第5章 部分空間の操作と双対空間
部分空間どうしを、足したり交わらせたり
一つの空間の中には、たくさんの部分空間(原点を通る直線や平面)が住んでいます。 それらを組み合わせる自然な操作が2つ。共通部分(どちらにも属する)と和(片方の要素を足して作れる全体)。 集合の と に似ていますが、 は部分空間になりません(2直線の合併は平面にならない)。 そこで「和」は ではなく「足し算で作れる全部」と定義します。
面白いのは、これらの次元がきれいな公式で結ばれること。そして「和が重なりなくぴったり組み合う」 特別な場合=直和が、空間を独立な部品に分解する鍵になります。後半では視点を変え、 「ベクトルを数に測る関数」を集めた双対空間という、影のようなもう一つの空間を導入します。
部分空間は と「和」で組み合わせる。重なり無しに組むのが直和。双対はベクトルを測る側の空間。
和・共通部分と次元公式
定義 和と共通部分
部分空間 に対し、共通部分 と 和 は、ともに部分空間。
定理 次元公式
包除原理(集合の )とそっくりの形です。 と を単純に足すと、共通部分 を二重に数えてしまうので、その分を引く。 証明も直感通り: の基底をまず取り、それを 側・ 側へそれぞれ延長して合わせると の基底になり、本数を数えると上の式になります。
例 平面内の2直線
内の異なる2枚の平面 (各 )は、()なら 。すなわち必ず1本の直線で交わる。次元公式が交わりの存在を保証する。
直和:重なりゼロで組み合わせる
定義 直和
のとき、和 を直和といい と書く。 このとき で、 の各ベクトルは ()と一意に分解される。
直和は「ダブりゼロで組み合う」理想の合体。座標軸 軸と 軸が平面を直和分解するように、 空間を互いに干渉しない部品に割ることができます。この「独立な部分に分ける」発想は、 固有空間分解(第7章)やジョルダン分解(第9章)で、空間を写像に沿って砕くときの中心概念になります。
商空間:部分空間で「割る」
定義 商空間
部分空間 で「 の分の違いは無視する」とみなして作る空間を商空間 という。 と は のとき同一視する。。
「 方向のズレを気にしない世界」。前章までの準同型定理 は、 まさにこの商空間の言葉でした(核の分だけつぶして像を得る)。群や環の剰余(→群論・ 環論)と同じ「割り算」の発想が、ベクトル空間でも働いています。
双対空間:ベクトルを「測る」側の空間
いままでベクトルを主役にしてきましたが、視点を反転します。ベクトルを受け取って数を返す 線形な関数を考える。長さを測る、成分を読む、内積をとる——これらはみな「ベクトル → 数」の 線形写像です。この測定器たちを集めると、それ自体が一つのベクトル空間になります。
定義 双対空間と双対基底
から への線形写像(線形汎関数)全体を双対空間 という。 基底 に対し、( で 、他は )で定まる を双対基底といい、。
は「第 座標を読み取る係」。双対基底のおかげで も同じ次元の空間になり、 と は(基底を選べば)同型です。さらに双対をもう一度とると——
定理 二重双対と転置写像
自然な同型 がある( を「」とみなす。有限次元で基底に依らない)。 線形写像 に対し、 の測定器を へ引き戻す転置写像 が定まり、その表現行列は の表現行列の転置。
行列の「転置」が、実は測定器を引き戻す操作だった、という種明かしです。二重双対が 元の空間に自然に戻ることは、「ベクトルとは、それを測る測定器の全体で決まる」という 双対的な世界観を示していて、この考え方は圏論の米田の補題へとつながります。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- 部分空間の「和」は合併 ではない。 は普通部分空間でない。足して作れる全体 を使う。
- 直和は「共通部分が原点だけ」。 「重ならない」ではなく「 で交わる」が正確な条件。
- は基底に依存する同型だが、 は基底に依らない自然な同型。この差は重要。
この章のまとめ
- 部分空間は と和 で組み合わせ、次元は包除の形 。共通部分が なら直和で、空間を独立な部品に分解できる。
- 商空間 は「 方向のズレを無視する」割り算。準同型定理はこの言葉で書ける。
- 双対空間 は「ベクトルを測る線形関数」の空間。転置写像は測定器の引き戻しで、行列の転置の正体。
前半(空間・写像・行列)が完成しました。次章から後半戦。まずは相似不変量の一つ行列式へ。