第4章 調和関数
楕円型の代表選手、ラプラス方程式 から始めます。ここで は ラプラシアン。この解を調和関数といいます。平衡状態の温度分布、電荷のない領域の電位、 石けん膜の高さ——「もう変化しきって落ち着いた形」はたいてい調和関数です。驚くべきは、たった一本の方程式 から、信じがたいほど強い性質が次々に導かれること。その源はただ一つの直感、**「各点は周りの平均」**です。
直感:調和 = 各点が周りの平均
を離散化して感触をつかみましょう。格子の上で二階微分を差分に置き換えると、一次元では 。これが とは 、つまり両隣の平均。 二次元なら 、上下左右四点の平均です。調和とは 「各点の値が、周囲の平均にぴったり一致している」状態——それ以上へこみも出っ張りもしていない、という意味なのです。
この直感は、下の装置でそのまま体感できます。境界の値を固定し、内部の各点を繰り返し「周りの平均」に置き換えると、 形はどんどん落ち着き、やがて動かなくなる。止まった形こそが(離散版の)調和関数です。
平均で置き換えるたびにデコボコが均され、最終的に「これ以上平らにできない、周りの平均で釣り合った形」に到達します。 同時に画面下のエネルギーが単調に減っていく——これは次章のディリクレ原理の予告編です。まずは 「調和 = 各点が周りの平均」を目に焼き付けてください。連続版では、この「平均」が球面上の平均になります。
平均値性:連続版の主定理
定理 平均値性
が領域 上で調和()なら、 内に含まれる任意の球 について、 は球面上の平均(および球体上の平均)に等しい: 逆に、連続関数がこの平均値性を(すべての小球で)満たせば調和である。
証明
半径 の球面上の平均を とおく。 を で微分し、発散定理を使うと
よって は によらず一定。 で だから、。 が 「球面平均が半径によらない」と同値であることが見える。
証明の心臓は (発散定理)——「内部での湧き出し の総和が、境界からの流出に等しい」。 は湧き出しゼロ、だから球面平均は膨らみも縮みもしない。
平均値性から芋づる式に出てくる性質
平均値性という一言から、強い性質が次々に転がり出ます。
定理 最大値原理
有界領域 で調和、 で連続な は、最大値と最小値を境界 上で取る。 さらに(強最大値原理)内部で最大値に達すれば は定数。
証明
内部の点 で最大値 に達したとする。平均値性より、 を囲む小球面上の平均も 。だが値はどこも 以下だから、平均が になるには**球面上いたるところ **でなければならない。この議論を連鎖させると の集合は開かつ閉、連結性より 全体で 。よって非定数なら内部で最大値に達せず、 最大値は境界にある。
最大値原理の帰結として、ディリクレ問題の解の一意性がただちに出ます。 で境界値 を持つ解が 二つあれば、その差 は調和で境界で 。最大値も最小値も境界()で取るから 。解はあれば一つ。
もう一つ、平均値性は滑らかさを生みます。
定理 調和関数は C∞(そして解析的)
調和関数は自動的に何回でも微分できる(実は実解析的)。 という二階の式しか課していないのに、 無限回の滑らかさが出る。
からくりは平均値性です。 が球面平均で書けるということは、 を「滑らかな重み関数との畳み込み」で 表せるということ。畳み込みは重みの滑らかさを受け継ぐので、 は何回でも微分できてしまう (フーリエ解析の軟化子・畳み込みの平滑化と同じ仕掛け)。楕円型方程式は、弱い解を 勝手に滑らかにする——この現象を第7章で一般の楕円型に拡張します。
リウヴィルの定理:有界な調和関数は退屈
定理 リウヴィルの定理
全体で調和かつ有界な関数は、定数に限る。
証明
勾配 も調和(微分と は交換する)なので平均値性を満たす。二つの大きな球体上での平均を 比べると、(有界)と球体積の評価から、球の半径 で 。 よって 、 は定数。
複素解析で「有界な整関数は定数」というリウヴィルの定理を見ましたが、正則関数の実部・虚部は 調和なので、あれはこの定理の二次元版でした。分野をまたいで同じ剛性が現れています。「調和かつ有界」は、 無限に広い領域では定数以外を許さないほど強い制約なのです。
注意 つまずきポイント
- 平均値性は「体積平均」でも「球面平均」でも成り立つ(互いに同値)。どちらで述べてもよい。
- 最大値原理は「解を書かずに解を制御する」典型。解の公式がなくても、境界の値だけから内部の値の範囲・ 一意性・比較(二つの境界値の大小が内部でも保たれる)が分かる。発展 PDE の精神そのもの。
- 滑らかさは方程式のご褒美。 を弱形式で( の意味で)満たすだけの も、実は 。 これは楕円型特有で、次章以降の「弱解で存在を示し、正則性で滑らかさを回収する」二段構えの原型。
この章のまとめ
- 調和関数= の解。直感は「各点が周りの平均」——離散では四近傍平均、連続では球面平均。
- 平均値性(発散定理から)を核に、最大値原理(→ ディリクレ問題の一意性)、/解析性、 リウヴィルの定理(有界なら定数)が芋づる式に出る。
- 「解の公式なしに、境界値だけで内部を制御する」——最大値原理は発展 PDE の精神を先取りする。
- 弱い解が自動で滑らかになる現象は楕円型の本質で、第7章で一般化する。
次章は、下の装置でエネルギーが減っていったことの正体——ディリクレ原理を扱います。 「エネルギー を最小にする関数こそ調和関数」という変分の視点が、解の存在証明そのものになります。