第7章 整域の階層 — ED ⊃ PID ⊃ UFD
「素因数分解できる」を保証する条件を階層化する
前章で、一般の整域では素因数分解の一意性が崩れることを見ました。では、どんな整域なら一意分解が保証されるのか? が一意分解できる理由をたどると、その根っこに「割り算(余りつき)ができる」という性質があります。 ユークリッドの互除法—— で gcd を計算し、素因数分解の一意性を証明するあの手続き——が、割り算に支えられていました。
この観察を一般化して、整域を3つの階層に整理します。強い順に:ユークリッド整域(ED)(余りつき割り算ができる) 単項イデアル整域(PID)(すべてのイデアルが単項) 一意分解整域(UFD)(素因数分解が一意)。 各段が次を含み、逆は成り立たない。この階層が「どの整域で整数論的な議論が使えるか」の地図になります。 体論で多項式環を扱う土台でもあります。
割り算ができる(ED)⇒ イデアルが単項(PID)⇒ 一意分解できる(UFD)。強い順の3階層、逆は成り立たない。
ユークリッド整域
定義 ユークリッド整域
整域 がユークリッド整域(ED)とは、写像 (ユークリッド関数)で、 任意の に対し となる が存在するもの。「 より小さい余り で割れる」——余りつき割り算ができる整域。
例 ユークリッド整域の例
- :。おなじみの余りつき割り算。
- 体上の一変数多項式環 :。多項式の割り算(次数が下がる)。
- ガウス整数 :(ノルム)。
- (、アイゼンシュタイン整数)。
ユークリッド関数があると、互除法が回ります: を余りの列 で計算でき、 これは有限で止まる(非負整数の減少列)。そしてベズーの等式 が構成できます。この互除法が、 次の PID 性の証明のエンジンになります。
単項イデアル整域
定義 単項イデアル整域
整域 が単項イデアル整域(PID)とは、すべてのイデアルが単項( の形)であること。
定理 ED ⇒ PID
ユークリッド整域は PID。
証明
をイデアルとし、 の非零元のうち が最小のものを とする。任意の を ( または )と割ると、。 なら が の最小性に反するので 、 つまり 。ゆえ 。 も単項。∎
証明の心は「 最小の元 で割ると余りが 」——余りつき割り算が、イデアルを単項にする。 は すべて PID です。PID では、イデアルの言葉が整除の言葉と完全に一致します( 等)。
一意分解整域
定義 一意分解整域
整域 が一意分解整域(UFD)とは、 でも単元でもない各元が既約元の積に書け、その分解が 同伴と順序を除いて一意であること。
定理 PID ⇒ UFD
単項イデアル整域は UFD。
これは非自明で、次章で完全に証明します(存在は「イデアルの昇鎖が止まる(ネーター性)」、 一意性は「PID では既約 ⇒ 素」から)。結果として、包含の連鎖
が得られます(体は自明に ED: で余り常に )。各段で整数論的な道具(gcd、一意分解)がどこまで使えるかが決まります。
逆は成り立たない——反例
階層が真の包含であること(各逆が偽)を、具体例で確認します。ここが分野の面白さです。
例 PID だが ED でない:Z[(1+√−19)/2]
は PID だが、どんなユークリッド関数もとれない(ED でない)。 「割り算はできないが、イデアルは全部単項」という微妙な例。証明は「普遍側因子(universal side divisor)」が存在しないことを示す。
例 UFD だが PID でない:Z[x] と K[x,y]
は UFD(次章のガウスの補題より、UFD 上の多項式環は UFD)だが PID でない:イデアル は単項でない ( なら より 単元だが —— の定数項は偶数、矛盾)。 同様に の は単項でない。変数が2つ以上/係数が体でないと PID から外れる。
例 UFD でない:Z[√−5]
前章の通り は整域だが UFD でない( の分解が非一意)。「既約だが素でない元」があるため。
これらの反例が、階層が「本物」であることを示します。(UFD だが非 PID)と (非 UFD)が特に重要で、 前者は多項式論(次章以降)、後者は数論の出発点です。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- 階層は ED ⊂ PID ⊂ UFD(強い順)。 「割り算できる」が最強、「一意分解できる」が最弱。逆は成り立たない(真の包含)。
- は UFD だが PID でない。 「係数が体 の 」は PID だが、「係数が環 」や「2変数 」だと PID から落ちる。 が非単項。
- PID ⇒ UFD は非自明な定理。 イデアルが単項なだけで一意分解が出るのは、ネーター性+既約=素の合わせ技(次章)。
- UFD ⇒ 既約=素だが、逆に既約=素だけでは UFD にならない(分解の存在も要る)。
この章のまとめ
- ユークリッド整域(ED):余りつき割り算(ユークリッド関数)ができる。。互除法で gcd・ベズーが使える。
- ED ⇒ PID( 最小の元でイデアルが生成される)。**単項イデアル整域(PID)**ではイデアルが全部単項。
- PID ⇒ UFD(次章で証明)。階層 体 ⊂ ED ⊂ PID ⊂ UFD ⊂ 整域は真の包含:(UFD 非 PID)、(非 UFD)が反例。
次章は、この階層の要——ED ⇒ PID ⇒ UFD の未証明部分、とくに一意分解の存在と一意性を完全に証明します。