⟐ 数学の作り方 How to make Mathematics

↑ ↓ 移動 Enter 開く Esc 閉じる

第5章 可測関数と単関数近似

「値域を刻む」ために関数に望むこと

第1章の作戦を思い出しましょう。積分は「値の帯ごとに、その原像 {x:f(x)∈帯}\{x : f(x)\in\text{帯}\} の大きさを測って足す」。 この作戦が回るには、原像がちゃんと測れる集合(可測集合)でなければならない。値の帯として、いちばん基本的な {x:f(x)>a}\{x : f(x)>a\}(値が aa より大きい所)を考え、これが常に可測であることを関数への要求とします。

定義 可測関数

測度空間 (X,F,μ)(X,\mathcal{F},\mu) 上の関数 f:X→Rf:X\to\mathbb{R}(または [−∞,∞][-\infty,\infty])が可測であるとは、 任意の a∈Ra\in\mathbb{R} に対し

{x∈X:f(x)>a}∈F\{x\in X: f(x)>a\}\in\mathcal{F}

が成り立つこと。X=RnX=\mathbb{R}^n・F=\mathcal{F}= ルベーグ可測集合のときルベーグ可測関数という。

{f>a}\{f>a\} が全部の aa で可測なら、補・可算和で {f≥a}=⋂n{f>a−1n}\{f\ge a\}=\bigcap_n\{f>a-\tfrac1n\}、{f<a}={f≥a}c\{f<a\}=\{f\ge a\}^c、 {a<f≤b}\{a<f\le b\}、さらに任意のボレル集合 BB で {f∈B}=f−1(B)\{f\in B\}=f^{-1}(B) も可測になります。つまり「一種類の帯が測れれば、 どんな帯の原像も測れる」。だから定義は >a>a 一つで十分なのです。

可測関数=「値がある閾値を超える場所」がいつも測れる関数。値域のどんな帯をとっても、その原像が測れる。

ほとんどの関数は可測:演算で閉じる

可測関数は驚くほど広いクラスです。四則・合成・極限で閉じているので、解析で出会う関数はまず可測です。

定理 可測関数の演算

f,gf,g を可測、c∈Rc\in\mathbb{R} とする。次はすべて可測: cf, f+g, fg, ∣f∣, max⁡(f,g), min⁡(f,g)cf,\ f+g,\ fg,\ |f|,\ \max(f,g),\ \min(f,g)。 また可測関数列 fnf_n に対し

sup⁡nfn,inf⁡nfn,lim sup⁡nfn,lim inf⁡nfn,lim⁡nfn (存在すれば)\sup_n f_n,\quad \inf_n f_n,\quad \limsup_n f_n,\quad \liminf_n f_n,\quad \lim_n f_n\ (\text{存在すれば})

はすべて可測。連続関数は(ボレル)可測。

証明

連続関数:{f>a}=f−1((a,∞))\{f>a\}=f^{-1}((a,\infty)) は開集合の逆像で開集合、ゆえに可測(ボレル)。 sup⁡\sup:{sup⁡nfn>a}=⋃n{fn>a}\{\sup_n f_n>a\}=\bigcup_n\{f_n>a\}(ある nn で超えればよい)。可算和ゆえ可測。inf⁡\inf は −sup⁡(−fn)-\sup(-f_n)。 lim sup⁡\limsup:lim sup⁡nfn=inf⁡Nsup⁡n≥Nfn\limsup_n f_n=\inf_N\sup_{n\ge N}f_n は sup⁡,inf⁡\sup,\inf の組合せで可測。lim inf⁡,lim⁡\liminf,\lim も同様。 f+gf+g:{f+g>a}=⋃r∈Q({f>r}∩{g>a−r})\{f+g>a\}=\bigcup_{r\in\mathbb{Q}}\big(\{f>r\}\cap\{g>a-r\}\big)。有理数で挟むのが定石(可算和)。 fgfg は fg=14[(f+g)2−(f−g)2]fg=\tfrac14[(f+g)^2-(f-g)^2] と {f2>a}={f>a}∪{f<−a}\{f^2>a\}=\{f>\sqrt a\}\cup\{f<-\sqrt a\} から。∎

ここで注目すべきは、リーマン積分では悪夢だった極限が、可測性を全く壊さないこと。fnf_n が全部可測なら、 各点極限 lim⁡fn\lim f_n も自動的に可測。これは第7章の収束定理を支える、静かだけれど決定的な性質です。

ほとんどいたるところ

測度 00 の集合は「無視できる」——第4章の完備性が保証してくれます。この感覚を言葉にします。

定義 ほとんどいたるところ (a.e.)

ある性質が、測度 00 の集合を除いたすべての点で成り立つとき、その性質はほとんどいたるところ (almost everywhere、a.e.)成り立つという。例:f=g a.e.f=g\ \text{a.e.} とは μ({f≠g})=0\mu(\{f\ne g\})=0。

積分の立場では、測度 00 の集合の上で関数の値をどういじっても積分は変わりません(次章)。だから 「a.e. で等しい関数は同じもの」とみなす習慣がつきます。ディリクレ関数は「a.e. で 00 に等しい」ので、 積分は 00 の積分と同じ、というわけです。

主役の道具:単関数

値域を刻む積分を、いきなり一般の関数で定義するのは大変です。そこで、値が有限種類しかない階段状の関数から 始めて、そこへ一般の関数を近づけていく戦略をとります。この階段関数を単関数と呼びます。

定義 単関数

有限個の可測集合 E1,…,EnE_1,\dots,E_n と定数 a1,…,an≥0a_1,\dots,a_n\ge 0 を使って

s(x)=∑k=1nak 1Ek(x)(1E は E の定義関数)s(x)=\sum_{k=1}^n a_k\,\mathbf{1}_{E_k}(x)\qquad(\mathbf{1}_E\ \text{は}\ E\ \text{の定義関数})

と書ける非負可測関数を単関数という。値域が有限集合の非負可測関数、と言っても同じ。

単関数の積分は、第1章の作戦そのもの——「値 aka_k × その原像の大きさ μ(Ek)\mu(E_k)」の総和——で自然に定義できます (次章で正式化)。だから、一般の関数を単関数で近づけられれば、積分をそこへ持ち上げられる。それが次の定理です。

単関数近似定理:どんな非負可測関数も階段で下から近づく

定理 単関数近似定理

f≥0f\ge 0 を可測関数とする。すると単関数の増大列 0≤s1≤s2≤⋯0\le s_1\le s_2\le\cdots が存在して、各点で

sn(x) ↑ f(x)(n→∞, すべての x)s_n(x)\ \uparrow\ f(x)\qquad(n\to\infty,\ \text{すべての}\ x)

となる。ff が有界なら収束は一様。

証明

値域 [0,∞)[0,\infty) を、第 nn 段では高さ 1/2n1/2^n 刻みで nn まで刻む。具体的に

sn(x)={k−12nk−12n≤f(x)<k2n  (k=1,…,n2n)nf(x)≥ns_n(x)=\begin{cases}\dfrac{k-1}{2^n} & \dfrac{k-1}{2^n}\le f(x)<\dfrac{k}{2^n}\ \ (k=1,\dots,n2^n)\\[2mm] n & f(x)\ge n\end{cases}

とおく。各 sns_n は有限個の可測集合 {k−12n≤f<k2n}\{\frac{k-1}{2^n}\le f<\frac{k}{2^n}\} の上で定数だから単関数(ff 可測ゆえ これらは可測集合)。刻みを半分にすると各段が二分され値が上がるだけなので sn≤sn+1s_n\le s_{n+1}(増大)。 f(x)<∞f(x)<\infty の点では、n>f(x)n>f(x) 以降 ∣f(x)−sn(x)∣≤1/2n→0|f(x)-s_n(x)|\le 1/2^n\to0。f(x)=∞f(x)=\infty の点では sn(x)=n→∞=f(x)s_n(x)=n\to\infty=f(x)。 ff が上に有界(≤M\le M)なら n>Mn>M 以降つねに ∣f−sn∣≤1/2n|f-s_n|\le1/2^n で一様収束。∎

証明の心臓は「値域(縦軸)を 1/2n1/2^n 刻みで刻む」こと——まさに第1章の「横に刻む」を関数近似に落とした姿です。 リーマンが定義域を刻んだのに対し、ここでは値域を刻んで階段を作る。だから対象が激しく振動しても、値さえ [k−12n,k2n)[\frac{k-1}{2^n},\frac{k}{2^n}) に入れば同じ段に乗る。定義域の暴れ方に一切左右されない——これがルベーグの強さの 源泉です。「下から単調に増える近似」という形も重要で、第7章の単調収束定理と噛み合って積分の定義を支えます。

注意 なぜ“下から・増大”にこだわるのか

単調増大な近似だと、後で積分を ∫f=lim⁡∫sn=sup⁡s∫s\int f=\lim\int s_n=\sup_s\int s と定義したとき、極限が近似列の取り方に よらず一意に決まる(単調収束定理、第7章)。もし上からや非単調で近づけると、極限と積分の交換で足をすくわれる。 「下から・増大」は、丈夫な積分を作るための設計上の選択。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • 可測 ≠ 連続。 可測はずっと広い。ディリクレ関数は至る所不連続だが可測。逆に、可測でも連続点が一つも ないことがある。「連続だから可測」は真だが逆は偽。
  • 定義は {f>a}\{f>a\} 一つでよい。 ≥,<,≤\ge,<,\le や区間・ボレル集合の原像は、そこから可算操作で全部出る。四つ全部を 条件にする必要はない。
  • 単関数は「非負・有限種類の値・可測な台」。 ただの階段関数(定義域の区間で場合分け)とは違い、台 EkE_k は 区間でなくてよい任意の可測集合。だから複雑な集合の上でも定義できる。
  • 近似は値域を刻む。 定義域を刻む(リーマン)のではない。ここを取り違えると単関数近似の御利益が見えなくなる。

この章のまとめ

  • 可測関数=任意の閾値で {f>a}\{f>a\} が可測。これで値域のどんな帯の原像も測れる。四則・合成・極限(sup, inf, lim)で閉じる——リーマンで悪夢だった極限が可測性を壊さない。
  • 測度 00 を無視する言い回し**a.e.**を導入。積分は a.e. の違いを見ない。
  • 単関数(非負・有限種類の値・可測な台)で「値 × 原像の大きさ」を足すのが積分の芯。
  • 単関数近似定理:非負可測関数は、値域を 1/2n1/2^n 刻みで刻んだ単関数の増大列で下から各点収束できる。定義域の暴れに左右されないのがルベーグの強み。
  • 次章はいよいよ、この単関数を土台にルベーグ積分を三段階(単関数→非負→一般)で定義し、リーマン積分との関係を確かめます。

次章では、単関数の積分から出発して非負可測関数・一般の可積分関数へと積分を拡張し、リーマン積分可能なら値が一致することを見ます。