第9章 熱方程式(放物型)
いよいよ時間発展です。熱の広がりを記述する熱方程式 は、放物型 PDE の代表選手。 楕円型が「もう落ち着いた平衡」を扱ったのに対し、放物型は「落ち着いていく過程」を扱います。この章の主役は 平滑化——どんなにギザギザな初期温度も、時間が少しでも経てば一瞬で にならされる、という劇的な性質です。 まずは目で見てみましょう。
熱方程式の平滑化を体感する
下の装置で、初期温度に段差(不連続)やスパイク(一点加熱)を選び、時刻 を動かしてください。 では 尖っていた形が、 になった瞬間に角も段差も消えてなめらかになります。
三つのことを確かめてください。(1) 平滑化: で即座に滑らか。(2) 総熱量の保存:曲線の下の面積 ()は変わらない——熱は逃げも湧きもせず、ならされるだけ。(3) 平均への収束:時間が経つと全体が 一様な平均温度(青い点線)に落ち着く。この三つが放物型の顔です。なぜこうなるのか、順に解きほぐします。
熱核:一点の熱がガウス関数で広がる
前章の固有関数分解を思い出すと、——各モードが で 減衰しました。全空間 ではこれがフーリエ変換になり、解を一つの積分核で書けます。
定義 熱核(基本解)
を熱核という。 を満たし、 で に収束する (一点に集中した初期熱への応答)。一般の初期値 に対する解は畳み込み
熱核は時刻 で標準偏差 のガウス関数。フーリエで見ると、初期値の各振動数 成分に を掛けることに対応します()。 が大きい成分——細かい ギザギザ——ほど猛烈に速く消える。これが平滑化のからくりです。
平滑化:なぜ一瞬でなめらかになるのか
定理 放物型の平滑化
が単に有界(あるいは )なだけでも、 での解 は について (実は解析的)。初期の角・段差・特異性は で瞬時に消える。
理由は畳み込みです。解は「 の熱核」と初期値の畳み込み。畳み込みは滑らかな側の滑らかさを 受け継ぐので、 がどんなに荒くても は熱核の 性をもらう。 フーリエで言えば、 が高振動を指数的に叩き潰し、どんな初期値も一瞬で滑らかな関数の集まりに 変えてしまう。第7章で見た「楕円型は解を右辺より二階滑らかにする」のさらに極端な版で、放物型は 滑らかさを無限に、しかも瞬時に注入します。
この平滑化には代償があります。時間を逆に回せない(不可逆性)。滑らかにならされた後の分布からは、元の 尖った初期値を復元できない(後ろ向きの熱方程式は破綻する)。放物型は時間の向きを持つ——コーヒーが冷めることは あっても、勝手に熱くなり戻らないのと同じ物理です。
最大値原理:熱は極端を作らない
放物型にも、楕円型と双子の最大値原理があります。
定理 放物型の最大値原理
有界領域で を満たす の最大値・最小値は、初期時刻()または空間境界で取られる (内部の時空では新たな極値を作らない)。
「熱は勝手に、初期値や境界より熱い点・冷たい点を作り出さない」。装置で最大値が単調に下がり最小値が上がって いったのは、これです。物理的には至極まっとう——熱いところは冷め、冷たいところは温まる方向にしか進まない。 証明は楕円型と同様、内部で極大に達すると かつ が矛盾する、という比較で行います。 最大値原理は、解の公式なしに解の値域と一意性・比較を保証する、放物型でも主力の道具です。
エネルギー減衰:落ち着く先は平衡
最後に、時間とともに解が「落ち着く」ことをエネルギーで見ます。
定理 エネルギー減衰
境界で ()の熱方程式 について、 ノルムは単調に減少し、ポアンカレ不等式と合わせると 、 指数的に平衡()へ減衰する。
計算の心は「」(部分積分)。エネルギーの減り方が、まさに前章のディリクレ エネルギー で測られる。(最小固有値)は最もゆっくり減るモードの減衰率で、 これが平衡到達の速さを決めます。放物型は「ディリクレエネルギーを下る流れ」——第4章の装置の緩和が、 実は熱方程式の離散版だったことがここで腑に落ちます。
注意 つまずきポイント
- 平滑化と不可逆性は表裏一体。前向きには一瞬で滑らかにする力は、後ろ向きには情報を復元できない ことを意味する。放物型が時間の向きを持つのはこのため。
- 「無限伝播速度」:熱核はどんなに遠い点でも で(指数的に小さいが)正の値を持つ。一点の熱が 瞬時に全空間へ届く——物理的には非現実的だが、拡散モデルの数学的特徴。次章の波動(有限伝播)と好対照。
- 総熱量の保存と 減衰は別物。(一次の量)は境界がなければ保存。(エネルギー)は 境界で なら減衰。装置では両方が同時に見える。
この章のまとめ
- 熱方程式 の解は熱核との畳み込み 。熱核はガウス関数で、フーリエでは高振動を で叩き潰す。
- 平滑化:どんな初期形も で瞬時に 。畳み込みの平滑化効果。代償は不可逆性(時間を 戻せない)。
- 最大値原理:熱は初期値・境界より極端な値を作らない。エネルギー減衰 で指数的に平衡へ。
- 放物型は「ディリクレエネルギーを下る流れ」で、第4章の緩和装置の連続版。無限伝播速度が特徴。
次章は双曲型の代表、波動方程式。放物型と正反対に、波動は滑らかさを上げず、エネルギーを保存し、 情報を有限の速度で運びます。同じ二階 PDE でも、型が違えば挙動は正反対——その対比を味わいます。