数学の作り方 How to make Mathematics

第9章 閉部分群定理と等質空間

閉じてさえいれば、リー群になる

第2章で古典群を「行列の等式条件で切り出す」と述べ、その正当化を「閉部分群定理」に預けていました。ここで その約束を果たします。カルタンの閉部分群定理は驚くほど寛大です——GLn\mathrm{GL}_n(やリー群 GG)の閉部分群は、 それだけで自動的にリー群になる。多様体構造をわざわざ手で入れる必要がない。位相的に「閉じている」という ゆるい条件だけで、なめらかな構造が付いてくるのです。

閉部分群定理:リー群 GG の閉部分群 HH は、自動的に(部分多様体として)リー群になる。閉じてさえいればよい。

閉部分群定理

定理 カルタンの閉部分群定理

リー群 GG の部分群 HH が(位相空間として)閉集合なら、HHGG の埋め込まれた部分多様体であり、 それ自身リー群になる。HH のリー環は

h={Xg:exp(tX)H (tR)}g\mathfrak h=\{X\in\mathfrak g:\exp(tX)\in H\ (\forall t\in\mathbb R)\}\subseteq\mathfrak g

exp\expHH に留まる方向の全体)で、g\mathfrak g の部分リー環。

証明の要は、h\mathfrak h を「exp\expHH に入り続ける XX」として定め、その近くで exp\expHH の座標を 与えることを示す点です。閉じていることが、「HH にいくらでも近い元の極限も HH に入る」を保証し、 h\mathfrak h が本当に部分空間になるのに効きます。

この定理のおかげで、リー群を作るのが劇的に楽になります。第2章の古典群——SLn,O(n),U(n)\mathrm{SL}_n,\mathrm{O}(n),\mathrm{U}(n) など——は どれも GLn\mathrm{GL}_n の閉部分群(等式で定義=閉集合)なので、定理一つで一斉にリー群だと分かる。それぞれの リー環も h={X:exp(tX)H}\mathfrak h=\{X:\exp(tX)\in H\} から、第3章で計算した反対称・トレース0 などが再現されます。

注意 閉じていないと崩れる——トーラス上の稠密な線

「閉」は外せない。トーラス T2=R2/Z2T^2=\mathbb R^2/\mathbb Z^2 上で、無理数の傾きをもつ直線 {(t,αt)mod1}\{(t,\alpha t)\bmod 1\}α\alpha 無理数)は部分群だが、トーラス上で稠密(閉でない)。これは埋め込まれた 部分多様体にならず、閉部分群定理が使えない(“無理数巻き”)。部分群がリー群になるには、閉じていることが 本質的。第5章の exp\exp の大域的な振る舞い(届く範囲)とも通じる。

等質空間 G/H

閉部分群 HHGG を割ると、商空間 G/HG/H が多様体になります。これが等質空間——「群が推移的に(どこへでも) 作用する空間」です。球面や射影空間など、対称性の高い幾何がここに現れます。

定理 商 G/H は多様体(等質空間)

HGH\subseteq G を閉部分群とすると、左剰余類の集合 G/H={gH}G/H=\{gH\}なめらかな多様体になり、GGg(gH)=(gg)Hg'\cdot(gH)=(g'g)H推移的に作用する。G/HG/H等質空間という。dim(G/H)=dimGdimH\dim(G/H)=\dim G-\dim H

「推移的」とは「どの点も、群作用で他のどの点へも移せる」——空間のどこも“同じ”に見える(第1章の均質性の 一般化)。等質空間は、GG の対称性がまるごと詰まった幾何です。具体例が雄弁に語ります。

等質空間としての球面・射影空間

  • 球面 Sn1=SO(n)/SO(n1)S^{n-1}=\mathrm{SO}(n)/\mathrm{SO}(n-1)SO(n)\mathrm{SO}(n) が球面に推移的に作用し、北極の固定部分群が SO(n1)\mathrm{SO}(n-1)dimSn1=(n2)(n12)=n1\dim S^{n-1}=\binom n2-\binom{n-1}2=n-1。回転群の商が球面。
  • S2=SU(2)/U(1)S^2=\mathrm{SU}(2)/\mathrm{U}(1):スピンの舞台。物理のブロッホ球
  • 射影空間 RPn1=O(n)/(O(n1)×O(1))\mathbb{RP}^{n-1}=\mathrm{O}(n)/(\mathrm{O}(n-1)\times\mathrm{O}(1))グラスマン多様体旗多様体も 古典群の等質空間。
  • 双曲空間 Hn=SO+(n,1)/SO(n)\mathbb H^n=\mathrm{SO}^+(n,1)/\mathrm{SO}(n)(非コンパクト)。

球面が「回転群を回転部分群で割った商」——対称性の言葉で幾何が構成される。等質空間は、リー群論と 微分幾何多様体論が出会う場所です。表現論(次章以降)でも、G/HG/H 上の 関数を通して表現を作る(誘導表現)舞台になります。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • 閉部分群は自動的にリー群。 多様体構造を手で入れる必要はない。「閉」という位相条件だけで滑らかさが付く (カルタン)。だから古典群が一斉にリー群になる。
  • 「閉」は必須。 トーラスの無理数巻きのように、閉でない部分群は部分多様体にならない。稠密な部分群に注意。
  • G/HG/H の次元は引き算。 dimGdimH\dim G-\dim HSn1=SO(n)/SO(n1)S^{n-1}=\mathrm{SO}(n)/\mathrm{SO}(n-1)(n2)(n12)=n1\binom n2-\binom{n-1}2=n-1
  • 等質空間は「どこも同じ」空間。 群が推移的に作用=均質。球面・射影空間・双曲空間はすべて古典群の商。

この章のまとめ

  • 閉部分群定理(カルタン):リー群の部分群は自動的にリー群(部分多様体)。リー環は h={X:exptXH}\mathfrak h=\{X:\exp tX\in H\}。古典群が一斉にリー群になる根拠。「閉」は必須(トーラスの無理数巻きが反例)。
  • 等質空間 G/HG/H:閉部分群 HH による商は多様体で、GG推移的に作用(どこも同じ)。dim=dimGdimH\dim=\dim G-\dim H
  • 例:Sn1=SO(n)/SO(n1)S^{n-1}=\mathrm{SO}(n)/\mathrm{SO}(n-1)S2=SU(2)/U(1)S^2=\mathrm{SU}(2)/\mathrm{U}(1)(ブロッホ球)、射影空間・グラスマン・双曲空間。対称性で幾何を構成する。
  • 次章では、対称性を「平均化」で飼いならす道具——コンパクト群のハール測度と不変積分を導入し、表現論への準備をします。

次章では、コンパクトなリー群がもつ不変測度(ハール測度)と、それによる平均化が表現論をきれいにすることを見ます。