第6章 中心極限定理
身長、測定誤差、テストの点、株価の揺れ——世の中は釣鐘型(正規分布)であふれています。なぜ、 これほど違う現象が、そろって同じ形になるのか。答えが、確率論のもっとも美しい定理 中心極限定理(CLT)です。前章で「割合は に収束する」を見ました。今度は、消えていく 差 を で拡大して覗きます。すると——元がどんな分布でも、必ず正規分布が現れます。
まず現象を見る:元の形を忘れる
独立同分布な 個の和を標準化した の分布を、 を変えながら見てみましょう。
一様分布(平ら)、コイン( 本の棒)、指数分布(大きく右に歪む)——出発点はまるで違います。 なのに を増やすと、どれも同じ標準正規 の釣鐘(朱)に吸い寄せられる。特に歪んだ指数分布が、 たった数十個の和で釣鐘化するのは劇的です。元の分布の個性が、足し合わせると消えてしまう。 この普遍性こそ CLT の核心で、「世界が釣鐘だらけ」な理由です。多くの現象が「小さな独立要因の足し算」だから。
なぜ で割るのか。 の分散は 、標準偏差は で広がっていく。 これを で割ってちょうど分散 に正規化すると、形が安定する。大数の法則は を で割って 一点 に潰した。CLT は で割って潰れる直前の形を捉える——両者は同じ和を違う倍率で見た姉妹です。
道具:特性関数(分布のフーリエ変換)
証明の鍵は、第2章で予告した「和はたたみ込み、変換すれば積」という発想。分布に施す変換が特性関数です。
定義 特性関数
特性関数が主役なのは、三つの美点ゆえです。
- 積に化ける: 独立なら 。 たたみ込み(和の分布)が掛け算になる。「 個の和」が「 乗」になり、扱いが劇的に楽に。
- 分布を一意に決める: 分布が一致(フーリエ変換の単射性)。 を調べれば分布が分かる。
- モーメントが微分で出る:、。だから 平均 ・分散 の は、 の近くで この二次のテイラー展開が、証明の全体重を支えます。
そして「特性関数が近づけば分布も近づく」を保証するのが、フーリエ解析の連続性そのもの:
定理 レヴィの連続性定理
が各 で成り立ち、 が で連続なら、 はある分布の特性関数で、 (分布収束)。逆も成り立つ。
これで戦略が決まりました。 の特性関数が、 の特性関数 に収束することを示せばよい。
証明: へ収束させる
定理 中心極限定理(CLT)
が独立同分布、平均 ・分散 をもつとする。このとき
すなわち任意の で 。
証明
と標準化する(平均 ・分散 ・独立同分布)。すると 。特性関数は「独立和は積」「定数倍は 」より
は平均 ・分散 だから、 の近くで 。 を代入すると
これを 乗する。()という指数極限を、 に使えば
右辺 はまさに の特性関数。レヴィの連続性定理より 。
証明の魔法は一点に尽きます。元の分布 の細かい情報(三次以降)は に呑まれて消え、 効くのは平均 ・分散 という二つの数だけ。 だから出発点がどんな形でも行き先は同じ 。 実演で「元の個性が消える」と見たものの正体が、この二次展開だったわけです。全体重が に載っていた——美しいほど単純です。
何が言えるようになったか
CLT は理論の華であると同時に、統計学の心臓です。標準偏差 を思い出すと、CLT は 「標本平均 は、真の値 を中心に幅 の正規分布でばらつく」と言っています。 分布の形が正規と分かるからこそ、「 の確率でこの区間に入る」という信頼区間が計算でき(第11章)、 測定誤差の見積り、 則によるモンテカルロ誤差評価、品質管理の管理図——応用は数え切れません。
注意 つまずきポイント
- CLT は が正規に「なる」ではなく、標準化 が正規に「近づく」。 有限の では近似。 近似の速さは元の歪みで変わる(歪んだ指数は遅い=実演どおり)。誤差の定量版がベリー–エッセーンの定理。
- 独立性と有限分散が命。 従属が強いと成り立たない。分散が無限(裾が重い)だと正規でなく安定分布へ収束する (一般化中心極限定理)。「何でも正規」ではない。
- 大数の法則と役割が違う。 大数は (一点へ収束)、CLT はその収束の揺らぎの形( 拡大で釣鐘)。 同じ和を、 で割るか で割るかの違い。
この章のまとめ
- 中心極限定理:独立同分布・分散有限なら、標準化した和 は元の分布によらず へ分布収束。
- 道具は特性関数(分布のフーリエ変換):独立和が積に化け、分布を一意に決め、モーメントが微分で出る。 近さを分布収束へ翻訳するのがレヴィの連続性定理。
- 証明の核は を 乗し へ。平均と分散だけが効き、元の個性は消える。 これが信頼区間・誤差評価(第11章)の理論的土台。
ここまでで独立和の理論は完成です。次章からは時間とともに情報が増える世界へ——条件付き期待値を再定義し、 マルチンゲール、そしてブラウン運動という確率過程の本流に入ります。