第6章 整除性 — 既約元と素元
「素数」には、実は2つの顔があった
整数の素数 には、当たり前すぎて区別しなかった2つの性質があります。 (A)これ以上分解できない: なら の一方は (既約性)。 (B)積を割れば因子を割る: なら または (素性)。
ではこの2つは一致します(どちらも素数の特徴)。だから区別する必要がありませんでした。ところが—— 数の世界を少し広げると、(A) を満たすが (B) を満たさない元が現れる。すると「素因数分解の一意性」が崩れます。 この崩壊こそ、代数的整数論がイデアルを導入した動機であり、フェルマーの最終定理への 素朴な挑戦が挫折した理由でもあります。この章は、素数の2つの顔——既約元と素元——を分離し、 どこで一致し・どこで食い違うのかを明らかにします。
素数の2つの顔:既約元(これ以上分解できない)と素元(積を割れば因子を割る)。 では一致するが、一般には食い違う。
単元と同伴
整除の理論は整域(零因子なし)で展開します。まず「同じとみなす」関係を定めます。
定義 整除・単元・同伴
整域 で、( が を割る)とは となる があること()。 が同伴()とは、単元 で となること( かつ )。
では単元が なので、 と が同伴。「 と を同じ素数とみなす」あの感覚です。同伴なものは 整除の理論では区別しません(、生成するイデアルが同じ)。
既約元と素元
定義 既約元・素元
整域 の非零・非単元 について: が既約元とは、 または が単元(自明にしか分解できない)。 が素元とは、 または 。
素元の定義は、イデアルの言葉では素イデアル(第4章)そのものです。
命題 素元 ↔ 素イデアル
非零 が素元 単項イデアル が素イデアル。
証明
素 ( or )( or ) 素元。∎
これで第4章の素イデアルの理論が、そのまま素元に使えます。2つの顔の関係を調べましょう。
素元 ⇒ 既約元
定理 素元は既約元
整域では、素元は既約元。
証明
を素元とし とする。 ゆえ素性より または 。 とすると 、 、整域で消去律より 、つまり は単元。同様に なら が単元。ゆえ は既約。∎
素元 ⇒ 既約元は常に成り立ちます(消去律=整域であることが効く)。問題は逆です。
既約元 ⇏ 素元——一意分解の崩壊
逆「既約 ⇒ 素」は一般には成り立ちません。これが分野の核心です。
例 Z[√−5] で既約だが素でない元
(整域)で、ノルム を使う( は乗法的、)。 はすべて既約(ノルムが で、真に分解するとノルムがそれを割る非自明な因子が要るが、 となる元は無い—— は整数解なし)。だが は素でない: なのに ( は に無い)。
が本質的に異なる2通りに既約分解された——素因数分解の一意性が崩れています。原因は「既約だが素でない」元の存在。 は「これ以上分解できない(既約)」のに「積を割っても因子を割らない(素でない)」。素数の2つの顔が剥がれたのです。
注意 なぜ重要か
この崩壊は 〜 世紀の数論を悩ませた。クンマーとデデキントは「数では一意分解が崩れても、イデアルなら復活する」 と見抜いた—— で とイデアルで分解すれば一意になる (代数的整数論のデデキント環)。「素元」がダメでも「素イデアル」なら生き残る——これが 第4章で素イデアルを主役にした理由。イデアル論は、崩れた一意分解を救うために生まれた。
一意分解が成り立つ世界
では逆「既約 ⇒ 素」はいつ成り立つのか。それがちょうど**一意分解整域(UFD)**の特徴づけです。
定理 UFD での既約=素
一意分解整域(各非零非単元が既約元の積に一意分解される整域、次章)では、既約元 素元。
証明
(既約 ⇒ 素の向き。)UFD で 既約、 とする。。 を既約分解して両辺を比べると、 分解の一意性より、左辺の既約因子の中に (と同伴なもの)が現れねばならない。それは か の分解に属すので または 。ゆえ は素。逆は前述(素 ⇒ 既約は常に真)。∎
つまり「既約と素が一致する 一意分解が成り立つ」。 で一意分解が崩れたのは、まさに 既約と素がずれたからでした。次章で、この UFD を含む整域の階層(ユークリッド整域 ⊃ PID ⊃ UFD)を整理します。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- 既約と素は違う概念。 既約=「分解できない」、素=「積を割れば因子を割る」。整域で素 ⇒ 既約は常に真、逆は UFD でのみ。
- で区別しないのは、 が UFD だから。 一般の整域では2つが食い違い、一意分解が崩れる。
- 同伴を区別しない。 素因数分解の一意性は「同伴と順序を除いて」一意。 は同じ分解。
- 崩れた一意分解はイデアルで救われる。 素元の代わりに素イデアルを使う(代数的整数論)。
この章のまとめ
- 整除の理論は整域で展開。単元と同伴()で「同じ」を定める。素数には既約元(分解不能)と素元(積を割れば因子を割る)の2つの顔がある。素元 が素イデアル。
- 整域では素元 ⇒ 既約元(消去律)。逆は一般に偽—— で と一意分解が崩れる。
- 既約 素 一意分解が成立。崩れた一意分解は素イデアルで救われる(デデキント環)。
次章は、一意分解が保証される整域の階層——ユークリッド整域 ⊃ PID ⊃ UFDを整理します。