数学の作り方 How to make Mathematics

第3章 半単純環

前章で、加群の側で「完全可約(既約の直和にきれいに分かれる)」という良い性質を定めました。この章では、 その性質を環そのものに課します。「環 RR を、RR 自身が左から作用する加群とみなしたとき、完全可約である」 ——これが半単純環の定義です。一見ささやかなこの条件が、実は「RR 上のすべての加群が完全可約」 という強力な性質と同値で、次章のアルティン–ウェダーバーン分解へまっすぐつながります。

環を自分自身への加群として見る

RR は、それ自身が RR 加群です。RR の元 rr に対し「左から rr を掛ける」という作用を考えれば、RR は 左 RR 加群になる(これを正則加群という)。このとき、左 RR 加群としての部分加群は、ちょうど RR左イデアルにあたります。だから「RR を加群として分解する」ことは「RR を左イデアルの直和に分ける」ことと 同じ。前章の完全可約性を、この正則加群に適用したのが半単純環です。

定義 半単純環

RR半単純環とは、RR を左 RR 加群(正則加群)とみたとき完全可約、すなわち RR が 既約左イデアルの直和 R=L1L2Lm(Li は既約左イデアル)R=L_1\oplus L_2\oplus\cdots\oplus L_m\qquad(L_i\text{ は既約左イデアル}) に分解できること。

「環が、自分の中の“最小の部品(既約左イデアル)”に完全に分かれる」。第1章で予告した「単純部品への分解」を、 加群の言葉で正確に述べたものです。有限次元代数なら RR は有限次元ベクトル空間なので、この直和は有限個で 済みます(次章はこの有限次元・アルティン的な設定で進めます)。

決定的な同値:RR が半単純 ⟺ すべての加群が完全可約

半単純環の定義は「RR 自身」だけの条件でしたが、実はもっと強いことを含んでいます。

定理 半単純環の特徴づけ

RR について、次は同値:

  1. RR は半単純環(正則加群 RR が完全可約)。
  2. すべての RR 加群が完全可約(既約の直和)。
  3. すべての短完全列 0ABC00\to A\to B\to C\to 0 が分裂する(どの部分加群にも補が取れる)。

証明

121\Rightarrow2:任意の RR 加群 MM は自由加群 R(Λ)R^{(\Lambda)} の商。RR が既約左イデアルの直和なら R(Λ)R^{(\Lambda)} も既約加群の直和で完全可約、その商 MM も完全可約(完全可約性は商・部分で保たれる)。 232\Rightarrow3BB が完全可約なら部分 AA に補が取れ、完全列は分裂。313\Rightarrow1RR 自身に適用すれば、 任意の左イデアルに補が取れ、RR は完全可約=半単純。

これが半単純環のありがたさです。RR 自身が良い形」というだけの条件が、「RR 上のあらゆる加群(表現)が 既約の直和に分かれる」という全面的な良さに化ける。表現論でいえば「すべての表現が既約表現の直和に完全分解 される」——群の表現論のマシュケの定理(第6章)が、まさにこの現象です。半単純環の上では、加群の分類が 「既約加群のリストを作る」ことに帰着します。

単純環と行列環:部品の正体

半単純環を「既約部品の組み合わせ」に分解したとき、その部品にあたるのが単純環でした(第1章)。ここで、 単純環と行列環の関係をはっきりさせておきます。次章の分解の“答え”になる部分です。

定理 斜体上の行列環は単純・半単純

斜体 DD 上の全行列環 Mn(D)M_n(D) は単純環であり、半単純環でもある。実際、第 jj 列だけが非零の行列全体 CjC_j は既約左イデアルで、Mn(D)=C1CnM_n(D)=C_1\oplus\cdots\oplus C_nnn 個の同型な既約左イデアルの直和)。

Mn(D)M_n(D) は「列ベクトル空間 DnD^n への自然な作用」を持ち、この DnD^n が唯一の既約加群。行列環は 「一つの既約加群 DnD^nnn 個束ねたもの」として自分自身を見ている、というわけです。第1章の三つの舞台 (行列・四元数・量子)が行き着く先が、まさにこの Mn(D)M_n(D)。次章は逆に、「任意の半単純環は、こうした行列環の 直積に必ずなる」ことを示します。

注意 単純環と半単純環の関係

  • 単純環:真の両側イデアルなし(分解できない一個の塊)。Mn(D)M_n(D) が典型。
  • 半単純環:既約左イデアルの直和(正則加群が完全可約)。単純環は半単純だが、逆は偽(複数の単純環の 直積は半単純だが単純でない)。 次章の分解 RMn1(D1)××Mnr(Dr)R\cong M_{n_1}(D_1)\times\cdots\times M_{n_r}(D_r) で、各因子(単純環)が「単純成分」、全体が半単純。

注意 つまずきポイント

  • 「半単純」は環にも加群にも使う。加群が半単純=完全可約(既約の直和)。環が半単純=正則加群として 半単純。用語が二重だが、環の半単純性は「自分自身が半単純加群」という一貫した意味。
  • 半単純 ≠ 単純。単純環は「分解できない一個」、半単純環は「単純環たちの直積」。日本語が紛らわしいが、 半単純の方が広い(単純を含む)。
  • 有限次元を仮定している(アルティン的)。無限次元では「半単純」に細かい条件が要る。ここでは体上の 有限次元代数(群環など)を念頭に置く。

この章のまとめ

  • 半単純環=正則加群(自分自身を左加群とみたもの)が完全可約、すなわち既約左イデアルの直和に分かれる環。
  • 決定的な同値:RR が半単純 ⟺ すべての RR 加群が完全可約 ⟺ すべての短完全列が分裂。「RR 自身が良い」 が「あらゆる表現が既約の直和」に化ける。
  • 部品の正体:斜体上の全行列環 Mn(D)M_n(D) は単純かつ半単純で、既約加群は列ベクトル空間 DnD^n ただ一つ。 自分自身を nn 個の既約左イデアルの直和として見る。
  • 半単純環は単純環(Mn(D)M_n(D))の直積になる——次章のアルティン–ウェダーバーンの予告。

次章は、いよいよこの分野前半の金字塔、アルティン–ウェダーバーンの定理。半単純環が斜体上の行列環の直積に 「必ず」分解することを証明し、群環の具体例を装置で確かめます。