第8章 グリーン関数と固有値
ここまでは「解が在る・一意・滑らか」という抽象的な保証を積み上げてきました。この章では視点を変え、解を実際に
組み立てる二つの古典的な道具を扱います。一つはグリーン関数——点源への応答を重ね合わせて解を積分で書く方法。
もう一つは固有値・固有関数——ラプラシアンを無限次元で「対角化」し、解を固有振動の重ね合わせに分解する方法。
後者は、次章からの熱・波動という時間発展へまっすぐつながります。
基本解:一点に集中した源への応答
まず「一点だけに置かれた源」への応答を求めます。−ΔE=δ0(原点に集中した単位の源)を満たす
E を基本解といいます。点電荷が作る電位、と思えば物理的です。
定義 ラプラシアンの基本解
E(x)=⎩⎨⎧−2π1log∣x∣(n−2)ωn−11∣x∣2−n(n=2)(n≥3)
は −ΔE=δ0 を(超関数の意味で)満たす。ωn−1 は単位球面の面積。
球対称に ΔE=0(原点以外)を解けばこの形が出て、原点まわりの発散定理で係数が
「ちょうど δ の重み 1」になるよう決まります。基本解が手に入ると、一般の源 f への応答は重ね合わせで
書けます。f を無数の点源の集まりとみて、各点源への応答 E を足し上げる——これが畳み込みです。
定理 ニュートンポテンシャル
Rn 上で −Δu=f(f は素性の良い台つき関数)の解は
u(x)=(E∗f)(x)=∫RnE(x−y)f(y)dy.
ΔE=−δ なので −Δu=−ΔE∗f=δ∗f=f。点源への応答の重ね合わせが一般解を与える。
グリーン関数:境界条件を組み込んだ基本解
基本解は全空間の話でした。有界領域 Ω で「境界で 0」という条件のもとに解きたいときは、基本解に
補正項を足して境界条件を満たすようにします。これがグリーン関数です。
定義 グリーン関数
領域 Ω のグリーン関数 G(x,y) とは、各 y∈Ω を固定したとき
−ΔxG(⋅,y)=δy in Ω,G(⋅,y)=0 on ∂Ω
を満たすもの。G(x,y)=E(x−y)−h(x,y) と分け、補正 h は Δxh=0、h∣∂Ω=E(⋅−y)∣∂Ω
(境界で基本解を打ち消す調和関数)で定める。
グリーン関数があれば、境界値問題の解を積分公式で一気に書けます。
定理 グリーンの表現公式
−Δu=f in Ω、u=g on ∂Ω の解は
u(x)=∫ΩG(x,y)f(y)dy−∫∂Ω∂νy∂G(x,y)g(y)dS(y).
第一項が源 f の寄与、第二項が境界値 g の寄与(ポアソン核)。
構造が美しい。内部の源も境界の値も、グリーン関数という一つの核を通した積分で解に変換される。第4章の
平均値性(球面平均で u(x0) が書けた)は、球のポアソン核による表現公式の特別な場合でした。グリーン関数は
「その領域における逆作用素 (−Δ)−1 の積分核」——ラックス–ミルグラムが抽象的に保証した逆作用素を、
具体的な積分で書き下したものです。対称性 G(x,y)=G(y,x)(相反定理)は、−Δ が自己共役なことの反映です。
固有値問題:無限次元の対角化
もう一つの道具に移ります。有限次元では、対称行列を固有ベクトルの基底で対角化すると、線形問題が各成分で
独立に解けました。同じことをラプラシアンでやりたい——それが固有値問題です。
定理 ディリクレ・ラプラシアンのスペクトル分解
有界領域 Ω 上、境界で 0 の条件のもとで固有値問題 −Δϕk=λkϕk、ϕk∣∂Ω=0
を考える。すると
0<λ1≤λ2≤⋯→∞
という離散的な固有値の列と、対応する固有関数 {ϕk} が存在し、ϕk たちは L2(Ω) の
正規直交基底をなす。任意の u∈L2 は u=∑k⟨u,ϕk⟩ϕk と展開できる。
証明
逆作用素 T=(−Δ)−1:L2→L2 を考える。ラックス–ミルグラム(第6章)で T は有界、
グリーン関数を核とする積分作用素なので自己共役、そして第3章のレリッヒのコンパクト性(H1↪L2
がコンパクト)から T はコンパクト作用素。関数解析の
コンパクト自己共役作用素のスペクトル定理(=無限次元版の対角化)を T に適用すると、T の固有値
μk→0 と正規直交固有基底 {ϕk} を得る。−Δ の固有値は λk=1/μk→∞。
∎
証明の骨格を味わってください。「−Δ の逆はコンパクト自己共役」——この一点で、関数解析の
スペクトル定理がそのまま使え、無限次元の対角化が完成する。有限次元の対称行列の対角化が、レリッヒの
コンパクト性を触媒にして無限次元へ持ち上がったわけです。第3章で用意したコンパクト性が、ここで決定的に効きます。
なぜ固有関数分解が発展方程式の鍵なのか
固有基底 {ϕk} は、次章からの時間発展を解く万能鍵です。先取りしておきます。熱方程式 ut=Δu を
u(x,t)=∑kck(t)ϕk(x) と展開して代入すると、空間微分 Δ が各成分で −λk 倍に化けて、
無限本の独立な常微分方程式 ck′(t)=−λkck(t) に分解される。解は ck(t)=ck(0)e−λkt。
つまり
u(x,t)=∑kck(0)e−λktϕk(x).
各モードが e−λkt で減衰し、高い固有値(細かい振動)ほど速く消える——これが第9章の平滑化の
正体です。波動方程式なら ck′′=−λkck となり、ck(t)=cos(λkt) の振動が残る。
固有関数分解は「PDE を無限個の常微分方程式に分解する」——ラプラシアンの対角化が、時間発展を各モードの
単純な運動に翻訳するのです。
注意 つまずきポイント
- 基本解・グリーン関数・ポアソン核は役割違い。基本解=全空間の点源応答、グリーン関数=境界で 0 に
補正した版、ポアソン核=境界値の寄与を表す核。すべて「点への応答を重ね合わせる」思想の変奏。
- 固有値が離散になるのはコンパクト性のおかげ。有界領域だから (−Δ)−1 がコンパクトになり、
スペクトルが離散化する。全空間 Rn ではコンパクト性が無く、スペクトルは連続になる(固有関数分解の
代わりにフーリエ変換を使う)。
- 固有関数分解 = 一般化されたフーリエ級数。Ω=(0,π) なら ϕk=sinkx、λk=k2——
おなじみのフーリエ級数そのもの。一般の領域への拡張になっている。
この章のまとめ
- 基本解 E(−ΔE=δ)への応答を重ね合わせ、u=E∗f(ニュートンポテンシャル)で解を書く。
- グリーン関数 G=境界条件を組み込んだ基本解。表現公式で「源 f +境界値 g」を積分で解に変換。
G は逆作用素 (−Δ)−1 の積分核で、自己共役性が対称性 G(x,y)=G(y,x) に表れる。
- スペクトル分解:−Δ の逆がコンパクト自己共役だから、離散固有値 λk→∞ と正規直交
固有基底 {ϕk} を持つ(無限次元の対角化、レリッヒのコンパクト性が触媒)。
- 固有関数分解は PDE を無限個の独立な常微分方程式に翻訳する——次章の平滑化・振動の正体。
これで楕円型を八章かけて一巡しました。次章から時間発展へ。まずは熱方程式(放物型)。固有関数分解で予告した
e−λkt の減衰が、どんな初期形も一瞬でなめらかにする「平滑化」として立ち現れます。