第5章 ディリクレ原理と変分法
前章の装置で、各点を平均に置き換えるたびエネルギーが単調に減り、調和関数に落ち着きました。これは偶然では ありません。「調和関数とは、あるエネルギーを最小にする関数だ」——この視点こそが、解を書かずに存在を証明する 変分法の入口です。ディリクレ原理と呼ばれるこの発想は、変分法で学んだ 「関数を動かして汎関数を最小化する」考え方を、PDE の存在証明そのものに変えてしまいます。
ディリクレ原理:最小化する形が解になる
石けん膜を思い浮かべます。針金の枠(境界値 )に張った膜は、表面のエネルギー(張力)を最小にする形で 静止します。そのエネルギーの数学版がディリクレエネルギーです。
定義 ディリクレエネルギー
境界値 を持つ関数の集まり の上で、 をディリクレエネルギー(汎関数)という。 は「傾きの急さ」=「膜の張り具合」。
主張は明快です。「 の中で を最小にする は、ラプラス方程式の解(調和関数)である」。 なぜそう言えるかを、変分法の第一変分(オイラー–ラグランジュ)で確かめます。
定理 ディリクレ原理
が を最小にするなら、 は境界値 を持つ の弱解であり、 逆に弱解は の最小点である。
証明
が最小点とする。境界で の任意の をとり、(境界値は のまま)で を評価すると これは の二次関数で、 で最小だから一次の係数が : これはまさに の弱形式(第1章)。逆に弱形式が成り立てば、上の展開の一次項が消え 項は非負なので 、 は最小点。二次関数が上に開いている(凸)ので、最小は一意。
要点は「最小点では第一変分が 」——放物線の頂点で傾きが になるのと同じ。その「傾き の条件」が、 ちょうど弱形式になる。エネルギー最小化と弱解が、部分積分ひとつで結ばれる。前章の装置でエネルギーが 減り続けたのは、緩和が を下る運動だったからです。
リーマンのつまずき:最小値は本当に存在するのか
ここに落とし穴があります。リーマンはこの原理を使って解の存在を主張しましたが、ワイエルシュトラスに 批判されました。理由はこうです。「 だから下限(infimum)はある。でもその下限を実際に達成する が存在するとは限らない」。最小化列 ()を作れても、極限が空間の外に逃げたり、 極限で が跳ね上がったりするかもしれない。有限次元なら「有界閉集合上の連続関数は最小値を取る」で 済みますが、無限次元では単位球すらコンパクトでない——最小値の存在は自明でないのです。
注意 なぜ無限次元だと危ういか
最小化列 が収束する保証がない。仮に何らかの意味で でも、 が極限で連続でなければ すら言えない。「下限に近づく列」から「下限を達成する点」を取り出す——この一歩に、 無限次元特有の道具(弱収束・下半連続性・コンパクト性)が要る。
直接法:三つの道具で最小値を捕まえる
この難所を正面突破するのが変分法の直接法です。第3章で揃えた道具がここで働きます。手順は三段。
定理 直接法によるディリクレ問題の可解性
素性の良い有界領域 と境界値 に対し、 を 上で最小にする が存在する。ゆえにディリクレ問題 の弱解が存在する。
証明
(1) 下から有界・最小化列。 なので下限 が存在。 となる 最小化列 を取る。ポアンカレ不等式より は一様に有界。
(2) 弱収束する部分列。 ヒルベルト空間 で有界な列は、弱収束する部分列を持つ (バナッハ–アラオグル/反射性)。(弱収束)とする。トレースの連続性から 。
(3) 下半連続性で締める。 ノルム(したがって )は弱収束に関して下半連続: 。一方 だから 。ゆえに 、 は最小点。 ディリクレ原理より は弱解。
三つの道具の役割を噛みしめてください。(1) 強圧性( が大きい ⇒ ノルムが大きい、ポアンカレ)で列を 有界に閉じ込め、(2) 弱コンパクト性で収束部分列を取り出し、(3) 弱下半連続性( が極限でジャンプ アップしないこと。 が凸だから成り立つ)で「下限が達成される」ことを保証する。この **「強圧性+弱コンパクト性+下半連続性」**の三点セットが、変分法で存在を示すときの黄金パターンです。
なぜ「弱収束」でないと駄目なのか
素朴には強収束(ノルムで )が欲しいところですが、無限次元では有界列から強収束部分列は取れません (コンパクトでないから)。取れるのは弱収束だけ。ところが弱収束は「積分でテストしたときだけ近づく」緩い収束で、 は保証しない。救いは、 が凸なら弱下半連続—— という 「不等式の向き」だけは必ず成り立つことです。最小化の文脈では、欲しいのはまさにこの向き ( が下限以下)。だから弱収束と下半連続性の組み合わせで、ちょうど足りる。無限次元で「最小値が取れない」 という病を、 の凸性が治してくれるのです。
注意 つまずきポイント
- ディリクレ原理は「解 ⇔ 最小点」の双方向。物理(最小エネルギー)と方程式(弱形式)が同じものの表と裏。
- 下半連続性で十分、連続性は不要。最小化に必要なのは の一方向だけ。この非対称性が 弱収束を使えるようにする鍵。
- 凸性が効いている。 が凸( が凸)だから弱下半連続になる。非凸な汎関数では最小点の存在は 一般に崩れ、現代の変分問題の難所になる。
この章のまとめ
- ディリクレ原理:ディリクレエネルギー を最小にする は の弱解、 逆も真。第一変分 が弱形式に一致する。
- 無限次元では「下限は在っても最小点が在るとは限らない」——リーマンのつまずき。
- 直接法が救う:強圧性(ポアンカレ)で有界化 → 弱コンパクト性で部分列 → 弱下半連続性(凸性)で 下限を達成。この三点セットが変分的存在証明の黄金パターン。
- 弱収束しか取れない無限次元でも、 の凸性による下半連続性がちょうど足りる。
次章は、同じ存在問題をもう一つの角度から。弱形式を「双線形形式の方程式」とみなし、ラックス–ミルグラムの 定理で、対称でない(エネルギーを持たない)方程式まで含めて弱解の存在と一意性を一気に片づけます。