数学の作り方 How to make Mathematics

第4章 表現行列と基底変換

抽象的な線形写像を、数の表に落とす

前章で「線形写像は基底の行き先だけで完全に決まる」ことを見ました。ならば、その行き先を 数の組(座標)で書いて並べれば、写像そのものを数の表=行列で表せるはずです。 これが表現行列。抽象的な TT を、計算できる行列に変換する橋渡しです。

まず、行列を掛けるという操作が平面をどう動かすのか、手を動かして体で覚えましょう。 下のスライダーで行列 AA の成分を変えると、格子・基底ベクトルの像・単位正方形の像が変わります。 「行列=空間の変形」という感覚が、この章のすべての土台になります。

表現行列の作り方

定義 表現行列

VV の基底 {e1,,en}\{\mathbf e_1,\dots,\mathbf e_n\}WW の基底 {f1,,fm}\{\mathbf f_1,\dots,\mathbf f_m\} を固定する。 T(ej)=iaijfiT(\mathbf e_j)=\sum_i a_{ij}\mathbf f_i と表したとき、A=(aij)A=(a_{ij})TT表現行列という。 つまり AA の第 jj 列は、jj 番目の基底ベクトルの行き先 T(ej)T(\mathbf e_j) の座標

覚え方はこれだけ:「基底の行き先を、縦に並べて列にする」。すると座標の計算が行列の掛け算に一致します。

命題 座標と行列の掛け算

v\mathbf v の座標を x\mathbf xT(v)T(\mathbf v) の座標を y\mathbf y とすると y=Ax\mathbf y=A\mathbf x

これで抽象的な写像の適用が、機械的な行列×ベクトルに化けます。しかも合成写像は行列の積に対応 (TST\circ S の表現行列は ATASA_T A_S)。**「行列の掛け算はなぜあの奇妙な定義なのか」**の答えがこれです。 合成写像を座標で表そうとすると、必然的にあの積の規則が出てくる。掛け算の定義は天下りではなく、 写像の合成の影だったのです。

基底を変えると、行列はどう変わるか

同じ線形写像でも、どの基底で見るかによって表現行列は変わります(同じ物体でも、 座標軸を変えれば座標が変わるのと同じ)。この変わり方を押さえるのが基底変換です。

定義 基底変換行列

古い基底 {ei}\{\mathbf e_i\} を新しい基底 {ei}\{\mathbf e_i'\} で表す係数を並べた正則行列 PPej=ipijei\mathbf e_j'=\sum_i p_{ij}\mathbf e_i)を基底変換行列という。座標は x=Px\mathbf x=P\mathbf x' で変換される。

定理 表現行列の変換則(相似)

線形変換 T:VVT:V\to V の、基底 {ei}\{\mathbf e_i\} での表現行列を AA、基底 {ei}\{\mathbf e_i'\} での表現行列を AA' とすると A=P1AP.A'=P^{-1}AP. この関係にある行列 A,AA,A'相似であるという。

意味は「新しい座標で見る → 一度古い座標に戻して(PP)→ 変換し(AA)→ また新しい座標に直す(P1P^{-1}」。 両替をして計算してまた両替で戻す、という三段構えです。相似な行列は、同じ線形写像を違う角度から 撮った写真にすぎません。だから相似で変わらない量——行列式・トレース・固有値——は、 写像そのものの性質として意味を持ちます(第6・7章で主役になります)。

注意 この章の狙いは第8章への布石

表現行列は基底の選び方で変わる。ならば「いちばん簡単に見える基底」を選べば、写像の正体が すっきり見えるはず。その理想の基底を探すのが対角化(第8章)であり、うまく対角化できないときの 次善の形がジョルダン標準形(第9章)です。基底変換は、そこへ向かう道具立てです。

階数は行列でも読める

命題 行列の階数

表現行列 AA階数(一次独立な列の最大本数=像の次元)は、行基本変形で階段形にし、 非ゼロの段の数を数えれば求まる。これは前章の rankT\operatorname{rank}T と一致する。

抽象的な「像の次元」が、行列を掃き出すだけで計算できる。次元定理 rank+dimker=n\operatorname{rank}+\dim\ker=n も、 連立一次方程式の「主変数の数+自由変数の数」として目に見える形になります。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • 表現行列は列に「行き先」を書く。 行に書くと転置になってしまう。「基底の行き先=列」を徹底する。
  • 変換則の PP の向き(P1APP^{-1}APPAP1PAP^{-1} か)は、PP を「新→旧」で定義したか「旧→新」かで逆になる。 定義を毎回確認する。
  • 相似 A=P1APA'=P^{-1}AP は同じ写像の別表示。行列の成分は変わるが、写像としては同一。

この章のまとめ

  • 線形写像は「基底の行き先を列に並べる」ことで表現行列になり、写像の適用が y=Ax\mathbf y=A\mathbf x、合成が行列の積になる。行列の掛け算の定義は、写像の合成の影。
  • 基底を変えると表現行列は相似変換 A=P1APA'=P^{-1}AP で変わる。相似は「同じ写像の別アングル」。
  • 相似で不変な量(行列式・トレース・固有値)は写像そのものの性質。「最も簡単な基底」を探す動機が、後の対角化につながる。

次章は、部分空間どうしの和・直和・共通部分の次元公式と、空間の“影”である双対空間を扱います。