第2章 基底と次元
「ちょうどいい部品セット」はいくつ必要か
前章で2つの性質を手に入れました。生成系(全部作れるが、多すぎるかも)と 一次独立(ムダは無いが、足りないかも)。理想は、この両方を同時に満たす部品セット—— 過不足なく空間全体を作れる、ムダのないベクトルの集まりです。これを基底と呼びます。
基底が決まると、空間の中のどんなベクトルも「部品を何個ずつ使うか」という数の組で 一意に表せます。 なら座標 がまさにそれ。基底とは、抽象的な空間に 座標という物差しを入れる行為なのです。そして「部品が何個必要か」という数が、 空間の大きさ=次元になります。
基底 = 生成系かつ一次独立。抽象的な空間に「座標」を導入し、その本数が「次元」を決める。
基底の定義と、表示の一意性
定義 基底
のベクトルの組 が基底とは、 生成系であり、かつ一次独立であること。
命題 座標の一意性
が基底なら、任意の は とただ一通りに表せる。 この を、その基底に関する の座標という。
なぜ一通りか。2通りの表し方 があれば、引き算して 。一次独立だから係数はすべて 、つまり 。 「生成系」が表示の存在を、「一次独立」が表示の一意性を保証する——基底の2条件が、 きれいに役割分担しているのが見どころです。
次元の一意性:これが理論の土台
基底の取り方は無数にあります( なら でも でもよい)。 でも、どの基底を選んでも本数だけは必ず同じ。この事実がなければ「次元」は定義できません。
定理 置換定理(次元の一意性)
一次独立なベクトルの個数は、生成系のベクトルの個数を超えない。 したがって、 の任意の2つの基底は同じ個数のベクトルからなる。 その共通の個数を の次元 という。
心臓部は「一次独立 生成系」。生成系の各ベクトルを、独立なベクトルで一つずつ 置き換えていっても生成系のまま保てる(シュタイニッツの置換)ため、独立なものが生成系より 多くはなれない。これを両向きに使えば、2つの基底は互いに相手以下、つまり同数。 「次元がちゃんと決まる」という、当たり前に見えて実は証明を要する事実です。
例 次元いろいろ
、 行列全体は 、次数 以下の多項式 は 基底 で 。連続関数 は有限個の基底では張れず、。
定理 基底の存在と延長・間引き
有限次元空間では、(1)どんな一次独立な組も基底に延長でき、(2)どんな生成系からも基底を 間引いて取り出せる。特に基底は必ず存在する。
「足りなければ独立を保って足す」「多すぎればダブりを捨てる」。両側から基底という ちょうどの本数に追い込める、という便利な定理です。
次元が効く典型パターン
命題 次元による自動判定
のとき、 本のベクトルについて「一次独立」と「生成系」は同値。 すなわち、 本が独立ならそれだけで基底、 本が生成系ならそれだけで基底。
本数が次元と一致していれば、独立性か生成性のどちらか一方を確かめるだけでよい。 実務で「 個のベクトルが基底か」を判定するとき、この事実が手間を半分にします (行列式が でないか一つ調べれば済む、など。第6章で再登場)。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- 座標はベクトルそのものではない。 は「どの基底で見たか」に依存する。 基底を変えれば同じベクトルでも座標は変わる(第4章の基底変換)。
- 次元は空間の性質、基底は選び方。 基底は無数にあるが、次元は一つに決まる。
- 無限次元では「有限個の基底」は取れない。関数空間などでは基底の概念自体を拡張する(→関数解析)。
この章のまとめ
- 基底=生成系かつ一次独立。空間に座標を入れ、各ベクトルを一意な数の組で表す物差し。
- 置換定理により、どの基底も本数が同じ。その本数が次元 。次元が定義できること自体が定理。
- 一次独立な組は基底に延長でき、生成系からは基底を間引ける。本数が次元と一致すれば独立性だけで基底と分かる。
次章は、ベクトル空間の間の「構造を保つ写像」——線形写像を導入し、核・像・階数へ進みます。