第5章 大数の法則
コインを 10 回投げて表が 7 回でも驚きません。でも 1 万回投げて 7 千回表なら「イカサマだ」と思う。
なぜ?——回数を増やすほど、表の割合は 1/2 に張り付くという確信があるからです。この経験則、
「たくさん試せば標本平均は真の平均に近づく」を、いよいよ定理として証明します。これが確率論最初の大黒柱、
大数の法則です。
まず現象を見る
独立同分布な X1,X2,…(同じ分布から独立に)を次々に引き、標本平均
Xˉn=n1(X1+⋯+Xn) を n の増加とともに描いてみます。
最初は大きく暴れる標本平均が、n を増やすと真の平均 μ(朱の破線)へ吸い込まれていきます。
どの乱数列(「引き直す」)でも同じ。朱の帯 μ±2σ/n が n の速さで狭まり、
軌道を漏斗のように絞っていくのが見えます。この「n 分の 1」——第3章で
Var(Xˉn)=σ2/n と計算した、あの散らばりの縮みです。あとはこれを厳密な収束にするだけ。
弱法則:チェビシェフ三行
まず「確率収束」の意味での主張。証明は第3章の道具でほぼ済みます。
定理 大数の弱法則(WLLN)
X1,X2,… が独立同分布で、平均 μ=E[X1]・分散 σ2<∞ をもつとする。このとき
XˉnPμ(n→∞),すなわち任意の ε>0 に対し P(∣Xˉn−μ∣≥ε)→0。
証明
期待値の線形性より E[Xˉn]=μ。独立和の分散加法性(第3章)より
Var(Xˉn)=n21∑i=1nσ2=nσ2。
Xˉn にチェビシェフの不等式を当てると、任意の ε>0 で
P(∣Xˉn−μ∣≥ε)≤ε2Var(Xˉn)=nε2σ2n→∞0. ∎
三行です。エンジンは二つ——独立和の分散が足し算(散らばりが σ2/n に縮む)と、
チェビシェフ(散らばりが小さければ大きなずれは稀)。第3章で仕込んだ武器がそのまま火を噴きました。
強法則:ボレル–カンテリで軌道を止める
弱法則は「各 n でずれる確率が小さい」を言うだけ。でも上の実演で見た「軌道そのものが μ へ収束」は、
もっと強い概収束の主張です。これが強法則。証明の心臓は前章のボレル–カンテリ第一補題です。
定理 大数の強法則(SLLN, コルモゴロフ)
X1,X2,… が独立同分布で E[∣X1∣]<∞(可積分)なら、平均 μ=E[X1] に対し
Xˉna.s.μ,すなわちP(n→∞limXˉn=μ)=1.
一般の強法則はモーメントの切り落としなど手数が要るので、ここでは四次モーメント有限(E[X14]<∞)を
仮定した見通しのよい証明を与えます。考え方(総和が有限なら軌道は収束)は本質的に同じで、これが第一補題の使い所を鮮やかに見せます。
証明
μ=0 としてよい(Xi−μ に置き換える)。Sn=X1+⋯+Xn とし、E[Sn4] を評価する。
展開すると、独立性と E[Xi]=0 より、生き残るのは全指数が偶数の項だけ:
E[Xi4] 型が n 個、E[Xi2]E[Xj2] 型が 3n(n−1) 個。よってある定数 C で
E[Sn4]≤Cn2,ゆえにE[Xˉn4]=n4E[Sn4]≤n2C.ここでマルコフ不等式:P(∣Xˉn∣≥ε)=P(Xˉn4≥ε4)≤n2ε4C。
n について足すと ∑nn2ε4C<∞(∑1/n2 は収束!)。総和が有限だから、
ボレル–カンテリ第一補題より「∣Xˉn∣≥ε」は確率 1 で有限回しか起きない。これが任意の ε
(例えば ε=1/k 全部)で言えるので、確率 1 で Xˉn→0。
∎
弱法則との差はどこか。弱法則で使ったチェビシェフは各 n で σ2/(nε2)——これは
∑1/n で発散し、総和を有限にできない。四次モーメントに上げると C/n2 になり、∑1/n2 が
収束して、初めてボレル–カンテリが使える。「各 n で小さい(確率収束)」と「軌道が収束する(概収束)」を
分ける決め手が、まさに確率の総和が有限かどうか——前章で予告した橋を、ここで渡りきったわけです。
なぜこの定理が世界を回すのか
大数の法則は「確率とは何か」への答えでもあります。事象 A の指示関数 Xi=1A(A が起きたら 1)に
強法則を当てると、Xˉn=nA の起きた回数→E[1A]=P(A)。
つまり**「確率=長い目で見た相対頻度」という頻度主義の直感が、公理から定理として導かれる**。
最初にコンピュータに数を投げて「1 万回で 7 千回はおかしい」と感じた、あの確信の正体です。
応用も広い。モンテカルロ積分:E[g(X)]=∫gdP を、乱数で g(Xi) をたくさん作って平均するだけで
近似できる(強法則が収束を、次章の CLT が誤差 ∼1/n を保証)。高次元積分で
桁違いに強力な手法です。統計学では、標本平均が母平均へ収束することが「推定量の一致性」(第10章)の
根拠そのものになります。
注意 つまずきポイント
- 「n を増やせば偏りが取り返される」ではない(ギャンブラーの誤謬)。 表が続いても、次に裏が出やすくなる
わけではない(独立!)。収束するのは割合 Xˉn であって、差 Sn−nμ はむしろ n で広がる(次章)。
「割合が μ に寄る」と「累計のズレが消える」は別。
- 有限の分散(や平均)が要る。 コーシー分布は平均が存在せず、標本平均はいくら増やしても収束しない。
法則は「可積分」という前提の上で成り立つ。
- 弱と強の違いは「各 n」か「軌道」か。 弱は確率収束、強は概収束。実演の「一本の道が μ に落ちる」は強法則の絵。
この章のまとめ
- 弱法則:独立同分布・分散有限なら XˉnPμ。証明は「分散 σ2/n+チェビシェフ」の三行。
- 強法則:可積分なら Xˉna.s.μ。四次モーメント版では E[Xˉn4]≤C/n2 を作り、
∑1/n2<∞ とボレル–カンテリ第一補題で軌道の収束を掴む。
- 指示関数に当てれば確率=相対頻度の極限。モンテカルロ・統計的推定の土台。収束するのは割合で、差ではない。
割合は μ に収束する。では差 Sn−nμ はどう散らばるのか——それを n で拡大して覗くと、
どんな分布からでも同じ釣鐘が現れます。次章、確率論の華中心極限定理へ。