数学の作り方 How to make Mathematics

第6章 群環とマシュケの定理

非可換環論前半の総仕上げです。ここまで築いた半単純環の理論を、最も重要な応用——群環に注ぎます。有限群 GG の表現論(表現論で学んだ既約分解・指標)は、実は群環 k[G]k[G] という非可換環の 構造論の特別な場合でした。その鍵がマシュケの定理:「G|G| が可逆な体上、群環は半単純」。これさえ言えば、 アルティン–ウェダーバーン(第4章)が自動的に働き、表現論の基本事実が一気に回収されます。

群環:群を環に変える

まず群環を定義します。群 GG の元を「基底」とみて、体 kk 係数の形式的な和を考えるのです。

定義 群環

有限群 GG と体 kk に対し、GG の元を基底とする kk ベクトル空間 k[G]={gGagg:agk}k[G]=\Big\{\textstyle\sum_{g\in G}a_g\,g:a_g\in k\Big\} に、群の積を線形に延ばした掛け算 (agg)(bhh)=g,hagbh(gh)(\sum a_g g)(\sum b_h h)=\sum_{g,h}a_g b_h\,(gh) を入れた環を群環 という。次元は dimkk[G]=G\dim_k k[G]=|G|GG が非可換なら k[G]k[G] も非可換環。

群環の要は、GG の表現と k[G]k[G] 加群が同じものだということ。GG がベクトル空間 VV に作用する(表現)ことと、 VVk[G]k[G] 加群になることは完全に同値です。だから「GG の表現を分類する」問題は「k[G]k[G] 加群を分類する」 問題そのもの。第2–5章で築いた加群・既約・半単純の理論が、そっくり表現論に使えます。

マシュケの定理:群環は半単純

表現論の出発点にして心臓部が、この定理です。

定理 マシュケの定理

有限群 GG と体 kk について、G|G|kk で可逆(標数が G|G| を割らない、とくに標数 00)ならば、群環 k[G]k[G]半単純環である。したがって GG のすべての表現は既約表現の直和に完全分解される。

証明

第3章より、k[G]k[G] が半単純 \Leftrightarrow すべての k[G]k[G] 加群で「部分加群に補が取れる」。部分表現 WVW\subseteq V をとり、任意の kk 線形射影 π ⁣:VW\pi\colon V\to W を用意する(線形代数では常に取れる)。これを GG 作用と可換にするため、群で平均をとる: πˉ=1GgGgπg1.\bar\pi=\frac{1}{|G|}\sum_{g\in G}g\,\pi\,g^{-1}. πˉ\bar\piGG 作用と可換な射影で像は WW。その核が WW補部分表現 WW'V=WWV=W\oplus W')を与える。 どの部分表現にも補が取れるので VV は完全可約、k[G]k[G] は半単純。ここで 1G\frac1{|G|} を作るのに G|G| の可逆性が 決定的。

証明の心は**「群で平均して対称化する」**という一手です。ばらばらの線形射影を、群作用で平均することで GG と可換な射影に直す。この平均化に 1G\frac1{|G|} が要るので、G|G| が可逆でないと定理は破れます(標数 pppGp\mid|G| のときはモジュラー表現論という別世界になる)。リー群でコンパクト群の表現を ハール測度で平均化してユニタリ化したのも、まったく同じ発想でした。

表現論を一気に回収する

マシュケで k[G]k[G] が半単純と分かれば、アルティン–ウェダーバーン(第4章)が自動的に働きます。C\mathbb C 上 (代数閉体)では斜体が C\mathbb C だけなので、 C[G]Md1(C)××Mdr(C).\mathbb C[G]\cong M_{d_1}(\mathbb C)\times\cdots\times M_{d_r}(\mathbb C). この一本の分解から、表現論の基本事実が芋づる式に出ます。装置で群を選び、これらを確かめてください。

注意 ウェダーバーン分解から出る表現論の事実

  • 完全可約性:すべての表現が既約表現の直和(マシュケ)。
  • 既約表現の個数 rr = 共役類の個数C[G]\mathbb C[G] の中心の次元が両方に等しいことから。
  • 次元公式 di2=G\sum d_i^2=|G|:ブロックの次元和=群環の次元(第4章、装置で確認)。
  • 正則表現の分解C[G]Sidi\mathbb C[G]\cong\bigoplus S_i^{\oplus d_i}——各既約 SiS_i が自分の次元 did_i 回だけ現れる。 これらは表現論で指標の直交関係から個別に導いた事実。群環の半単純分解が、その すべての共通の源だったと分かる。

「群の表現論」は独立した理論に見えましたが、実は「群環という非可換環にアルティン–ウェダーバーンを適用した 系」だったのです。第2章で予告した「表現論は半単純環論の特別な場合」が、ここで完全に実現しました。逆に、 非可換環論の抽象的な定理が、群という具体的な対象の表現を制御している——抽象と具体が握手する地点です。

注意 つまずきポイント

  • 平均化に 1G\frac1{|G|} が必須。標数 00(や pGp\nmid|G|)でこそマシュケが成り立つ。標数 pGp\mid|G| では 群環は半単純でなく、根基(第5章)が非自明=モジュラー表現論。
  • 表現 = 群環加群GG の表現と k[G]k[G] 加群は同じもの。この辞書が、加群論の全結果を表現論に流し込む。
  • rr = 共役類の個数(既約表現の個数)だが、did_i(各次元)は共役類から直接は読めない——次元は もっと繊細な情報。装置の群ごとの (di)(d_i) の違いがそれ。

この章のまとめ

  • 群環 k[G]k[G]=群 GG の元を基底とする kk 代数(次元 G|G|)。GG の表現 = k[G]k[G] 加群。
  • マシュケの定理G|G| が可逆な体上、k[G]k[G] は半単純。証明は「群で平均して GG 可換な射影を作る」対称化 (1G\frac1{|G|} が要)。
  • 半単純ゆえアルティン–ウェダーバーンが働き、C[G]Mdi(C)\mathbb C[G]\cong\prod M_{d_i}(\mathbb C)。ここから完全可約性・ r=r=共役類数・di2=G\sum d_i^2=|G|・正則表現の分解が一気に出る。
  • 群の表現論は、群環という非可換環の構造論(半単純環+ウェダーバーン)の特別な場合だった。

これで非可換環論(前半)を完走しました。後半はまったく別の非可換代数——リー環へ。掛け算の代わりに 「括弧積」を持つこの代数が、連続対称性(リー群)の線形化としてどう現れるかから始めます。