⟐ 数学の作り方 How to make Mathematics

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第3章 埋め込みとトレース

H1H^1 の関数は「値も傾きも L2L^2 でおとなしい」だけで、連続とすら限りません。では実際どれくらい素性が良いのか。 この章では三つの道具を揃えます。埋め込み(H1H^1 の関数は自動的にもっと良い性質を持つ)、 コンパクト性(近似列から収束する部分列を取り出せる)、トレース(境界での値を意味づける)。 どれも存在証明で毎回のように使う、いわば作業台の工具です。

ソボレフ埋め込み:傾きを抑えると値も抑えられる

素朴な疑問から入りましょう。「∇u\nabla u(傾き)が L2L^2 で小さいと、uu 自身も何か良くなるか?」答えはイエスです。 一次元で直感を作ります。u(x)−u(y)=∫yxu′ dtu(x)-u(y)=\int_y^x u'\,dt なので、コーシー–シュワルツで ∣u(x)−u(y)∣≤∣x−y∣1/2(∫∣u′∣2)1/2|u(x)-u(y)|\le|x-y|^{1/2}\big(\int|u'|^2\big)^{1/2}。つまり 傾きが L2L^2 なら uu は自動的に連続(それも 1/21/2 次のヘルダー連続)。傾きの L2L^2 情報が、値の連続性に化けた——これが埋め込みの原型です。

一般次元では、次元 nn と微分の階数の兼ね合いで結論が変わります。要点だけ述べます。

定理 ソボレフ埋め込み定理(要点)

Ω⊂Rn\Omega\subset\mathbb R^n を素性の良い有界領域とする。

  • n<2n<2(一次元)や、より一般に k>n/2k>n/2 のとき、Hk(Ω)↪C0(Ω‾)H^k(\Omega)\hookrightarrow C^0(\overline\Omega): ソボレフ関数は連続関数(適当な代表元)になる。微分の階数が次元の半分を超えると滑らかさが「見えてくる」。
  • そうでないときも、H1(Ω)↪Lp(Ω)H^1(\Omega)\hookrightarrow L^{p}(\Omega) が p=2nn−2p=\frac{2n}{n-2}(n≥3n\ge3)まで成り立つ: 傾きの二乗可積分性は、値のより高い可積分性に格上げされる。 いずれも ∥u∥右≤C∥u∥H1\|u\|_{\text{右}}\le C\|u\|_{H^1} という不等式を伴う(連続な埋め込み)。

覚え方は「微分を積むほど、次元を食って滑らかさが顔を出す」。階数 kk が次元 nn の半分を超えれば連続、 足りなければ「可積分性が上がる」というご褒美に留まる。n/2n/2 という境目が繰り返し現れます。

ポアンカレ不等式:境界で 00 なら、傾きだけで大きさが決まる

存在証明で最も出番の多い不等式がこれです。

定理 ポアンカレ不等式

有界領域 Ω\Omega 上、u∈H01(Ω)u\in H^1_0(\Omega)(境界で 00)ならば、Ω\Omega だけで決まる定数 CΩC_\Omega があって ∥u∥L2(Ω)≤CΩ ∥∇u∥L2(Ω).\|u\|_{L^2(\Omega)}\le C_\Omega\,\|\nabla u\|_{L^2(\Omega)}.

意味はこうです。「境界でゼロに固定されているなら、関数の大きさ(L2L^2)は、傾きの大きさで抑えられる」。 壁で 00 に留められている以上、内部で大きな値を取るには急な傾きが要る、という直感。定数は Ω\Omega が大きいほど 大きくなります(広い部屋ほど、緩い傾きでも高くなれる)。一次元 Ω=(0,ℓ)\Omega=(0,\ell) なら u(x)=∫0xu′u(x)=\int_0^x u' から コーシー–シュワルツですぐ出ます。

ポアンカレ不等式の帰結として、H01H^1_0 上では ∥∇u∥L2\|\nabla u\|_{L^2} だけでノルムが測れます(∫∣∇u∣2\int|\nabla u|^2 が フルの H1H^1 ノルムと同値)。これは次章以降、「エネルギー ∫∣∇u∣2\int|\nabla u|^2 が小さい ⇒ 関数自体が小さい」という 形で効き、ラックス–ミルグラムの強圧性(第6章)を支えます。

レリッヒのコンパクト性:近似列から極限を取り出す

無限次元空間の最大の難所は「有界でも収束するとは限らない」ことでした(関数解析: 単位球はコンパクトでない)。だから「エネルギー最小化列 uku_k は有界」まで言えても、収束する部分列が取れなければ 極限=解を手にできない。ここを救うのがレリッヒの定理です。

定理 レリッヒ–コンディラショフのコンパクト性

有界領域 Ω\Omega において、埋め込み H1(Ω)↪L2(Ω)H^1(\Omega)\hookrightarrow L^2(\Omega) はコンパクト。 すなわち H1H^1 で有界な任意の列 (uk)(u_k) から、L2L^2 で収束する部分列を取り出せる。

「H1H^1 で有界 ⇒ L2L^2 で収束部分列あり」。傾きまで込めて有界という強い条件を、値だけの収束という弱い結論に 両替する——この両替が可能なのがコンパクト埋め込みです。直感的には、傾きが一様に抑えられた関数たちは 「一斉には暴れられない」ので、少しずつずらせば足並みの揃う部分列が取れる(アスコリ–アルツェラの 精神)。第5章の変分法(直接法)と第8章の固有値問題は、このコンパクト性なしには一歩も進めません。

トレース:境界での値を意味づける

最後の工具です。H1H^1 の関数は「ほとんどいたるところ等しい同値類」なので、境界 ∂Ω\partial\Omega——測度 00 の 薄い集合——での値は、素朴には定義できない(測度 00 の上でいくらでも書き換えられる)。しかし境界条件 u∣∂Ω=gu|_{\partial\Omega}=g を課したい。この矛盾を解くのがトレース作用素です。

定理 トレース定理

素性の良い有界領域 Ω\Omega に対し、滑らかな関数の制限 u↦u∣∂Ωu\mapsto u|_{\partial\Omega} は T ⁣:H1(Ω)→L2(∂Ω),∥Tu∥L2(∂Ω)≤C∥u∥H1(Ω)T\colon H^1(\Omega)\to L^2(\partial\Omega),\qquad \|Tu\|_{L^2(\partial\Omega)}\le C\|u\|_{H^1(\Omega)} という有界作用素に一意に拡張する。TuTu を uu のトレース(境界値)という。 このとき H01(Ω)={u∈H1(Ω):Tu=0}H^1_0(\Omega)=\{u\in H^1(\Omega):Tu=0\}、すなわち「境界で 00」を厳密に意味づける。

要点は、「境界値」を一点ずつの値ではなく境界全体の L2L^2 関数としてまとめて定義すること。個々の点では 無意味でも、境界上の関数としてなら H1H^1 ノルムで連続に決まる。これで「u=gu=g を境界で満たす弱解」という 問いが厳密に立てられます。

注意 つまずきポイント

  • 埋め込みの向きを混同しない。「傾きの情報(∇u∈L2\nabla u\in L^2)→ 値の良さ(連続・高可積分)」。 抑えているのは微分の側、ご褒美が出るのは関数の側。
  • コンパクト埋め込みと連続埋め込みは別物。H1↪L2H^1\hookrightarrow L^2 は連続かつコンパクト。しかし 臨界指数 H1↪L2n/(n−2)H^1\hookrightarrow L^{2n/(n-2)} は連続だがコンパクトではない(この差が非線形問題の難所を生む)。
  • トレースは「代入」ではない。H1H^1 関数に境界の点を代入することはできない。境界上の L2L^2 関数を対応させる 作用素として初めて意味を持つ。

この章のまとめ

  • ソボレフ埋め込み:微分の階数が次元の半分を超えれば Hk↪C0H^k\hookrightarrow C^0(連続)、足りなくても 可積分性が上がる。境目は n/2n/2。
  • ポアンカレ不等式:H01H^1_0 では ∥u∥L2≤C∥∇u∥L2\|u\|_{L^2}\le C\|\nabla u\|_{L^2}。傾きだけでノルムが測れ、強圧性を支える。
  • レリッヒのコンパクト性:H1H^1 有界列から L2L^2 収束部分列が取れる。変分法・固有値問題の心臓部。
  • トレース:境界値を境界上の L2L^2 関数として意味づけ、H01={Tu=0}H^1_0=\{Tu=0\}。境界条件を厳密に扱える。

道具が揃いました。次章から楕円型に入ります。まずは最も基本的な調和関数——ラプラス方程式 Δu=0\Delta u=0 の解——の、 平均値性・最大値原理・意外な滑らかさを調べます。