数学の作り方 How to make Mathematics

第11章 Lᵖ の完備性とヒルベルト空間 L²

なぜ「完備性」が欲しいのか

前章で LpL^p に長さ(ノルム)が入り、関数を点とみなせるようになりました。でも解析で本当に効くのは、その次の 性質——完備性です。集合と位相の第5章で見たように、完備とは「コーシー列(項がだんだん 密集する列)が必ず空間の中の点に収束する」こと。有理数 Q\mathbb{Q} には穴があり(2\sqrt2 に迫る有理数列の 極限が外にある)、それを埋めて R\mathbb{R} を作りました。関数空間でも同じ心配があります。

近似の常套手段は「コーシー列を作り、その極限として目的の関数を得る」。もし極限が LpL^p の外に飛び出したら、 この手が使えません。完備性は「極限をとる操作が空間内で完結する」保証であり、これがあって初めて LpL^p は 解析の舞台になります。実は、ルベーグ積分がリーマン積分を置き換えた最大の実利がここにあります——リーマン積分で 作った関数空間は完備にならないのです。

完備=コーシー列が必ず空間内の点に収束する。近似・極限操作が空間内で閉じる保証。LpL^p が解析の舞台になる理由。

リース–フィッシャーの定理:Lᵖ は完備

定理 リース–フィッシャーの定理

1p1\le p\le\infty に対し、Lp(μ)L^p(\mu) はノルム p\|\cdot\|_p について完備である。すなわち LpL^pバナッハ空間(完備なノルム空間)。

証明の戦略が美しいので、丁寧に追います。鍵は「コーシー列から、急速に密集する部分列を抜き、それが a.e. 収束 することを収束定理で示す」という二段構えです。第7章の収束定理が、ここで一気に効きます。

証明

1p<1\le p<\infty で示す。{fn}\{f_n\}LpL^p のコーシー列とする。

段1(急速部分列を抜く):コーシー性より、fnk+1fnkp<2k\|f_{n_{k+1}}-f_{n_k}\|_p<2^{-k} となる部分列 fnkf_{n_k} が取れる。 gk=fnkg_k=f_{n_k} と書く。「差のノルムが等比級数で抑えられる」列にできるのがミソ。

段2(a.e. 絶対収束を示す)G=k=1gk+1gkG=\sum_{k=1}^\infty|g_{k+1}-g_k| とおく。ミンコフスキーの不等式(三角不等式の 可算版)から Gpkgk+1gkp<k2k=1\|G\|_p\le\sum_k\|g_{k+1}-g_k\|_p<\sum_k 2^{-k}=1。よって GLpG\in L^p、とくに G<G<\infty a.e. (有限ノルムなら a.e. 有限)。実際この評価は、部分和にミンコフスキーを当ててから単調収束定理gk+1gkp=limkNp\|\sum|g_{k+1}-g_k|\|_p=\lim\|\sum_{k\le N}\cdots\|_p とする、という運び。

段3(極限を定義)G<G<\infty a.e. だから、(gk+1gk)\sum(g_{k+1}-g_k) は a.e. 絶対収束する。望遠鏡和より gk=g1+j<k(gj+1gj)g_k=g_1+\sum_{j<k}(g_{j+1}-g_j) が a.e. である極限 f(x)f(x) に収束。これを ff とおく。

段4(LpL^p で収束)gkfpGpL1|g_k-f|^p\le G^p\in L^1GpG^p が可積分な屋根になるから、優収束定理(第7章)で gkfp0\|g_k-f\|_p\to0。最後に、元のコーシー列は「部分列が収束すればコーシー列全体も同じ極限に収束する」から fnfp0\|f_n-f\|_p\to0。ゆえに fnff_n\to fLpL^p 内で成立。∎

証明を貫くのは「等比級数 2k2^{-k} で差を抑え、GG という可積分な屋根を作り、MCT と DCT で極限を捕まえる」 という筋書き。第3章の ε/2n\varepsilon/2^n 技、第7章の収束定理、第10章のミンコフスキー——これまでの道具が総動員 されます。この定理は測度論という土台が解析を支えるクライマックスの一つです。

注意 リーマン積分では完備にならない

リーマン積分可能な関数に 2\|\cdot\|_2 を入れても完備でない:連続関数のコーシー列の極限が、リーマン積分できない 関数になりうる(穴が空く)。ルベーグ積分にして初めて穴が埋まり L2L^2 が完備になる。QR\mathbb{Q}\to\mathbb{R} の 完備化と同じ構図——ルベーグ積分は「関数空間版の実数の完成」でもある。

L² だけの特権:内積が入る

p=2p=2 は共役指数が自分自身(12+12=1\frac12+\frac12=1)という特別な場所でした。ここでは内積が定義でき、 L2L^2 は長さだけでなく角度・直交まで測れる——線形代数の内積空間が無限次元へ拡張されます。

定義 L² の内積

(実)L2(μ)L^2(\mu) 上で

f,g=Xfgdμ\langle f,g\rangle=\int_X f\,g\,d\mu

と定める(複素なら fg\int f\overline{g})。f,f=f22\langle f,f\rangle=\|f\|_2^2 で、ヘルダー(コーシー–シュワルツ)より f,gf2g2|\langle f,g\rangle|\le\|f\|_2\|g\|_2 だから内積は有限で定義される。

定理 L² はヒルベルト空間

L2(μ)L^2(\mu) は上の内積から定まるノルムについて完備。すなわちヒルベルト空間(完備な内積空間)である。

完備性はリース–フィッシャー(p=2p=2)そのもの。内積が入ることで、直交射影・正規直交基底・フーリエ展開が 使えるようになります。f,g=0\langle f,g\rangle=0 を「ffgg は直交」と読み、関数を直交する成分に分解する—— これがフーリエ解析(三角関数系という正規直交基底での展開)と関数解析の 出発点です。「二乗可積分な関数の空間は、無限次元のユークリッド空間」と思ってよい。

稠密性:良い関数で近似できる

LpL^p の関数は一般に厄介ですが、性質のよい関数がその中で稠密(いくらでも近くに寄れる)です。これで 「まず良い関数で証明し、極限で一般化する」戦略が使えます。

定理 稠密性

1p<1\le p<\infty とする。単関数は LpL^p で稠密。さらに Rn\mathbb{R}^n 上のルベーグ測度では、連続でコンパクト台を もつ関数 Cc(Rn)C_c(\mathbb{R}^n)階段関数LpL^p で稠密。

単関数の稠密性は第5章の近似定理+DCT から。連続関数の稠密性はルジンの定理(第8章)が効きます——可測関数は 「ほとんど連続」で、その悪い部分は測度 ε\varepsilon に隔離できるから、連続関数でノルムをいくらでも小さくできる。 ここでも、これまでの定理が一枚に編み込まれています。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • 完備性の主張は「コーシー列 ⇒ 収束」。 「収束列 ⇒ コーシー列」は常に真で意味がない。向きが逆。空間に “穴がない”ことを言っている。
  • LpL^p 収束と a.e. 収束は別(第8章)。 リース–フィッシャーの証明では、LpL^p コーシー列から部分列を抜いて a.e. 収束を作る。列そのものが a.e. 収束するとは限らない。
  • 内積が入るのは p=2p=2 だけ。 p2p\ne2LpL^p はバナッハだが内積はない(平行四辺形則が破れる)。「角度」が 測れるのは L2L^2 の特権。
  • 稠密 ≠ 一致。 連続関数で近似できても、LpL^p の元自体が連続とは限らない。「いくらでも近く寄れる」だけ。

この章のまとめ

  • 完備性(コーシー列が空間内で収束)は近似・極限操作を空間内で閉じさせる、解析の必須条件。
  • リース–フィッシャーLpL^p は完備=バナッハ空間。証明は「等比級数で差を抑えた急速部分列 → 可積分な屋根 GG → MCT・DCT で a.e. 収束&LpL^p 収束」。測度論の道具が総動員される山場。
  • L2L^2 は内積 f,g=fg\langle f,g\rangle=\int fg をもつヒルベルト空間。直交・射影・フーリエ展開の舞台。無限次元のユークリッド空間。
  • 単関数・連続関数が LpL^p稠密(ルジンが効く)。「良い関数で証明→極限で一般化」が使える。
  • 最終章は、二つの測度を比べる——「一方が他方の“密度×測度”で書けるか」を問うラドン–ニコディムの定理と、測度の分解へ。微積分の基本定理が測度論で一般化されます。

次章では、測度どうしの比較(絶対連続・特異)を導入し、密度関数の存在を保証するラドン–ニコディムの定理と、任意の測度を分解するルベーグの分解定理を証明します。