数学の作り方 How to make Mathematics

第8章 随伴表現

群が自分のリー環に作用する

前章で「準同型はリー環で線形化できる」と学びました。その最重要の例が、群が自分自身の共役によって作る 作用——随伴表現です。群 GG は、各元 gg による共役 xgxg1x\mapsto gxg^{-1} で自分自身に作用します。これを単位元で 微分すると、群 GG が自分のリー環 g\mathfrak g線形に作用する表現 Ad\mathrm{Ad} が得られる。さらにそれを もう一度微分すると、リー括弧そのもの ad=[,]\mathrm{ad}=[\,\cdot\,,-] が現れます。

随伴表現は、リー群論の“自己言及”です。群が外の空間ではなく、自分の無限小構造(リー環)に作用する。この 作用が、群と環の関係を締めくくり、次章以降の表現論・構造論の土台になります。

随伴表現 Ad\mathrm{Ad}=群が共役で自分のリー環に作用する表現。その微分 ad\mathrm{ad} がリー括弧そのもの。

随伴表現 Ad

定義 随伴表現 Ad

gGg\in G による共役 Cg:GG, xgxg1C_g:G\to G,\ x\mapsto gxg^{-1} は単位元を固定する準同型。その単位元での微分

Ad(g)=d(Cg)e:gg\mathrm{Ad}(g)=d(C_g)_e:\mathfrak g\to\mathfrak g

g\mathfrak g 上の可逆線形写像で、Ad:GGL(g)\mathrm{Ad}:G\to\mathrm{GL}(\mathfrak g) は群準同型(随伴表現)。 行列群では Ad(g)X=gXg1\mathrm{Ad}(g)X=gXg^{-1}(行列の共役)。

行列群での Ad(g)X=gXg1\mathrm{Ad}(g)X=gXg^{-1} は分かりやすい——リー環の元 XX(無限小変換)を、gg で「座標変換」した もの。gg の視点から見た無限小対称性です。Ad\mathrm{Ad}GG から GL(g)\mathrm{GL}(\mathfrak g) への準同型なので、 「群 GG を、そのリー環に作用する行列として表す」——表現(次章以降)の最初の、そして最も自然な例です。

定理 Ad は exp と両立

Ad(expX)=exp(adX)\mathrm{Ad}(\exp X)=\exp(\mathrm{ad}_X)(下の ad\mathrm{ad})。また gexp(X)g1=exp(Ad(g)X)g\exp(X)g^{-1}=\exp(\mathrm{Ad}(g)X) ——共役は、リー環側で Ad\mathrm{Ad} を施すことに対応する。

随伴表現 ad = リー括弧

Ad:GGL(g)\mathrm{Ad}:G\to\mathrm{GL}(\mathfrak g) もリー群準同型ですから、前章のとおり微分できます。その微分が、 リー括弧そのものになる——これが随伴表現の“オチ”です。

定義 ad = Ad の微分

Ad:GGL(g)\mathrm{Ad}:G\to\mathrm{GL}(\mathfrak g) の単位元での微分を ad:ggl(g)=End(g)\mathrm{ad}:\mathfrak g\to\mathfrak{gl}(\mathfrak g)=\mathrm{End}(\mathfrak g) とする。すると

adX(Y)=[X,Y].\mathrm{ad}_X(Y)=[X,Y].

すなわち adX=[X,]\mathrm{ad}_X=[X,-]XX との括弧をとる線形写像)。

証明

Ad(exp(tX))Y=exp(tX)Yexp(tX)\mathrm{Ad}(\exp(tX))Y=\exp(tX)\,Y\,\exp(-tX)tt で微分し t=0t=0:積の微分則で ddt0=XYYX=[X,Y]\frac{d}{dt}\big|_0=XY-YX=[X,Y]。ゆえに adX(Y)=[X,Y]\mathrm{ad}_X(Y)=[X,Y]。∎

美しい二段構えです。共役(群の作用)を一度微分すると Ad\mathrm{Ad}(群がリー環に作用)、もう一度微分すると ad=[,]\mathrm{ad}=[\,\cdot\,,-](リー括弧)。リー括弧は、群の共役作用を二回微分したもの——第4章で「非可換性の 無限小」と述べた括弧が、随伴表現として群構造から自然に導かれました。ヤコビ恒等式(第4章)も、この視点では 「ad\mathrm{ad} が括弧を保つ(リー環準同型)」ことの言い換えになります。

キリング形式——リー環に入る内積

随伴表現から、リー環上に自然な対称双線形形式が作れます。構造論(半単純性の判定、第12章)で決定的な道具です。

定義 キリング形式

B(X,Y)=tr(adXadY)B(X,Y)=\operatorname{tr}(\mathrm{ad}_X\,\mathrm{ad}_Y)キリング形式という。リー環に固有の対称 双線形形式で、Ad\mathrm{Ad} 不変(B(Ad(g)X,Ad(g)Y)=B(X,Y)B(\mathrm{Ad}(g)X,\mathrm{Ad}(g)Y)=B(X,Y))。

キリング形式は「リー環に内在する内積」。第12章で見るように、BB負定値ならコンパクト型、 非退化なら半単純——リー環の“気質”を、この一つの形式が判定します。ad\mathrm{ad}(=括弧)だけから作れる のがポイントで、リー環の内在的な幾何を与えます。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • Ad は群→GL(𝔤)、ad は 𝔤→End(𝔤)。 前者は群の表現(共役の微分)、後者はその微分(括弧)。Ad\mathrm{Ad}AA は大文字、ad\mathrm{ad} は小文字——階層が一段違う。
  • ad_X(Y)=[X,Y]。 随伴表現の微分がリー括弧そのもの。括弧は「共役を二回微分」して自然に出る、群由来の構造。
  • 行列群では Ad(g)X=gXg⁻¹。 共役。抽象群では共役の微分として定義。行列は具体例。
  • キリング形式は ad から作る内積。 B(X,Y)=tr(adXadY)B(X,Y)=\operatorname{tr}(\mathrm{ad}_X\mathrm{ad}_Y)。半単純性・コンパクト性の 判定器(第12章)。

この章のまとめ

  • 随伴表現 Ad:GGL(g)\mathrm{Ad}:G\to\mathrm{GL}(\mathfrak g)=群が共役 xgxg1x\mapsto gxg^{-1} で自分のリー環に作用(行列群で Ad(g)X=gXg1\mathrm{Ad}(g)X=gXg^{-1})。GG の最も自然な表現。
  • その微分 adX=[X,]\mathrm{ad}_X=[X,-]=リー括弧。共役を二回微分すると括弧が出る——第4章の括弧が群構造から導かれる。
  • キリング形式 B(X,Y)=tr(adXadY)B(X,Y)=\operatorname{tr}(\mathrm{ad}_X\mathrm{ad}_Y)ad\mathrm{ad} から作る Ad\mathrm{Ad} 不変な内積。半単純性・コンパクト性の判定器(第12章)。
  • Part II(指数写像と対応)はここまで。次章から構造と表現へ。まず「部分群の切り出し方」と、群が作る幾何——閉部分群定理と等質空間 G/HG/H を扱います。

次章では、閉部分群定理(閉部分群は自動的にリー群)と、商 G/HG/H として現れる等質空間(球面など)を見ます。