第6章 ラックス–ミルグラムの定理
前章の変分法は美しいのですが、弱点があります。「エネルギーを最小化する」という筋は、方程式が対称
(自己共役)でエネルギー汎関数を持つときしか使えません。ところが移流項のある方程式 −Δu+b⋅∇u=f の
ように、現実には対称でない楕円型がたくさんある。これらには最小化すべき E がありません。そこで、変分法を
内積の言葉に翻訳して一般化したのがラックス–ミルグラムの定理です。エネルギーを経由せず、弱形式を直接
「解ける方程式」に仕立てます。
弱形式を抽象化する:双線形形式と線形汎関数
弱形式 ∫Ω∇u⋅∇φdx=∫Ωfφdx をじっと見ます。左辺は u と φ の
両方について線形、右辺は φ について線形。この構造だけを抜き出します。舞台はヒルベルト空間
H=H01(Ω)。
定義 双線形形式・強圧性
H 上の写像 a:H×H→R が双線形形式とは、各変数について線形なこと。これが
- 有界(連続):ある C で ∣a(u,v)∣≤C∥u∥∥v∥、
- 強圧的(coercive):ある α>0 で a(u,u)≥α∥u∥2、
を満たすとする。L:H→R は有界線形汎関数(∣L(v)∣≤C′∥v∥)とする。
弱形式は a(u,φ)=L(φ)(すべての φ∈H)という形。上の例では
a(u,v)=∫∇u⋅∇v、L(v)=∫fv。有界性は「積分がノルムで抑えられる」こと
(コーシー–シュワルツ)、強圧性は a(u,u)=∫∣∇u∣2≥α∥u∥H12——これは第3章の
ポアンカレ不等式そのもの(傾きだけでノルムが測れる)。ここで前章までの道具が効いてきます。
主定理:有界+強圧なら、弱解がただ一つ
定理 ラックス–ミルグラムの定理
ヒルベルト空間 H 上の双線形形式 a が有界かつ強圧的で、L∈H∗(有界線形汎関数)ならば、
a(u,v)=L(v)(∀v∈H)
を満たす u∈H がただ一つ存在する。さらに ∥u∥≤α−1∥L∥H∗(データに連続に依存)。
主張の破壊力を味わってください。方程式を書き下すことも、解を構成することもなく、「有界性」と「強圧性」という
二つの不等式を確かめるだけで、解の存在・一意性・安定性(=アダマールの意味での適切性)が一挙に出ます。
対称性は一切要求していないので、移流項付きの非対称な楕円型もそのまま扱える。
なぜ成り立つのか:リースの表現定理の一般化
証明の心を追います。もし a が対称なら、a そのものが H 上の新しい内積になります(有界性と強圧性が
内積の条件を保証する)。すると L(v)=a(u,v) を満たす u の存在は、リースの表現定理
——「ヒルベルト空間上の有界線形汎関数は内積で表せる」——の直接の言い換えです。非対称な場合は、a を
「作用素 A を挟んだ内積」a(u,v)=⟨Au,v⟩ と書き直し、A が可逆であることを示します。
証明
リースの表現定理により、各 u に対し a(u,v)=⟨Au,v⟩(∀v)を満たす Au∈H が一意に定まり、
A:H→H は有界線形。同様に L(v)=⟨w,v⟩ となる w∈H がある。方程式は Au=w に帰着。
A が全単射であることを示す。強圧性から ⟨Au,u⟩=a(u,u)≥α∥u∥2、コーシー–シュワルツで
∥Au∥≥α∥u∥。ゆえに A は単射で像は閉。像が H 全体でないと仮定すると、直交補空間に 0=z があり
⟨Az,z⟩=0 だが強圧性より ≥α∥z∥2>0——矛盾。よって A は全射、Au=w に一意解
u=A−1w。評価 ∥u∥≤α−1∥L∥ も ∥Au∥≥α∥u∥ から従う。
∎
要するに、強圧性は「作用素 A が下から潰れない(∥Au∥≥α∥u∥)」を意味し、それが A の可逆性
=方程式の一意可解性を生む。有限次元で「固有値が 0 でない行列は可逆」と言うのと同じことを、無限次元で
きちんと回している——強圧性は「無限次元版の非退化条件」なのです。
変分法との関係、そして守備範囲の広さ
a が対称のとき、ラックス–ミルグラムの解は前章の直接法で得たエネルギー最小点と一致します
(E[u]=21a(u,u)−L(u) の最小化の一次条件が a(u,v)=L(v))。つまり二つの存在証明は、対称な場合には
同じ解を別ルートで捕まえている。ラックス–ミルグラムの真価は、非対称でエネルギーを持たない方程式でも
そのまま動くこと。移流拡散 −Δu+b⋅∇u+cu=f のような実用的な楕円型が、この一本の定理で片づきます。
例 適用例:一般の二階楕円型
a(u,v)=∫Ω(A∇u⋅∇v+(b⋅∇u)v+cuv)dx。係数行列 A が一様楕円
(Aξ⋅ξ≥λ∣ξ∣2)で、c が十分大きい(または b が小さい)なら強圧性が成り立ち、
−∇⋅(A∇u)+b⋅∇u+cu=f の弱解が一意に存在する。楕円型境界値問題の存在・一意の
標準的な入口。
注意 つまずきポイント
- 強圧性が命綱。a(u,u)≥α∥u∥2 が崩れると、いくら有界でも解の存在は保証されない。ポアンカレ
不等式(境界条件が効く)で強圧性を作るのが定石。境界条件を落とすと定数関数で ∫∣∇u∣2=0 となり
強圧性が壊れる——境界条件は飾りではない。
- 対称でなくてよいのがラックス–ミルグラムの売り。対称なら変分法(最小化)で済む。非対称こそ本領。
- 「解ける」だけで「滑らか」とは言っていない。ここで得るのは H1 の弱解。それが実は C∞ だという
話は、次章の正則性理論で別に証明する。
この章のまとめ
- 弱形式は a(u,v)=L(v) という双線形形式の方程式に抽象化できる。a:有界かつ強圧的、L:有界線形汎関数。
- ラックス–ミルグラムの定理:この設定で弱解が一意に存在し、データに連続に依存する(適切性)。
対称性は不要——非対称な楕円型も扱える。
- 証明はリースの表現定理の一般化。強圧性 ⇒∥Au∥≥α∥u∥ ⇒ 作用素 A の可逆性
=「無限次元版の非退化条件」。
- 対称な場合は前章のエネルギー最小点に一致。ポアンカレ不等式が強圧性を供給する。
存在と一意は手に入りました。しかし得た解は H1 の弱解にすぎません。次章は楕円型の正則性——
「弱解は実は何回でも微分できる古典解だった」を証明します。方程式が解を勝手に磨き上げる、楕円型の魔法です。