第6章 ルベーグ積分の構成
三段ロケットで積分を作る
道具は揃いました。単関数(値×原像の大きさ)と、非負可測関数を単関数で下から近づける近似定理です。 積分は三段階で組み立てます——単関数で土台を作り、非負可測関数へ持ち上げ、最後に符号のある一般の 関数へ。各段で「前の段の積分の極限(上限)」として定義するのがコツです。
積分の設計図:単関数 →(下からの上限)→ 非負可測 →(正負に分けて引き算)→ 一般の可積分関数。
第一段:単関数の積分
第1章の作戦そのままです。値にその原像の大きさを掛けて足す。
定義 単関数の積分
単関数 (、 は互いに素な可測集合)に対し、その積分を
で定義する( かつ のときは と約束)。この値は の表し方によらない。
「表し方によらない」ことは、二つの表現の共通細分をとれば有限加法性から確認できます。単関数の積分は 線形かつ単調( なら )——値×大きさの足し算なので当然です。
第二段:非負可測関数の積分
非負可測関数 は、下から単関数で近づけられました(第5章)。ならば積分は「下から詰め寄る単関数の積分の 上限」とするのが自然です。
定義 非負可測関数の積分
可測関数 に対し
値は (無限大を許す)。
上限を「 以下のすべての単関数」でとるので、近似列の取り方によらず一意に決まります。ここが「下から・ 上限」という設計の御利益です。第5章の単調増大近似 を使えば とも書けます (これが正しいこと=上限と極限の一致は、次章の単調収束定理が保証します。積分の定義と収束定理は表裏一体)。
定理 非負積分の性質
可測、 とする。
- 単調性:。
- 正斉次:。
- 加法性:。
単調性・正斉次は定義(上限)から直ちに出ます。加法性は、単関数どうしなら明らか、一般には なる単調近似を取り として単調収束定理(次章)に載せれば従います。
注意 積分 0 の意味と a.e.
で a.e.。証明の芯: が正の測度をもてば 。 よって なら全ての が測度 、和も で a.e.。逆に a.e. 0 なら積分 0——測度 の 集合の上の値は積分に効かない。これで「a.e. で等しい関数は積分が等しい」が正当化される。
第三段:一般の可積分関数
符号のある関数は、正の部分と負の部分に割って引き算します。
定義 可積分関数の積分
可測関数 を正負に分ける:(ともに非負可測、)。 かつ のとき(同値:)、 を可積分といい
可積分関数全体を と書く。 可測上の積分は 。
を要求するのは、()という無意味を避けるため。 「ルベーグ積分では絶対可積分=可積分」——これはリーマンの広義積分(条件収束を許す)との重要な違いです。
定理 ルベーグ積分の性質
とする。
- 線形性:。
- 単調性:。
- 三角不等式:。
線形性は「正負に分けて非負積分の性質を使う」だけですが、 の組み替えは少し手間がかかります ( の正部分は の単純な和ではないため、 という等式を非負積分の 加法性に載せる)。三角不等式は に単調性を当てるだけ。
リーマン積分との関係:ちゃんと拡張になっている
新しい積分が古い積分と食い違っては困ります。有界閉区間でリーマン積分できる関数は、ルベーグ積分でき、値も 一致します。ルベーグはリーマンの正当な拡張です。
定理 リーマンとルベーグの一致
が有界とする。
- がリーマン積分可能 の不連続点全体が測度 (ルベーグの判定条件)。
- リーマン積分可能なら はルベーグ可積分で、。
(1) は「リーマン積分できる=ほとんど至る所連続」という美しい特徴づけ。ディリクレ関数は至る所不連続(不連続点 の測度が )なのでリーマン不可能、と即座に説明がつきます。一方ルベーグでは、それは a.e. で なので 。 拡張の御利益が数値で見えます。
注意 広義積分では話が分かれる
一致は有界閉区間での話。広義リーマン積分には、 のように条件収束する ()ものがある。これはルベーグ可積分ではない()。 「ルベーグの方が広い」は万能ではなく、絶対収束しない振動積分はリーマン広義積分の領分。棲み分けがある。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- 非負積分は「 以下の単関数の上限」。 「上からの単関数の下限」ではない。下から詰めるから近似列に よらず一意になる。向きが命。
- 可積分= 。 が有限に“見える”だけでは不十分。 の両方が有限でないと定義しない。 条件収束はルベーグ可積分ではない。
- リーマン可能ならルベーグ可能で値も同じ。 「別の積分だから値が違うかも」は誤解。有界閉区間では完全に一致。
- a.e. の違いは積分に効かない。 測度 上でどう値を変えても は不変。だから では a.e. 等しい関数を 同一視する(第10章で本格化)。
この章のまとめ
- ルベーグ積分は三段階:単関数は「値×原像の大きさ」の和、非負可測は「下からの単関数積分の上限」、一般は正負に分けて ( が可積分の条件)。
- 得られる積分は線形・単調・三角不等式をみたす。 a.e. で、測度 の違いは無視される。
- リーマン積分の正当な拡張:有界閉区間でリーマン可能 a.e. 連続、そのとき値は一致。ただし条件収束する広義積分は別枠。
- 次章は本分野の主役——極限と積分の交換を自由にする三大定理(単調収束・ファトゥ・優収束)。第1章で挙げたリーマンの弱点を、ここで完全に克服します。
次章では、単調収束定理・ファトゥの補題・優収束定理を証明し、極限と積分がなぜ・どこまで交換できるかを、破れる例(前章までの伏線)とともに見極めます。