第4章 アルティン–ウェダーバーンの定理
いよいよ非可換環論前半の金字塔です。前章で「半単純環は既約左イデアルの直和」と分かりました。この定理は、 その分解を環の直積の言葉で完全に書き下します——半単純環は、必ず斜体上の全行列環の直積になる。 複雑に見える非可換代数が、行列環という単純部品へ一意に分解される。可換環論の素因数分解に相当する、 非可換環の完全な構造定理です。証明の道具は、前章までに揃えたシューアの補題と完全可約性だけ。
主定理:半単純環は行列環の直積
定理 アルティン–ウェダーバーンの定理
を(有限次元・アルティン的な)半単純環とする。このとき は斜体上の全行列環の直積に同型: 各 は斜体、 は の既約加群の同型類の個数。この分解は(順序と同型を除いて)一意。
主張の破壊力を味わってください。「半単純」というだけで、環の形が行列環の直積に完全に決まる。残る自由度は 「いくつのブロックがあり()、各ブロックの大きさ()と係数の斜体()は何か」という有限個の データだけ。非可換環の分類が、この を求める問題に帰着します。可換環論で素イデアルを求めたのに 相当する、構造の完全な記述です。
証明の骨格:タイプごとに束ね、シューアで行列環に
証明は三段で進みます。前章までの道具がどう働くかを追いましょう。
証明
(1) 既約左イデアルをタイプ分けする。 半単純環 は既約左イデアルの直和 (第3章)。既約 加群の同型類は有限個 で、各 はどれかの に同型。同型な を束ねた を斉次成分という。。
(2) 斉次成分は両側イデアルで、互いに掛け合うと消える。 タイプの異なる既約加群の間の準同型は (シューアの補題)。これから は両側イデアルで、 なら 。ゆえに環として (各 が単純環)。
(3) 各単純成分は行列環。 は既約加群 を 個含む。 は シューアの補題より斜体。 は 上の作用で 上の 行列環と同型: ( を 上のベクトル空間とみて、その自己準同型が行列)。合わせて 。
証明の心臓は**(2) と (3) のシューアの補題**です。「タイプの違う既約の間は 」がブロック対角化(直積分解)を 生み、「同じ既約の自己準同型は斜体」が各ブロックを行列環にする。前章までに用意した二つの命題が、そのまま 定理の二本の柱になっています。
装置で見る:群環の分解
いちばん重要な応用が群環 です。有限群 に対し は半単純(マシュケの定理、 第6章)なので、アルティン–ウェダーバーンが適用でき、 が代数閉体ゆえ斜体は だけ: 下の装置で、群を選んでこの分解を見てください。次元の勘定 から、重要な等式が出ます。
各ブロック は 次元。全体の次元が だから、 ——既約表現の次元の二乗和が群の位数に等しい。 なら 、 なら 。 装置で確かめられるこの等式は、表現論で指標の直交関係から導いた公式そのもの。 アルティン–ウェダーバーンは、その表現論的事実の構造的な理由を与えているのです。ブロックの個数 が 既約表現の個数(=共役類の個数)に一致することも、この分解から読めます。
注意 斜体が消えるのは代数閉体だから
上では斜体 (シューアの補題、代数閉体)なので、ブロックはすべて 。 だが 上では斜体として が現れうる。たとえば四元数群 の実群環 には (四元数斜体)のブロックが出る——ハミルトンの四元数が、ウェダーバーン分解の 斜体としてちゃんと顔を出す。第1章の四元数がここで回収される。
注意 つまずきポイント
- 直積 = ブロック対角。 は、 の元がブロック対角行列として表せるということ。 異なるブロックは互いに掛けても (成分ごとに独立)。装置の横並びブロックがこれ。
- は既約表現の次元。ブロックの大きさが、対応する既約加群(既約表現)の次元。可換群は全ブロック (既約表現がすべて 1 次元=指標)。
- 一意性はデータ の一意性。分解の仕方ではなく、現れる行列環のリストが一意。非可換環の 「分類データ」がこれで尽きる。
この章のまとめ
- アルティン–ウェダーバーンの定理:半単純環は (斜体上の 行列環の直積)に一意分解。非可換環の完全な構造定理。
- 証明は三段:既約左イデアルをタイプ分け → シューアで「異タイプ間は 」から直積分解 → 「同タイプの自己 準同型は斜体」から各ブロックが行列環。シューアの補題が二本の柱。
- 群環 、次元勘定から (既約次元の二乗和=位数)。 表現論の公式の構造的理由。 上では四元数斜体 も現れる。
次章は、「半単純でない環」も視野に入れ、半単純性の障害を測る量——ジャコブソン根基を導入します。 根基を潰せば半単純になる、という形で、一般の環をウェダーバーンの世界へ引き寄せます。