第3章 線形写像
「空間を、まっすぐさを壊さずに移す」写像
ベクトル空間そのものを調べてきましたが、数学の主役はいつも対象そのものより、対象の間の写像です (この見方を突き詰めると圏論になります)。ベクトル空間にとって自然な写像とは、 その構造——足し算とスカラー倍——を壊さない写像。これを線形写像といいます。
イメージは「原点を固定したまま、格子を格子のまま伸ばす・回す・つぶす」変換。曲げたりずらしたり しない。回転・拡大・射影・微分・積分——一見バラバラな操作が、実はすべて線形写像です。 そして線形写像は、その「つぶれ方(核)」と「届く範囲(像)」の2つで、性格がほぼ決まります。
線形写像 = 足し算とスカラー倍を保つ写像。「何がつぶれ、どこに届くか」で本質が分かる。
定義と例
定義 線形写像
ベクトル空間 の間の写像 が線形写像とは、 まとめて 。 のときは線形変換ともいう。
例 線形写像はどこにでもいる
行列を掛ける 、平面の回転、 の射影( を捨てる)、 多項式を微分する 、関数を積分する 。最後の2つのように、 線形代数は微積分(→微分積分学)とも直結する。
線形性の帰結として、 が必ず成り立ちます(原点は動かない)。 また、基底 での行き先 さえ決めれば、 で すべてのベクトルの行き先が決まる。線形写像は「基底の行き先だけ」で完全に指定できる—— これが次章の「行列表示」の種になります。
核と像:つぶれ方と届く範囲
定義 核と像
核 ( につぶれるベクトル全体)、 像 (届く先の全体)。 どちらも部分空間である。 を の階数 、 を退化次数という。
核は「情報が消える方向」、像は「出力に現れる範囲」。この2つが、写像が単射か全射かを直接教えます。
命題 単射・全射の判定
が単射 (つぶれる方向が無い)。 が全射 。
とくに単射の判定が強力です。一般の写像なら「」を 確かめねばなりませんが、線形なら 、つまり核が原点だけかを見るだけ。 差に着目すれば一点の話に帰着する——線形性のありがたみです。
すべてを貫く次元定理
核(つぶれる分)と像(残る分)は、次の一本の等式で結ばれます。線形代数で最も使う定理です。
定理 次元定理(rank–nullity)
( は有限次元)に対し
意味は保存則です。入力の次元 = 出力に残る次元 + つぶれて消える次元。 の基底のうち、 を張る分は消え、残りが像を過不足なく張る——だから足すと元に戻る。 の行き先を数えるだけで、この分配が見えます。
例 次元定理の使い方
が全射なら なので 。 「連立方程式 ( は )の解空間は 次元」——解を一つも求めずに、 自由度が分かる。方程式の理論が、そっくり次元の勘定に翻訳される。
同型定理
線形写像で「同じ構造」を持つ空間を結びつけます。
定義 同型
全単射な線形写像 が存在するとき と は同型()という。 同型な空間は、線形代数の立場ではまったく同じとみなせる。
定理 同型定理と次元による分類
準同型定理:。とくに有限次元では、 したがって 次元空間はすべて (または )と同型。
後半は驚くべき単純さです。有限次元ベクトル空間は、次元というたった一つの数で完全に分類される。 次数 の多項式も、 行列全体も、次元が合えば と本質的に同じ。 だからこそ、抽象的な空間の問題を、いつでも数ベクトルと行列の計算に落とせるのです。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- 核が原点だけ=単射。 「核が小さい」ではなく「核が ちょうど」が単射の条件。
- 次元定理の は始域の次元。終域 の次元ではない。混同しやすい。
- 同型「」は「等しい」ではなく「構造が同じ」。座標を通して同一視しているだけで、 中身(多項式か行列か)は違う。
この章のまとめ
- 線形写像は足し算とスカラー倍を保つ写像。基底の行き先だけで完全に決まる。
- 核(つぶれる方向)と像(届く範囲)で単射・全射が判定でき、両者は次元定理 で結ばれる。
- 同型定理により、有限次元空間は次元だけで分類される。抽象的な空間はいつでも と行列に翻訳できる。
次章は、その翻訳を具体化します。線形写像を行列で表し、基底を変えると行列がどう変わるかを見ます。