第2章 σ-加法族と測度
「大きさを測る」に、何を望むか
前章で「集合の大きさ(測度)を先に作る」と決めました。では、R の部分集合 A に長さ μ(A)≥0 を
割り当てる関数 μ に、私たちは何を望むでしょう。素朴な願いを並べてみます。
- 区間 [a,b] の長さは b−a。
- 重ならない集合を合わせたら、長さは足し算:μ(A∪B)=μ(A)+μ(B)(A∩B=∅ のとき)。
- 平行移動しても長さは変わらない:μ(A+t)=μ(A)。
ここで決定的な選択をします。二個の足し算(有限加法性)で満足するか、それとも可算無限個の足し算まで
許すか。前章のディリクレ関数を思い出してください。「有理数全体の大きさは 0」と言えたのは、有理数を
q1,q2,… と一列に並べ、一点ずつの大きさ 0 を可算個足して 0 にできたからです。極限を自在に
扱う現代解析には、可算個の足し算——可算加法性——がどうしても要る。これが測度論の心臓部です。
望みは「区間で正しく・平行移動で不変・可算個の直和で足せる」大きさ。可算加法性が、極限を扱う力の源。
落とし穴:すべての集合は測れない
ところが欲張ると罰が当たります。「R のあらゆる部分集合に、上の望みを全部みたす長さを割り当てる」
——これは不可能です(第4章のヴィタリ集合で見ます)。どうしても測れない集合が現れる。
そこで方針を転換します。全部の集合を測るのを諦め、「測れる集合だけ」を集めた家族を用意する。
そして、その家族の上でだけ測度を定義する。この「測ってよい集合の集まり」に課すべき条件を、いま設計しましょう。
自然に出てくる要求は三つです。
- 全体集合 X は測れてほしい(大きさが定義できる基準)。
- A が測れるなら、その補集合 Ac も測れてほしい(「A の外」も測れる)。
- 測れる集合を可算個合わせたものも測れてほしい(極限操作で閉じる)。
この三条件をみたす集合族をσ-加法族(完全加法族)と呼びます。「σ」は可算和で閉じることを表す記号です。
定義 σ-加法族
集合 X の部分集合の族 F が次をみたすとき、F を X 上のσ-加法族という。
- X∈F。
- A∈F ⇒ Ac∈F(補集合で閉じる)。
- A1,A2,⋯∈F ⇒ ⋃n=1∞An∈F(可算和で閉じる)。
このとき (X,F) を可測空間、F の元を可測集合という。
三条件から、ド・モルガンの法則で可算共通部分 ⋂An=(⋃Anc)c も入り、空集合 ∅=Xc も入ります。
差 A∖B=A∩Bc も測れる。つまり集合演算を可算回やっても、σ-加法族からはみ出しません。とても丈夫な家族です。
例 極端な二つの例
- 最小:{∅,X}。何も区別しない、いちばん粗いσ-加法族。
- 最大:X の全部分集合の族 2X(べき集合)。いちばん細かい。有限集合ならこれで困らないが、R では
「大きすぎて」望む測度が乗らない(第4章)。だから中間の“ちょうどよい”σ-加法族を探すことになる。
測度:可算加法性をもつ「大きさ」
家族が決まったので、その上に「大きさ」を乗せます。核心は可算加法性です。
定義 測度
可測空間 (X,F) 上の関数 μ:F→[0,∞] が測度であるとは、
- μ(∅)=0。
- (可算加法性)互いに素な A1,A2,⋯∈F(i=j で Ai∩Aj=∅)に対し
μ(⨆n=1∞An)=∑n=1∞μ(An).
三つ組 (X,F,μ) を測度空間という。μ(X)=1 のとき確率測度という。
値に ∞ を許すこと(R 全体の長さは ∞)、そして和が可算無限個までなことに注意。この二点が、
後の収束定理まで効いてきます。
例 測度の例
- 数え上げ測度:μ(A)=A の要素数(無限なら ∞)。可算加法性は明らか。「大きさ=個数」。
- ディラック測度 δp:点 p を含めば 1、含まなければ 0。「質点が p にある」。
- ルベーグ測度(第3〜4章で構成):区間 [a,b] に長さ b−a を与える、R 上の“本命”。
可算加法性から、ただで出てくる性質
公理は二つだけなのに、そこから実に多くが従います。これらは以後ずっと使う道具です。
定理 測度の基本性質
測度 μ について、次が成り立つ。
- (有限加法性)互いに素な有限個で μ(A1⊔⋯⊔An)=∑μ(Ak)。
- (単調性)A⊆B⇒μ(A)≤μ(B)。
- (劣加法性)任意の可算個で μ(⋃An)≤∑μ(An)(互いに素でなくてよい)。
- (下から連続)A1⊆A2⊆⋯ なら μ(⋃An)=limn→∞μ(An)。
- (上から連続)A1⊇A2⊇⋯ かつ μ(A1)<∞ なら μ(⋂An)=limn→∞μ(An)。
証明
(1) 可算加法性で An+1=An+2=⋯=∅ とすれば、μ(∅)=0 より有限和になる。
(2) B=A⊔(B∖A) と分ければ μ(B)=μ(A)+μ(B∖A)≥μ(A)。
(3) 重なりを剥がす定番の技:B1=A1, Bn=An∖(A1∪⋯∪An−1) とおくと Bn は互いに素で
⋃Bn=⋃An、かつ Bn⊆An。可算加法性と単調性より μ(⋃An)=∑μ(Bn)≤∑μ(An)。
(4) 差の階段 C1=A1, Cn=An∖An−1 は互いに素で ⨆k≤nCk=An、⨆Ck=⋃An。
可算加法性より μ(⋃An)=∑kμ(Ck)=limn∑k≤nμ(Ck)=limnμ(An)。
(5) A1∖An は増大列で ⋃(A1∖An)=A1∖⋂An。(4) を適用し、μ(A1)<∞ ゆえ
引き算できて結論を得る。∎
∎
「重なりを剥がして互いに素にする」((3)(4) の Bn,Cn)は、測度論で最頻出の一手です。可算加法性は
互いに素にしか使えないので、まず素に組み替える。この型は覚えておく価値があります。
注意 (5) の $\mu(A_1)<\infty$ は外せない
An=[n,∞) とすると各 μ(An)=∞ だが ⋂An=∅ で μ=0。上から連続には有限性が要る。
∞−∞ を避けるための条件、と覚えるとよい。
ちょうどよい家族:ボレル集合
R で「測りたい集合」の出発点は開区間です。開区間から集合演算(補・可算和)を繰り返して届く範囲を、
最小のσ-加法族として囲い込みます。
定義 生成されるσ-加法族・ボレル集合
部分集合の族 C に対し、C を含む最小のσ-加法族 σ(C) が存在する
(C を含むσ-加法族すべての共通部分をとればよい——共通部分はまたσ-加法族)。
Rn の開集合全体が生成する σ(開集合) をボレル集合族 B、その元をボレル集合という。
開集合・閉集合・可算個の開区間の共通部分・和…と、実際に手で作れる集合はほぼ全部ボレル集合です。第4章では、
このボレル集合(を少し完備化したもの)の上に、区間の長さを b−a とするルベーグ測度がちょうど乗ることを見ます。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- 可算加法性 ≠ 非可算加法性。 点一個の測度が 0 でも、[0,1](非可算個の点)の測度が 0 になるわけではない。
足せるのは可算個まで。ここを混同すると「全部 0 の寄せ集めが 1」という矛盾に見えてしまう。
- σ-加法族は「和・補で閉じる」が、任意和では閉じない。 一点集合を非可算個集めた [0,1] が必ず入るとは限らない
(実際には入るが、それは可算操作の帰結や生成の結果としてであって、非可算和を許すからではない)。
- 測度が乗る前に、まず可測空間(X,F)を決める。 「どの集合を測るか」が先、「いくら測るか」が後。
- σ(C) は具体的に書き下せない。 「C を含む最小」という存在で定義する。ボレル集合を
「こういう形」と一覧化はできない。生成という抽象操作に慣れることが大事。
この章のまとめ
- すべての集合は測れない。だから「測れる集合の家族」=σ-加法族(X・補集合・可算和で閉じる)をまず用意する。
- その上に測度(μ(∅)=0 と可算加法性)を乗せる。ここから単調性・劣加法性・上下からの連続性が自動的に従う。「重なりを剥がして互いに素にする」が定石。
- Rn では開集合が生成するボレル集合族が主戦場。次章は、まだ「測れる家族」も測度値も与えられていない状態から、外測度を使って測度を実際に構成します(カラテオドリの拡張)。
次章では、素朴な「外から覆う大きさ」=外測度から出発し、そこから可測集合とσ-加法族を自動生成する見事な仕掛け——カラテオドリの拡張定理——を作ります。