第10章 Lᵖ空間と三大不等式
関数を「点」とみなす
線形代数ではベクトルに長さ(ノルム)を入れ、内積で角度を測りました。関数に対しても同じことを したい——関数一つを無限次元空間の一点とみなし、その「長さ」や「距離」を測る。そうすれば「関数列が収束する」 「関数を近似する」を、幾何の言葉(点が近づく)で扱えます。これは関数解析への入り口であり、 測度論が解析全体の土台になる決定的な理由です。
長さの測り方は一通りではありません。 乗して積分して 乗根をとる、という族 を導入します。
定義 Lᵖ空間とノルム
測度空間 と に対し、 をみたす可測関数 の全体を 空間といい、
を ノルムという。 では (a.e. での上界の下限)とし、 これが有限な の全体を とする。
は前章までの可積分関数、 は「二乗可積分」で内積が入る特別な空間(次章)、 は本質的に 有界な関数。 が本当に「長さ」の資格(三角不等式)をもつことが、この章の目標です。
注意 a.e. で等しい関数は同一視する
a.e.(第6章)。ノルムが なら関数はゼロであってほしいので、 ではa.e. 等しい 関数を同じ点とみなす(商をとる)。ディリクレ関数とゼロ関数は では同一点。これで が 真のノルムになる。
共役指数とヤングの不等式
不等式の主役は、 と対になる指数です。
定義 共役指数
に対し をみたす を の共役指数という ( なら 、 なら で自己共役)。
定理 ヤングの不等式
、共役指数 に対し
証明
は凹関数だから、 を重みとして 。 をとって結論 ( の場合。 を含む場合は明らか)。∎
たった一つの凸性( の凹性)から、次のヘルダー・ミンコフスキーが芋づる式に出ます。不等式は凸性から、が この分野の合言葉です。
ヘルダーの不等式:積の積分を分けて抑える
定理 ヘルダーの不等式
共役指数 と可測関数 に対し
とくに なら の包含も従う。
証明
か なら a.e. で自明。ともに正のときは、正規化 ()にヤングの不等式を各点で当てる:。積分すると 。両辺に を戻して結論。∎
の場合は 、すなわちコーシー–シュワルツの不等式。ヘルダーはその一般化です。 「積分の中の積を、二つのノルムの積で抑える」——関数を掛け合わせたときのサイズ管理の基本道具です。
ミンコフスキーの不等式:Lᵖ の三角不等式
これで が三角不等式をみたす、つまり本物の「長さ」であることが言えます。
定理 ミンコフスキーの不等式
、 に対し
ゆえに はノルム空間( が距離)。
証明
は を積分するだけ。 のとき、 を 積分し、右の二項それぞれにヘルダー(指数 と )を当てる:
で割って結論( なら自明、有限性は から)。∎
ヤング → ヘルダー → ミンコフスキー、という一本の階段に注目してください。すべての源は (や )の凸性 一つ。凸性が積分を通じて関数空間の幾何(三角不等式)に翻訳される——これが 理論の背骨です。
イェンセンの不等式:凸関数は積分と交換すると得をする
最後に、凸性そのものを積分に持ち込む不等式。確率論(確率論)で特に重宝します。
定理 イェンセンの不等式
を確率測度()、 を凸関数、 とする。すると
「平均を凸関数に通す」より「凸関数に通してから平均する」方が大きい。
証明
とおく。凸関数は各点で支持直線をもつ:ある で 。 を代入して積分すると、 より右辺の一次項が消え 。∎
「支持直線で下から挟む」は凸関数の常套手段。 なら (分散が非負であること)、 なら相加相乗平均の積分版が出ます。凸性ひとつで多くの不等式が統一的に説明できる、その象徴です。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- の元は「関数」ではなく「a.e. 同値類」。 ある一点での値を問うのは無意味(測度 で変えられる)。 だから「 の関数の値 」という言い方は本来ナンセンス。
- ヘルダーの は共役()でなければならない。 勝手な指数では成り立たない。 の 自己共役がコーシー–シュワルツ。
- 包含 は有限測度でのみ()。 全体(無限測度)では成り立たない ( は だが でない、等)。測度空間の大きさで向きが変わる。
- イェンセンは確率測度(総質量 1)が前提。 一般の測度では平均の意味が崩れる。凸の向き()も混同しやすい。
この章のまとめ
- 空間:関数を「点」とみなし、 で長さを測る。a.e. 等しい関数は同一視。 は内積つき、 は本質的有界。
- 三大不等式はすべて凸性が源:ヤング( の凹性)→ヘルダー(、 でコーシー–シュワルツ)→ミンコフスキー(三角不等式、 がノルム空間)。
- イェンセン:確率測度で 。支持直線で証明。確率論の要。
- ノルムは入った。だが解析で本当に欲しいのは完備性(コーシー列が収束する)。次章でそれ——リース–フィッシャーの定理——を証明し、 がヒルベルト空間になることを見ます。
次章では、 が完備なノルム空間(バナッハ空間)であること、とくに が内積をもつヒルベルト空間になることを示します。