第9章 積測度とフビニ–トネリの定理
「たてよこ、どっちから足しても同じ」は本当か
平面上の関数 f(x,y) の積分を、私たちは無意識にこう計算します——「まず x で積分して、それを y で積分」。
つまり二重積分を逐次積分に分け、しかも積分の順序を平気で入れ替える:
∬f(x,y)dxdy =? ∫(∫fdx)dy =? ∫(∫fdy)dx.
学部の計算では当たり前に使いますが、本当にいつでも許されるのか。実は許されないことがある——符号が絡む
無限和では、足す順序で答えが変わるのと同じ現象が起きます。この章では、積分の“土俵”である積測度を作り、
順序交換が保証される条件をきっちり見極めます。それがフビニ–トネリの定理です。
二重積分=逐次積分=順序交換、は無条件では成り立たない。保証するのが積測度上のフビニ–トネリ。
まず土俵を作る:積測度
(X,F,μ) と (Y,G,ν) の二つの測度空間から、直積 X×Y 上の測度を作ります。
出発点は「長方形の面積=たて×よこ」という素朴な要求です。
定義 積σ-加法族と積測度
X×Y 上で、可測長方形 A×B(A∈F,B∈G)が生成するσ-加法族を
積σ-加法族 F⊗G という。μ,ν が σ-有限(可算個の有限測度集合で覆える)
のとき、
(μ×ν)(A×B)=μ(A)ν(B)をみたす測度 μ×ν が F⊗G 上に一意に存在する。これを積測度という。
存在は、長方形の面積を外測度に育ててカラテオドリ(第3章)にかける、あるいは後述の断面積分で構成します。
一意性は、σ-有限性のもとで「長方形で決まる測度は一つ」という拡張の一意性定理(ディンキン系)から来ます。
注意 σ-有限がなぜ要るか
σ-有限(X=⋃Xn, μ(Xn)<∞)は、∞×(何か)の曖昧さと一意性の破れを防ぐための命綱。
ルベーグ測度は R=⋃[−n,n] なのでσ-有限。実用上ほぼ常に満たされるが、外すと反例(下の“悪い例”)が
生きてくる。
断面という考え方
順序交換の主役は断面です。集合や関数を、片方の変数で「輪切り」にする操作。
定義 断面
E⊆X×Y と x∈X に対し、x-断面を Ex={y∈Y:(x,y)∈E} と定める。関数 f(x,y) の
x-断面は y↦f(x,y)。(y-断面も同様。)
積測度の心臓は「E の面積=各断面の長さを積分したもの」というカヴァリエリの原理です:
(μ×ν)(E)=∫Xν(Ex)dμ(x)=∫Yμ(Ey)dν(y).
「立体の体積は、断面積を積み上げたもの」の測度論版。これが関数へ持ち上がると、逐次積分の定理になります。
トネリの定理:非負なら無条件で順序交換
まず非負関数。このときは何も気にせず順序を交換できます。値が正だけなら「足す順で変わる」危険がないからです
(非負項級数はどう足しても同じ)。
定理 トネリの定理
μ,ν を σ-有限、f:X×Y→[0,∞] を F⊗G-可測とする。すると
y↦∫Xfdμ と x↦∫Yfdν は可測で、
∫X×Yfd(μ×ν)=∫Y(∫Xfdμ)dν=∫X(∫Yfdν)dν.(値が ∞ でも等式は成立。)
証明
定義関数 f=1E のときはカヴァリエリの原理そのもの(これを長方形→有限和→単調族定理で全可測集合へ)。
単関数へは線形性で、一般の非負 f へは単関数の増大近似 sn↑f(第5章)と各積分での単調収束定理
(第7章)で持ち上げる。∫f=lim∫sn が三通りの積分すべてで同時に成り立ち、等式が保たれる。∎
∎
トネリの御利益は「まず値の有限性を気にせず順序を交換してよい」こと。実務では、可積分かどうか分からない
f に対し、まず ∣f∣(非負)にトネリを当てて ∬∣f∣<∞ を確かめる——この一手が次のフビニの前提を作ります。
フビニの定理:可積分なら順序交換
符号のある関数では、まず**可積分(∬∣f∣<∞)**を保証してから交換します。これがフビニ。
定理 フビニの定理
μ,ν を σ-有限、f∈L1(μ×ν)(つまり ∫X×Y∣f∣d(μ×ν)<∞)とする。すると
a.e. の x で断面 f(x,⋅)∈L1(ν)、x↦∫fdν は L1(μ) に属し、
∫X×Yfd(μ×ν)=∫X(∫Yfdν)dμ=∫Y(∫Xfdμ)dν.
証明
f=f+−f− に分け、各非負部分にトネリを適用。∫∣f∣<∞ より ∫f+,∫f− の逐次積分がともに有限
なので、a.e. の断面で ∫f±dν<∞、引き算 ∫fdν=∫f+dν−∫f−dν が a.e. で意味をもつ。
逐次積分の等式は非負部分ごとに成立し、線形性で f 全体へ。∎
∎
実務の型は決まっています:フビニを使う前に、トネリで ∬∣f∣<∞ を確認する。これを飛ばすと足を
すくわれます。次の反例がその戒めです。
注意 順序交換が破れる反例
[0,1]2 上で f(x,y)=(x2+y2)2x2−y2 を考えると、
∫01(∫01fdy)dx=4π,∫01(∫01fdx)dy=−4π.順序で符号まで変わる!原因は ∬∣f∣=∞(原点付近で可積分でない)——フビニの前提が崩れている。
「非負でも可積分でもない関数の順序交換は禁物」を叩き込む例。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- トネリ(非負)とフビニ(可積分)は別の定理。 非負なら値の有限性を気にせず交換できる(トネリ)。符号つきは
先に可積分を確かめる(フビニ)。実務は「トネリで ∬∣f∣<∞ → フビニ」の二段。
- 順序交換は無条件ではない。 反例のとおり、可積分でないと符号すら変わる。「積分できるから交換できる」ではなく
「絶対値の積分が有限だから交換できる」。
- σ-有限は外せない。 これを落とすと積測度の一意性・カヴァリエリが壊れ、反例が作れる。ルベーグ測度は満たすので
普段は気にしなくてよいが、前提として意識する。
- 可測長方形が生成する F⊗G は、ルベーグ的完備化とはズレる。 R2 の
ルベーグ可測は B⊗B より真に広い。厳密には完備化を補って扱う。
この章のまとめ
- 二つのσ-有限測度から積測度 μ×ν(長方形の面積=たて×よこ)を一意に構成。断面とカヴァリエリの原理(面積=断面長の積分)が心臓。
- トネリ:非負可測なら、値が無限でも無条件で二重積分=逐次積分=順序交換。
- フビニ:∬∣f∣<∞(可積分)なら順序交換できる。実務は「トネリで絶対値の有限性を確認 → フビニ」。
- 可積分でないと順序で符号すら変わる(4π vs −4π)。前提を飛ばさないこと。
- 次章からは、可積分関数を「点」とみなす関数空間 Lp の世界へ。まずその幾何を支える三大不等式(ヘルダー・ミンコフスキー・イェンセン)を作ります。
次章では、p 乗可積分な関数の空間 Lp を定義し、そのノルムの三角不等式(ミンコフスキー)を支えるヘルダーの不等式、そして凸性から来るイェンセンの不等式を導きます。