数学の作り方 How to make Mathematics

第12章 分類への展望とまとめ

SU(2) の先へ——一般の半単純リー群

前章で SU(2)\mathrm{SU}(2) の表現を「最高ウェイトと梯子」で完全に分類しました。この手法は、実は一般の 半単純リー群へまっすぐ拡張されます。SU(2)\mathrm{SU}(2) が一つの梯子だったところを、複数の梯子(複数の su(2)\mathrm{su}(2) の組合せ)が絡み合う——その絡み方を記述するのがルート系、それを絵にまとめたのが ディンキン図形です。そして驚くべきことに、半単純リー環は完全に分類されている。有限個の系列と、 数個の例外だけ。この完璧な分類が、リー理論を数学の中でも特別な地位に置いています。

本章は入門の締めくくりとして、この分類の景色を(証明でなく地図として)眺め、リー群論の全体像と物理への 射程を見渡します。深い構造論は非可換環・リー環に、表現論の一般論は 表現論に続きます。

SU(2)\mathrm{SU}(2) の梯子が絡み合ってルート系になる。半単純リー環はディンキン図形で完全に分類される。

半単純性とキリング形式

分類の土俵は「半単純リー環」——可換な部分(自明な方向)を含まない、最も“剛直”なリー環です。判定には 第8章のキリング形式が効きます。

定義 半単純・コンパクト型

リー環 g\mathfrak g半単純とは、キリング形式 B(X,Y)=tr(adXadY)B(X,Y)=\operatorname{tr}(\mathrm{ad}_X\mathrm{ad}_Y)非退化であること(カルタンの判定)。BB負定値ならコンパクト型(コンパクト群のリー環)。

キリング形式(ad\mathrm{ad}=リー括弧から作った内積、第8章)の符号が、リー環の“気質”を判定します。 su(n),so(n),sp(n)\mathfrak{su}(n),\mathfrak{so}(n),\mathfrak{sp}(n) はコンパクト型(負定値)。この非退化な内積が、次のルート系を 幾何的に扱う土台になります。

ルート系とディンキン図形

半単純リー環を、極大可換部分(カルタン部分環)の作用で分解すると、SU(2)\mathrm{SU}(2) のウェイトの一般化—— ルート——が現れます。

定義 ルート系(概要)

半単純リー環 g\mathfrak g を、極大可換部分環 h\mathfrak hカルタン部分環)の随伴作用で固有空間 分解する:g=hαgα\mathfrak g=\mathfrak h\oplus\bigoplus_\alpha\mathfrak g_\alpha。固有値 αh\alpha\in\mathfrak h^*ルート、その全体をルート系という。各ルートが一つの su(2)\mathfrak{su}(2)(梯子)に対応する。

ルート系は、キリング形式の内積の入ったユークリッド空間の中で、高い対称性(鏡映で閉じる)をもつベクトルの 配置です。その対称性を、単純ルートという基本ベクトルの間の角度だけに凝縮したのがディンキン図形—— 点と線の簡単な絵です。

定理 半単純リー環の分類(カルタン–キリング)

複素単純リー環は、ディンキン図形により完全に分類される:

An, Bn, Cn, Dn (4系列)+E6, E7, E8, F4, G2 (5つの例外).A_n,\ B_n,\ C_n,\ D_n\ (\text{4系列})\quad+\quad E_6,\ E_7,\ E_8,\ F_4,\ G_2\ (\text{5つの例外}).

An=sln+1A_n=\mathfrak{sl}_{n+1}Bn=so2n+1B_n=\mathfrak{so}_{2n+1}Cn=sp2nC_n=\mathfrak{sp}_{2n}Dn=so2nD_n=\mathfrak{so}_{2n}(古典型)。

これは数学の金字塔の一つです。無限にありうるリー環が、4つの無限系列と5つの例外だけに尽くされる。 古典群(第2章)がそのまま A,B,C,DA,B,C,D の系列として現れ、それに E8E_8 をはじめとする5つの神秘的な例外が 加わる。SU(2)\mathrm{SU}(2) の一本の梯子から始まった話が、この完璧なリストに到達します。表現論も、各ルート系の 上で「最高ウェイト」による分類(前章の一般化)として展開されます。

注意 例外群と物理・数学の深部

5つの例外群、とくに E8E_8(次元 248248)は、数学のあちこちに神出鬼没に現れる——リーチ格子、モンストラス・ ムーンシャイン、弦理論の対称性。「なぜこれらの例外が存在するのか」は、対称性の可能な形が有限個に限られる という、宇宙の設計図のような事実。リー理論は、連続的対称性の“許された形”を完全に列挙した——それがこの分類の 意味。

リー理論の全体像

入門の旅を振り返ります。一貫していたのは「曲がった連続的対称性を、平らな線形代数へ落として調べる」戦略でした。

注意 この分野の地図

  • リー群とリー環(1〜4章):群かつ多様体(リー群)、古典群、単位元で微分してリー環(無限小の対称性)、 非可換性を測るリー括弧。
  • 指数写像と対応(5〜8章):exp\exp で無限小から有限へ、BCH(積が括弧で書ける)、リー群–リー環対応 (環が群を局所的に決める)、随伴表現(Ad,ad\mathrm{Ad},\mathrm{ad})。
  • 構造と表現(9〜12章):閉部分群定理・等質空間、ハール測度と平均化、SU(2)\mathrm{SU}(2) の表現(スピン)、 ルート系による分類。

三つの果実:(1) 曲がった群が平らなリー環に線形化される(微分と exp\exp)、(2) 局所(リー環)と大域(群の 被覆・基本群)のギャップが物理を左右する(SU(2)\mathrm{SU}(2) とスピン)、(3) 連続的対称性の可能な形が完全に 分類される(ディンキン図形)。

他分野とのつながり

注意 回収と展望

  • 回収群論(対称性)、線形代数(行列・固有値・内積)、多様体論(接空間・ リー括弧)、微分方程式etAe^{tA})、測度論(ハール測度)、 微分幾何(等質空間)を横断した。
  • 展望非可換環・リー環(半単純リー環の構造論)、表現論(最高ウェイト 理論)、リーマン幾何(対称空間)、そして物理——素粒子の標準模型は SU(3)×SU(2)×U(1)\mathrm{SU}(3)\times\mathrm{SU}(2)\times\mathrm{U}(1) という古典群の積。リー群は、現代物理の対称性の言語そのもの。

「回転のように連続的に動く対称性」という素朴な出発点が、線形化・指数写像・分類を経て、素粒子の標準模型と 数学の分類定理にまで届きました。連続的対称性を微分の力で捉える——リー理論は、幾何と代数と物理が交差する、 数学のもっとも豊かな結節点の一つです。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • 半単純性はキリング形式の非退化。 BB が非退化で半単純、負定値でコンパクト型。ad\mathrm{ad}(括弧)から作る 内積が気質を判定。
  • 分類は4系列+5例外。 An,Bn,Cn,DnA_n,B_n,C_n,D_n(古典群)と E6,E7,E8,F4,G2E_6,E_7,E_8,F_4,G_2。無限にあるようで有限個の型に 尽きる。
  • ルートは SU(2)\mathrm{SU}(2) の梯子の一般化。 各ルートが一つの su(2)\mathfrak{su}(2)。それらの絡み方がディンキン図形。
  • 入門はここまで。 深い構造論・表現論は非可換環・リー環表現論へ。 本章は地図(証明でなく景色)。

この章のまとめ

  • SU(2)\mathrm{SU}(2) の「最高ウェイトと梯子」は、ルート系(各ルート=一つの su(2)\mathfrak{su}(2))へ一般化。キリング形式が半単純性・コンパクト型を判定。
  • 半単純リー環の完全分類(カルタン–キリング):An,Bn,Cn,DnA_n,B_n,C_n,D_n(古典群の4系列)+E6,E7,E8,F4,G2E_6,E_7,E_8,F_4,G_2(5つの例外)。ディンキン図形が符号化。連続的対称性の“許された形”の完全なリスト。
  • リー理論の精神は「曲がった連続対称性を平らな線形代数へ線形化する」。局所と大域のギャップ(被覆・スピン)が物理を左右し、分類は素粒子の標準模型(SU(3)×SU(2)×U(1)\mathrm{SU}(3)\times\mathrm{SU}(2)\times\mathrm{U}(1))に直結。
  • リー群(入門・全12章)はこれで完結。深化は非可換環・リー環表現論リーマン幾何へ。

お疲れさまでした。連続的な対称性を微分で捉える旅は、指数写像とリー環、SU(2)のスピン、そして対称性の完全分類まで辿り着きました。