第3章 直和・直積・自由加群
加群を組み立てる・分解する
加群を理解する基本戦略は「単純な部品に分解し、部品を組み立てる」こと。組み立ての道具が直和・直積、 最も素直な部品が自由加群です。自由加群は「基底をもつ加群」——ベクトル空間に最も近い、扱いやすい加群で、 一般の加群を調べるときの“ものさし”になります。
自由加群の本質は普遍性にあります。「自由」とは、生成元に何の関係も課さない、最も制約の少ない加群のこと。 その結果、自由加群からの写像は、生成元をどこへ送るか決めるだけで一意に決まる——この自由さが、 圏論の「自由 ⊣ 忘却」随伴の代数幾何版として、加群論を貫きます。
自由加群=基底をもつ加群。生成元に関係を課さない最も自由な加群で、写像は生成元の行き先で一意に決まる(普遍性)。
直和と直積
まず加群を組み合わせる二つの方法。有限個なら一致しますが、無限個で分かれます。
定義 直和・直積
加群の族 に対し、
- 直積 :各成分が の元である組 全体(成分ごとに演算)。
- 直和 :組 のうち有限個を除いて のもの全体。
有限個なら 。無限個では直和は直積の真部分加群。
直和は「有限個の成分しか非ゼロでない」——だから直和の元は有限和 で書け、 「部品を有限個組み合わせた」もの。圏論の言葉では、直積が積(射影をもつ)、直和が 余積(入射をもつ)です。加群論では直和が主役——有限生成加群は自由加群と巡回加群の直和に分解される (第6章の構造定理)からです。
自由加群と基底
自由加群は「基底をもつ加群」。( 自身の 個の直和)が典型です。
定義 自由加群・基底
加群 が自由であるとは、 の元の族 (基底)で、任意の元が
と一意に書けるものが存在すること。。有限基底なら 。
「一意に書ける」が肝で、これは基底が一次独立かつ生成する(ベクトル空間の基底と同じ)ことと同値。 自由加群 は、ベクトル空間 の加群版そのもの。ただし第1章で見たとおり、 すべての加群が自由とは限らない( は自由でない)——ここがベクトル空間との決定的な違いです。 自由加群は「たまたま基底が取れた、行儀のよい加群」。
例 自由・非自由の例
- :標準的な自由加群、基底 。
- ():自由アーベル群。基底をもつアーベル群がちょうど自由。
- :自由でない(ねじれ、基底なし)。
- 加群としての ( つき):一般に自由でない( が消える多項式でねじれる)。
自由加群の普遍性
自由加群の“自由さ”を正確に言うのが普遍性です。基底の行き先を勝手に決めれば、準同型がただ一つ決まる。 これが自由加群のすべてを特徴づけます。
定理 自由加群の普遍性
を基底 をもつ自由 加群とする。任意の 加群 と任意の写像 (基底の 行き先を勝手に指定)に対し、 を延長する 準同型 がただ一つ存在する ()。
証明
と定める。基底の一意表示より well-defined、 線形。基底での値が に一致し、線形性で全体が決まるので一意。∎
これはベクトル空間の「線形写像は基底の行き先で決まる」(線形代数)そのもの。自由加群では 生成元に関係が一切ないので、行き先の指定に矛盾が生じず、写像が自由に作れます。圏論の 言葉では、自由加群を作る関手が忘却関手の左随伴(自由 ⊣ 忘却)——集合から加群を最も効率よく作る操作です。
注意 すべての加群は自由加群の商
任意の加群 は、自由加群からの全射をもつ:生成元を基底とする自由加群 から、普遍性で全射 が作れる。核 (関係)で割ると ——加群=自由加群を関係で 割ったもの(表示、 生成元 関係 )。 がともに自由(有限生成)に取れれば、 関係は行列で書け、これを対角化するのが第5・6章の構造定理。「自由加群からの全射で近似する」——一般の加群を 自由という“ものさし”で測る基本戦略。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- 自由加群=基底をもつ加群。 すべての加群が自由ではない()。ベクトル空間なら全部自由だが、 一般の環では特別。
- 直和と直積は無限個で違う。 直和は有限個以外 、直積は制限なし。加群論の主役は直和(余積)。
- 普遍性=生成元の行き先で写像が決まる。 自由加群の本質。生成元に関係がないから矛盾なく写像が作れる。 圏論の自由⊣忘却随伴。
- 加群=自由加群 / 関係。 どんな加群も自由加群の商(表示)。関係を行列で書いて対角化するのが構造定理。
この章のまとめ
- 直和 (有限個以外 、圏論の余積)と直積 (積)。有限個で一致、加群論の主役は直和。
- 自由加群=基底をもつ加群(、)。ベクトル空間に最も近いが、すべての加群が自由ではない()。
- 自由加群の普遍性:基底の行き先を指定すれば準同型がただ一つ決まる(生成元に関係がないから)。自由 ⊣ 忘却随伴。
- どんな加群も自由加群の商 (表示=生成元と関係)。この関係を対角化するのが構造定理。
- 次章では、自由加群の階数と、なぜ「基底が取れない世界」が生じるのか——ねじれと表示行列を、より詳しく見ます。
次章では、自由加群の階数の一意性、そして一般の加群でねじれ・基底の非存在がなぜ起きるかを、表示行列とともに整理します。