第4章 ルベーグ測度と非可測集合
ようやく「長さ」が完成する
前章のカラテオドリの機械に、ルベーグ外測度 (区間で覆う最小コスト)を入れました。出てきたのは、 可測集合のσ-加法族 と、その上の完備な測度 です。これを 上の ルベーグ測度、 の元をルベーグ可測集合と呼びます。
まず確かめたいのは「本当に区間の長さを再現するか」。前章の外測度の性質 (4) で でした。 区間はカラテオドリ条件をみたす(可測)ことも確かめられるので、。私たちが最初に望んだ性質が、 ようやく厳密な測度として実現しました。しかもボレル集合は全部ルベーグ可測です(開区間が可測で、 が σ-加法族だから、)。
ルベーグ測度=カラテオドリ機械の出力。区間の長さを正しく再現し、ボレル集合をすべて含む完備な測度。
基本の性質:平行移動不変・可算集合は零
定理 ルベーグ測度の基本性質
- (平行移動不変)。(外測度が区間の覆いで定義され、区間の長さが平行移動で不変だから。)
- (一点・可算集合は零)。よって可算集合 は 。
- (線形変換)(、 倍の拡大)。
証明
(2) 一点 は長さ の区間 で覆えるから 。 で 。可算集合は一点の可算和ゆえ、可算加法性(または劣加法性)で 。∎
(2) は前章までの伏線の回収です。ディリクレ関数の積分が だったのは、値が になる有理数全体が 可算集合で測度 だから。「有理数は(実数の中では)測度の意味で無視できるほど少ない」が厳密になりました。
注意 測度 0 なのに“でかい”集合:カントール集合
から真ん中 を除き続けて残るカントール集合は、 で測度 。 なのに要素数は非可算(連続体濃度、集合と位相第1章)。「測度 =可算」ではない。 測度と濃度は別の“大きさ”。長さゼロでも点はぎっしり——測度のイメージを豊かにする好例。
正則性:内と外から挟める
ルベーグ測度は「開集合で外から」「コンパクト集合で内から」いくらでも近似できます。これを正則性と いい、測度の扱いを非常に軽くします(後の稠密性・ルジンの定理の土台)。
定理 ルベーグ測度の正則性
をルベーグ可測とすると、
同値な言い換え:任意の に対し、開集合 と閉集合 を となるように取れる。
外測度が「開区間で覆う下限」だったので、外側からの開集合近似はほぼ定義そのもの。内側からのコンパクト近似は 補集合に外側近似を使って導けます。「可測集合は、開集合と閉集合で の隙間まで挟める」——測度論の実務では、 証明をまず開集合や区間で済ませ、正則性で一般の可測集合へ広げる、という運びを多用します。
衝撃:測れない集合が存在する(ヴィタリ)
ここまで来ると「 のどんな集合も、頑張れば測れるのでは?」と思えてきます。ところが測れない集合が 存在します。第2章で予告した落とし穴です。作り方は短いですが、選択公理を使うのが急所です。
定理 ヴィタリの非可測集合
の中に、ルベーグ可測でない集合が存在する。
証明
上で「差が有理数」という関係 を考える。これは同値関係で、 を 互いに素な同値類に分ける。各同値類から代表元を一つずつ選んで集めた集合を とする(ここで 選択公理を使う——非可算個の類から同時に代表を選ぶ)。
有理数を ( 内のもの)と並べ、平行移動 を作る。主張:
- たちは互いに素。もし と が共通点をもてば、 の二元の差が有理数となり同値、 だが代表は各類一つだけなので同一元。よって 。
- 。任意の は、自分の類の代表 と有理数差 を もつので 。また より 。
さて が可測と仮定して矛盾を出す。平行移動不変性より全 。可算加法性と上の包含から
もし なら で左が破綻。もし なら で右が破綻。どちらも矛盾。 よって は可測でない。∎
矛盾の芯はこうです。「平行移動不変」「可算加法性」「区間の長さは正しい」——この三つを全部の集合で同時に 成り立たせることは不可能。 は なら 、 なら にしかならず、 と の間に 着地できない。だからどこかを諦めるしかなく、私たちは「全集合で測るのを諦め、可測集合だけ測る」を選んだ—— 第2章でσ-加法族を導入した本当の理由が、ここでようやく腑に落ちます。
注意 選択公理という代償
ヴィタリ集合の構成は選択公理を本質的に使う。実際「すべての集合がルベーグ可測」という主張は、選択公理を弱めた 公理系(ソロヴェイ・モデル)では無矛盾に成り立つ。つまり非可測集合は選択公理の“副作用”。具体的に「これ」と 指させる非可測集合は作れない——存在はするが手で触れない、不思議な住人。選択公理の重みを実感する場面。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- 測度 と「点が少ない(可算)」は別。 カントール集合は非可算なのに測度 。測度と濃度は独立した“大きさ”。
- 非可測集合は「変な形」ではなく「選び方が非構成的」。 図に描けるようなギザギザではなく、選択公理で 代表を選んで初めて存在する。可視化できないのが本質。
- ボレル集合 ルベーグ可測集合。 ルベーグ可測はボレルより真に多い(完備化のぶん、測度 集合の 部分集合を全部含む)。どちらもヴィタリ集合は含まない。
- 平行移動不変は“当たり前”ではなく、測度の設計に組み込んだ性質。 これがヴィタリの矛盾を生む主役でもある。
この章のまとめ
- ルベーグ測度が完成:区間の長さ を再現し、平行移動不変、一点・可算集合は測度 、ボレル集合を全部含む完備な測度。
- 正則性:可測集合は外から開集合・内からコンパクト集合で まで挟める。証明を区間・開集合で済ませて一般化する道具。
- ヴィタリの非可測集合:選択公理で代表を選ぶと、平行移動不変・可算加法性・区間の長さを全集合で両立できない。だから「可測集合だけ測る」——σ-加法族を導入した根本理由の回収。
- 測度の構成編(第1〜4章)はここで完結。次章から関数の側へ移り、まず「どんな関数なら値域を刻んで積分できるか」=可測関数を定義します。
次章では、積分できる関数のクラス——可測関数——を定め、どんな関数も単関数の極限で近づける「単関数近似定理」を作ります。