交換関係から、すべての既約表現が「最高ウェイト n の梯子」として構成され、次元ごとに一つと
分類される。抽象群 SU(2) の表現が、線形代数(固有値の梯子)だけで完全に決まる——リー環に線形化する
戦略の勝利です。
角運動量とスピン——物理への直結
この分類は、そのまま量子力学です。Vn(スピン j=n/2)が、角運動量 j の状態空間。
例 スピンの周期表
- V0(j=0、次元 1):スカラー(自明表現)。
- V1(j=1/2、次元 2):スピン 1/2——電子のスピン。SU(2) の基本表現(2×2 行列そのもの)。
- V2(j=1、次元 3):ベクトル表現=SO(3) の回転(3 次元空間の回転)。
- 一般に Vn は 2j+1 個の状態(磁気量子数 m=−j,…,j)。ウェイトが磁気量子数。
注意 半整数スピンは SU(2) を要求する——第12章への橋
j=1/2(V1)は SU(2) の表現だが、SO(3) の表現にはならない(2π 回転で符号が反転し、
一価にならない)。整数スピン j=0,1,2,… だけが SO(3) の表現。半整数スピンは、SO(3) を
2:1 で覆う SU(2)(第7章)でしか実現できない。電子のスピン 1/2 の存在が、SU(2)→SO(3)
という二重被覆の物理的証拠。リー群の大域構造(被覆)が、素粒子の性質を決めている。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- 群の表現をリー環の表現で調べる。 ρ:G→GL(V) を微分して dρ:g→gl(V)。
線形代数に帰着。
- 梯子演算子でウェイトが 2 刻み。 E が上げ、F が下げる。最高ウェイト n から −n まで。次元 n+1、
スピン j=n/2。
- 半整数スピンは SU(2) のみ。 SO(3) の表現は整数スピンだけ。j=1/2 は二重被覆 SU(2) で
実現。大域構造が物理を左右する。
- 既約表現は次元ごとに一つ(SU(2))。 各 n に Vn が一意。だから「スピンの周期表」が一列に並ぶ。
この章のまとめ
- 表現=群を行列で実現 ρ:G→GL(V)。リー群の表現はリー環の表現に線形化して調べる。コンパクト群は既約の直和(前章)。
- SU(2) の既約表現:梯子演算子 E,F,H([H,E]=2E 等)で、最高ウェイト n から −n まで 2 刻みの梯子として構成。各次元 n+1 に一つ、スピン j=n/2、状態数 2j+1。
- 物理直結:V1=電子のスピン 1/2、V2=空間ベクトル(SO(3) 回転)。半整数スピンは二重被覆 SU(2) でしか実現できず、電子スピンが SU(2)→SO(3) の物理的証拠。
- 最終章では、SU(2) で見た「最高ウェイト・梯子」が一般の半単純リー群でどう展開するか(ルート系・分類)を展望し、分野全体をまとめます。
次章では、半単純リー環の分類(ルート系・ディンキン図形)とコンパクト群の一般論への展望を描き、リー群論を総括します。