第7章 固有値と固有ベクトル
変換の中で「向きが変わらない」特別な方向
第4章で見たように、行列は空間を伸ばし・回し・つぶします。ほとんどのベクトルは、 変換されると向きが変わってしまう。ところが、変換しても向きだけは変わらず、長さが定数倍される だけの特別な方向が存在することがあります。それが固有ベクトル、その定数倍率が固有値です。
下の装置の朱色の直線が、その固有方向です。行列を動かすと、多くのベクトルは向きを変えるのに、 朱線の上のベクトルだけは朱線上に留まる( 倍されるだけ)のが見えます。 固有方向は、変換に振り回されない「変換の背骨」。ここを見つければ、複雑な変換が 「各背骨方向に、ただ定数倍しているだけ」という単純な姿に分解できます。
固有ベクトル = 変換で向きが変わらない方向、固有値 = その方向での引き伸ばし率。変換の骨組み。
定義と、求め方
定義 固有値・固有ベクトル・固有空間
線形変換 に対し、 が を満たすとき、 を固有値、 を固有ベクトルという。 固有値 に属する固有ベクトル全体(と )は部分空間で、 固有空間 という。
を移項すると 。これが の解を持つ = がつぶれる= 前章の行列式で 。固有値探しが、 行列式を にする 探しに翻訳されました。
定義 特性多項式
を特性多項式という( 次多項式)。その根が の固有値。各固有値 について を解けば固有ベクトルが求まる。
手順は明快:(1) を解いて固有値、(2)各固有値で連立方程式 を 解いて固有ベクトル。特性多項式が相似不変()なので、 固有値は基底に依らない、写像そのものの量です。
2種類の重複度
固有値が重解になるとき、「代数的に何重か」と「実際に何次元の固有空間か」がズレることがあります。 このズレが、次章の対角化できる/できないの分かれ目になります。
定義 代数的重複度・幾何的重複度
固有値 が特性多項式の根として何重かを代数的重複度、 (固有空間の次元=独立な固有ベクトルの本数)を幾何的重複度という。 つねに 。
例 重複度がズレる例
の特性多項式は で、固有値 の代数的重複度は 。 だが は 方向だけの 次元。 幾何的重複度 。固有ベクトルが足りない——このズレがジョルダン標準形(第9章)を生む。
トレース・行列式との関係
固有値は、行列から直接読める2つの量とつながっています。検算や見通しに便利です。
定理 固有値の和と積
固有値を重複込みで とすると (トレース は対角成分の和。)
特性多項式 を展開し、係数を比較すれば出ます。 トレース=固有値の和、行列式=固有値の積。どちらも相似不変だったことと辻褄が合います (相似で固有値が変わらないのだから、その和も積も不変)。 なら「和がトレース、積が行列式」で 固有値が暗算できます。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- 固有ベクトルに は含めない。 は常に成り立つので、 を許すと無意味。固有空間には を含めるが、固有「ベクトル」は非ゼロ。
- 実行列でも固有値は複素数になりうる。 回転行列は実の固有方向を持たない(装置で回転させると朱線が消える=複素固有値)。複素数まで許すと 個そろう。
- 幾何的重複度 代数的重複度。等号が崩れると対角化できない(次章)。
この章のまとめ
- 固有ベクトルは「変換で向きの変わらない方向」、固有値はその引き伸ばし率。固有空間 。
- 固有値は特性多項式 の根(相似不変=写像そのものの量)。固有ベクトルは連立方程式で求める。
- 代数的重複度 幾何的重複度。トレース=固有値の和、行列式=固有値の積。重複度のズレが次章の鍵。
次章は、固有ベクトルを基底にとって行列を対角化し、変換を最も簡単な姿にします。