第7章 収束定理 — 極限と積分の交換
ここが、ルベーグ積分を作った理由
第1章で挙げたリーマン積分の最大の弱点——極限と積分の交換に一様収束という強い条件が要る——を、いよいよ
克服します。ルベーグ積分の世界では、fn→f(各点収束、a.e. でよい)だけを土台に、ずっと緩い条件で
n→∞lim∫fn=∫n→∞limfn
が言えます。この交換を保証する三つの定理——単調収束定理・ファトゥの補題・優収束定理——が、この分野の
到達点であり、以後の解析(フーリエ、確率、関数解析)すべての土台になります。
まず「いつでも交換できるわけではない」ことを、体で覚えておきましょう。
まず、交換が破れる様子を見る
各点では fn→0 なのに ∫fn が 0 に落ちない——そんな例が簡単に作れます。下で動かしてください。
三つのモードに共通するのは「質量(面積)が逃げる・集まる」こと。逃げる山は質量が無限遠へ、尖る山は
一点へ、広がる板は薄く広く逃げる。どれも各点極限は 0 なのに ∫fn=1 のまま。だから
lim∫fn=1=0=∫limfn。「関数が 0 に近づく」ことと「その積分が 0 に近づく」ことは別物——
交換を許す定理は、この“質量の逃亡”を封じる条件をそれぞれ違う形で課します。それを念頭に読み進めましょう。
交換が破れる原因は、質量が台の外へ逃げること。各定理は「単調」「非負」「優関数で抑える」という別々の方法で逃亡を封じる。
単調収束定理(MCT):下から積み上げるなら交換できる
いちばん基本。非負で単調増大なら、極限と積分は無条件で交換できます。質量は増える一方で逃げられないからです。
定理 単調収束定理 (Beppo Levi)
可測関数列が 0≤f1≤f2≤⋯ をみたし、各点で fn↑f(f=limfn=supnfn)とする。すると
n→∞lim∫fndμ=∫fdμ.
証明
単調性より ∫fn は増大し ∫fn≤∫f、よって lim∫fn≤∫f。逆を示す。単関数 s を 0≤s≤f、
定数 0<c<1 を任意にとり、An={x:fn(x)≥cs(x)} とおく。fn↑f≥s>cs なので An は増大し
⋃An=X。すると
∫fn ≥ ∫Anfn ≥ c∫Ans.s=∑ak1Ek に対し ∫Ans=∑akμ(Ek∩An) で、An↑X と測度の下からの連続性
(第2章)より ∫Ans→∫s。ゆえに lim∫fn≥c∫s。c↑1、続いて
s↑f の上限をとって lim∫fn≥∫f。∎
∎
証明で効いたのは、第2章の測度の下からの連続性(増大集合列で測度が極限に一致)。単調増大な関数列の交換が、
単調増大な集合列の測度の連続性に化ける——測度の性質が、そのまま積分の性質に翻訳される好例です。MCT は前章で
保留した「∫f=lim∫sn」も正当化し、積分の定義を完成させます。
ファトゥの補題:不等式なら常に言える
収束や単調性がなくても、非負でありさえすれば片側の不等式は常に成り立ちます。「質量は逃げることはあっても、
勝手に湧いてはこない」——極限で質量が減ることはあっても増えることはない、という主張です。
定理 ファトゥの補題
fn≥0 可測なら
∫n→∞liminffndμ ≤ n→∞liminf∫fndμ.
証明
gn=infk≥nfk とおくと 0≤gn↑liminffn(下限の単調増大列)。MCT より
∫liminffn=lim∫gn。一方 gn≤fk (k≥n) ゆえ ∫gn≤infk≥n∫fk≤liminf∫fn。
両辺の極限をとって結論。∎
∎
逃げる山で確かめましょう:liminffn=0 で左辺 ∫0=0、右辺 liminf∫fn=1。確かに 0≤1、
そして等号は成り立たない。ファトゥの不等号は「質量が逃げた分だけ、極限の積分が本来より小さく見える」ことを
表しています。等号を回復するには、逃亡を禁じる追加条件が要る——それが次の優収束定理です。
優収束定理(DCT):一枚の屋根で抑えれば交換できる
実用でいちばん使うのがこれ。各点収束に加え、列全体を一つの可積分関数 g で頭から抑えると、交換が完全に
成り立ちます。g が「屋根」となって質量の逃亡を許さないのです。
定理 優収束定理 (Lebesgue)
可測関数列 fn が a.e. で fn→f に収束し、ある可積分な g≥0(∫g<∞)が存在して
すべての n で ∣fn∣≤g a.e. とする。すると f∈L1 で
n→∞lim∫fndμ=∫fdμ,さらにn→∞lim∫∣fn−f∣dμ=0.
証明
∣fn∣≤g で極限をとり ∣f∣≤g ゆえ f∈L1。∣fn−f∣≤2g なので 2g−∣fn−f∣≥0。これにファトゥを当てる:
∫2g=∫liminf(2g−∣fn−f∣)≤liminf∫(2g−∣fn−f∣)=∫2g−limsup∫∣fn−f∣.∫2g<∞ を引き去ると limsup∫∣fn−f∣≤0、よって ∫∣fn−f∣→0。三角不等式
∣∫fn−∫f∣≤∫∣fn−f∣→0 で積分の交換も従う。∎
∎
証明の鍵は「非負量 2g−∣fn−f∣ にファトゥを当てる」一手。可積分な屋根 g があるおかげで ∫2g を引き算でき、
不等式が両側から締まる。逃げる山たちに g が作れないのは、supnfn を抑える可積分関数が存在しない
(質量が無限遠まで散らばる)から。DCT が破れる例=g が作れない例、と理解すると腑に落ちます。
注意 有界収束定理という手軽版
有限測度空間(μ(X)<∞)で、∣fn∣≤M(定数)かつ fn→f a.e. なら交換できる(g≡M が可積分:
∫M=Mμ(X)<∞)。これを有界収束定理という。確率空間(μ(X)=1)で特に便利。
使い分けの型
注意 どの定理をいつ使うか
- 単調増大で非負 → 迷わず MCT。級数 ∑fk(部分和は増大)と積分の交換は MCT の独壇場。
- 収束や上界の情報がない・不等式評価だけ欲しい → ファトゥ。極限の積分を下から評価する保険。
- 収束していて、全体を抑える屋根 g が作れる → DCT。実務の主力。まず ∣fn∣≤g の g を探すのが思考の型。
- 三つとも「質量の逃亡」を別の方法で封じている。破れる例(逃げる山・尖る山)を一つ手元に置くと、条件の意味を
忘れない。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- 各点収束だけでは交換できない。 逃げる山が反例。追加条件(単調・非負・優関数)が必ず要る。
- ファトゥは等号ではなく不等号。 しかも向きが決まっている(∫liminf≤liminf∫)。逆向きは一般に偽。
- DCT の g は「n によらない一枚」。 各 n ごとに違う屋根ではダメ。全員を同時に抑える可積分関数が要る。
- g は可積分でなければならない。 g を大きく取れば抑えられるが、∫g=∞ だと引き算ができず証明が
回らない。「抑えられる」だけでなく「g が積分有限」が命。
この章のまとめ
- リーマンの弱点(極限と積分の交換に一様収束が要る)を克服する三大定理。共通の敵は「質量の逃亡」。
- MCT:非負・単調増大なら無条件で交換(測度の下からの連続性の翻訳)。積分の定義も完成させる。
- ファトゥ:非負なら常に ∫liminf≤liminf∫。逃げた質量のぶん左が小さい。
- DCT:各点収束+可積分な屋根 g で一様に抑えると完全に交換でき、∫∣fn−f∣→0 まで言える。実務の主力。
- 次章は、収束のさまざまな流儀(各点・一様・測度・L1)の関係を整理し、それらを橋渡しするエゴロフ・ルジンの定理を見ます。
次章では、各点収束・一様収束・測度収束・平均収束の相互関係を地図にし、「ほとんど一様」「ほとんど連続」という驚きの定理(エゴロフ・ルジン)を証明します。