第2章 ソボレフ空間
前章で、方程式を弱形式 ∫Ωu′φ′dx=∫Ωfφdx に書き直しました。この式が意味を持つには、
u が「一階の微分を持ち、その微分が二乗可積分」でありさえすればよい——二回微分できる必要はありません。
では、そういう関数だけをちょうど集めた空間を作りましょう。それがソボレフ空間です。無限次元だけれど、
関数解析で学んだヒルベルト空間の良い性質をそっくり持っている——ここが決め手になります。
弱微分:積分の中だけで微分を定義する
角のある関数は普通の意味では微分できません。でも前章の部分積分の等式は、微分できない関数にも「微分のようなもの」を
与えるヒントになります。u が滑らかなら、任意の試験関数 φ∈Cc∞ について
∫Ωu′φdx=−∫Ωuφ′dx
が成り立ちます(境界項は φ が端で 0 なので消える)。右辺は u が微分できなくても計算できることに注目。
そこでこの等式を逆手にとって、微分を定義します。
定義 弱微分
u,g∈Lloc1(Ω) が
∫Ωgφdx=−∫Ωuφ′dx(∀φ∈Cc∞(Ω))
を満たすとき、g を u の弱微分といい u′=g と書く(多次元では偏微分 ∂iu も同様)。
弱微分は(ほとんどいたるところの違いを除いて)一意に定まる。
具体例で感触をつかみましょう。u(x)=∣x∣ は x=0 で折れて古典的には微分できません。しかし
g(x)=sign(x)(x>0 で +1、x<0 で −1)を候補にして上の等式を確かめると、
部分積分の計算がぴったり合います。だから ∣x∣ の弱微分は sign(x)。角があっても弱微分は存在します。
一方、階段関数(x>0 で 1、x<0 で 0)の弱微分を探すと、それは通常の関数では表せず
デルタ超関数 δ になってしまう——これは Lloc1 に入りません。つまり 「関数として弱微分を持つ」ことは、
「ジャンプがない(連続に近い)」ことをおおよそ意味します。角はセーフ、段差はアウト。この感覚が後で効いてきます。
ソボレフ空間 H1 の定義
弱形式に必要なのは「一階の弱微分を持ち、u もその微分も二乗可積分」という条件でした。これで空間を定義します。
定義 ソボレフ空間 H¹
H1(Ω)={u∈L2(Ω): 弱微分 ∂iu∈L2(Ω) (i=1,…,n) が存在する}.
内積を
⟨u,v⟩H1=∫Ωuvdx+∫Ω∇u⋅∇vdx
で定める。これに付随するノルムは ∥u∥H12=∥u∥L22+∥∇u∥L22。
言葉にすれば「値も傾きも L2 の意味でおとなしい関数」の全体。k 階までの弱微分がすべて L2 に入るものを
Hk(Ω)、p 乗可積分版を Wk,p(Ω) と書きます(Hk=Wk,2)。p=2 の場合だけ内積が入り
ヒルベルト空間になる——だから発展 PDE では Hk が主役になります。
もう一つ、境界で 0 になる関数の空間 H01(Ω) を用意します。これは試験関数 Cc∞(Ω) を
H1 ノルムで完備化したもので、「ディリクレ境界条件 u∣∂Ω=0 を課した関数の空間」にあたります。
境界値問題の自然な舞台です。
核心:H1 はヒルベルト空間(完備)
上の内積が入るだけなら、単なる内積空間(前ヒルベルト空間)です。決定的に重要なのは、それが完備——
コーシー列が必ず収束する——であること。これがソボレフ空間の最大の武器です。
定理 H¹ の完備性
H1(Ω) は上の内積についてヒルベルト空間(完備)である。
証明
(uk) を H1 のコーシー列とする。ノルムの定義より、(uk) と各 (∂iuk) はいずれも L2(Ω) の
コーシー列。L2 の完備性(リース–フィッシャー)から、uk→u、∂iuk→gi
(L2 収束)となる u,gi∈L2 がある。あとは gi が u の弱微分であることを言えばよい。各 k で
∫Ω∂iukφdx=−∫Ωuk∂iφdx.
L2 収束は(φ が有界な台を持つので)この積分の極限をとることを許し、
∫giφ=−∫u∂iφ を得る。ゆえに gi=∂iu で u∈H1、かつ uk→u(H1)。
∎
証明の心は「弱微分の定義は積分等式で書かれているから、L2 極限をとっても壊れない」という一点です。
弱微分をわざわざ積分の中で定義したご利益がここに出ます。
なぜ完備性がそこまで大事なのか
解の存在証明の典型的な戦略は、近似解の列を作り、その極限を本物の解とみなすことです。たとえば
「エネルギーをどんどん小さくする関数の列 uk」を作る(第5章の直接法)。このとき uk が収束する先が
同じ空間の中に必ずあることを保証してくれるのが完備性です。有理数の世界で 2 を近似する列を作っても
極限が有理数の外に逃げてしまうように、完備でない空間では「極限が存在しない・空間の外に出てしまう」危険がある。
完備なヒルベルト空間の中で議論する限り、その心配がない——だから安心して極限をとれる。
注意 つまずきポイント
- 弱微分と古典微分は、滑らかなら一致する。C1 関数の弱微分は普通の導関数そのもの。弱微分は微分の
「別物」ではなく「拡張」です。
- H1 の元は関数そのものではなく、ほとんどいたるところ等しいものを同一視した同値類。L2 と同じ約束。
- H1⊊C0 でも C0⊊H1 でもない(一次元では H1⊂C0 だが、高次元では
H1 の関数は連続とは限らない)。「どれくらい滑らかか」は次元に依存する——これが次章の埋め込み定理のテーマ。
この章のまとめ
- 弱微分は、部分積分の等式 ∫gφ=−∫uφ′ を定義に採用することで、角のある関数
(∣x∣ の弱微分は signx)にも微分を与える。段差があると弱微分は関数でなくなる。
- ソボレフ空間 H1 =「値も弱微分も L2」の関数の全体。内積 ⟨u,v⟩H1=∫uv+∫∇u⋅∇v
を持つ。境界で 0 の版が H01。
- H1 はヒルベルト空間(完備)。証明の要は「弱微分が積分等式で定義され、L2 極限で壊れない」こと。
- 完備性は、近似解の列の極限が空間内に必ず存在することを保証し、解の存在証明を可能にする。
次章は、「H1 の関数は結局どれくらい滑らかなのか」を測ります。ソボレフ埋め込み定理、コンパクト性
(レリッヒ)、そして境界値を意味づけるトレース——存在証明で繰り返し使う道具を揃えます。