数学の作り方 How to make Mathematics

第4章 階数・ねじれ・表示行列

「基底が取れない世界」を整理する

前章で、自由加群は基底をもつ行儀のよい加群、でも一般の加群は自由でない(Z/n\mathbb Z/n のねじれ)と見ました。 この章では、その「基底が取れなさ」を正確に測る道具を揃えます——自由加群の階数(次元にあたる不変量)、 一般の加群のねじれ部分(有限的な悪さ)と自由部分、そして加群を「生成元と関係」で表し、関係を行列で 書く方法です。これらが、次章からの構造定理(行列を対角化して加群を分解する)への直接の準備になります。

自由加群の階数はただ一つ、一般の加群はねじれ+自由に分かれる。加群を生成元と関係の行列で表すのが構造定理への道。

自由加群の階数

ベクトル空間の次元が基底の取り方によらず一つに定まったように、自由加群の基底の個数(階数)も——可換環上 なら——ただ一つに定まります。

定理 階数の一意性

可換環 RR 上の自由加群 FF について、基底の個数(階数 rankF\operatorname{rank}F)は基底の取り方に よらず一意。RmRnm=nR^m\cong R^n\Rightarrow m=n

証明

RR の極大イデアル m\mathfrak m をとり、FR(R/m)F\otimes_R(R/\mathfrak m) を考えると、これは体 R/mR/\mathfrak m 上の ベクトル空間で次元=階数。ベクトル空間の次元は一意(線形代数)だから、階数も一意。∎ (体で割って次元に帰着させる、という典型的手法。テンソル積は第8章。)

証明の手口「極大イデアルで割って体上のベクトル空間に落とす」は、加群論の常套です。体の上なら次元が一意 なので、それを引き戻して階数の一意性を得ます。ゆえに自由加群 RnR^n の階数 nn は、その加群に固有の不変量。

ねじれ部分と自由部分

一般の加群の「悪さ」は、ねじれ元に集約されます。ねじれ元(あるスカラーで消える元)を集めると部分加群に なり、それで割ると自由的な部分が残る——これが構造定理の大枠です。

定義 ねじれ部分加群

RR を整域とする。MM の元 xxねじれ元とは、rx=0rx=0 となる r0r\ne0 が存在すること。ねじれ元の 全体 T(M)={x:r0, rx=0}T(M)=\{x:\exists r\ne0,\ rx=0\} は部分加群(ねじれ部分)。T(M)=0T(M)=0 のとき MMねじれなしという。

ねじれの例

  • M=Z/nM=\mathbb Z/n:全体がねじれ(nx=0nx=0)。T(M)=MT(M)=M
  • M=ZM=\mathbb Z:ねじれなし(rx=0,r0x=0rx=0,r\ne0\Rightarrow x=0)。T(M)=0T(M)=0
  • M=ZZ/6M=\mathbb Z\oplus\mathbb Z/6T(M)=Z/6T(M)=\mathbb Z/6(有限部分)、M/T(M)=ZM/T(M)=\mathbb Z(自由部分)。
  • K[x]K[x] 加群 KnK^nTT つき):ねじれ部分が「TT の最小多項式で消える成分」=実は全体(有限次元だから)。

ZZ/6\mathbb Z\oplus\mathbb Z/6 が典型です。ねじれ部分 Z/6\mathbb Z/6(有限で“悪い”)と、商 Z\mathbb Z(自由で“良い”)に 分かれる。第6章の構造定理は、有限生成加群がつねにこの形(ねじれ部分 ⊕ 自由部分)に分解することを保証 します。ねじれ=有限的な現象、自由=無限的な現象、と役割が分かれます。

加群の表示——生成元と関係を行列で

前章末の「加群=自由加群 / 関係」を、具体的な行列に落とします。有限生成加群を、生成元と関係の行列で 表すのです。これが構造定理の計算対象になります。

定義 表示行列

有限生成加群 MM を、自由加群からの全射 RnMR^n\twoheadrightarrow M と、その核(関係)の生成元で表す。関係が RmRnR^m\to R^n で与えられるとき、その n×mn\times m 行列 AA(列が各関係)を MM表示行列という:

MRn/im(A)=coker(A).M\cong R^n/\operatorname{im}(A)=\operatorname{coker}(A).

nn 個の生成元があり、それらの間に mm 本の関係(各列 AA)がある」——加群 MM が行列 AA の余核として 書けました。たとえば Z/6\mathbb Z/6Z1/6Z=coker([6])\mathbb Z^1/6\mathbb Z=\operatorname{coker}([6])(生成元 11 個、関係 6x=06x=0)。 Z/2Z/3\mathbb Z/2\oplus\mathbb Z/3 は関係行列 diag(2,3)\operatorname{diag}(2,3)

注意 行列を変形しても加群は変わらない

表示行列 AA行基本変形・列基本変形(可逆な整数行列を左右から掛ける)を施しても、余核 coker(A)=Rn/im(A)\operatorname{coker}(A)=R^n/\operatorname{im}(A) は同型を保つ——基底の取り替えにすぎないから。だから AA を 「いちばん簡単な形」に変形すれば、加群の構造が読み取れる。その「いちばん簡単な形」がスミス標準形 (対角形、次章)。行列を対角化 → 対角成分が単因子 → 加群が巡回成分の直和に分解、というのが構造定理の計算。 線形代数の「行列を標準形に」が、加群の分類そのものになる。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • 階数は一意(可換環上)。 自由加群の基底の個数は取り方によらない。体で割って次元に帰着。RmRnm=nR^m\cong R^n\Rightarrow m=n
  • ねじれ=有限的な悪さ。 rx=0rx=0r0r\ne0)となる元。整域で定義。ねじれ部分と自由部分に分かれるのが構造定理の 大枠。
  • 加群=表示行列の余核。 Mcoker(A)M\cong\operatorname{coker}(A)。生成元(行)と関係(列)。Z/6=coker([6])\mathbb Z/6=\operatorname{coker}([6])
  • 行/列基本変形で余核は不変。 基底の取り替え。だから行列を対角化して構造を読める(次章スミス標準形)。

この章のまとめ

  • 自由加群の階数は基底の取り方によらず一意(体で割って次元に帰着)。RnR^n の階数 nn は不変量。
  • 一般の加群はねじれ部分 T(M)T(M)rx=0,r0rx=0,r\ne0、有限的な悪さ)と自由部分に分かれる(ZZ/6\mathbb Z\oplus\mathbb Z/6 が典型)。
  • 有限生成加群は表示行列 AA の余核 Mcoker(A)=Rn/im(A)M\cong\operatorname{coker}(A)=R^n/\operatorname{im}(A) で書ける(生成元と関係)。行/列基本変形で余核は不変——対角化すれば構造が読める。
  • Part I(加群の基本)はここまで。次章から構造定理へ。まず表示行列を対角化する手続き——スミス標準形を、実際に手を動かして体感します。

次章では、PID上の行列をスミス標準形(対角形)へ簡約する手続きを、インタラクティブに段階を追って見ます。