数学の作り方 How to make Mathematics

第5章 中国剰余定理

「余りの組」が、値を一意に決める

古代中国の算術書に、こんな問題があります。「33 で割ると 22 余り、55 で割ると 33 余り、77 で割ると 22 余る数は?」。 答えは 2323(そして 23+10523+10523+21023+210、…)。3,5,73,5,7 が互いに素なら、105=357105=3\cdot5\cdot7 を法とした余りは、 3,5,73,5,7 それぞれの余りの組で一意に決まる——これが中国剰余定理です。

この素朴な整数の定理は、環論の言葉に翻訳すると、互いに素なイデアルによる環の直積分解という一般的で強力な形になります。 Z/mnZ/m×Z/n\mathbb Z/mn\cong\mathbb Z/m\times\mathbb Z/nm,nm,n 互いに素)。この分解は、環を「素数ごとの部品」に分けて調べる基本手法であり、 有限アーベル群の分類や暗号(RSA の高速化)、多項式補間まで、応用は多岐にわたります。

互いに素なイデアル I,JI,JI+J=RI+J=R)で R/(IJ)R/I×R/JR/(I\cap J)\cong R/I\times R/JZ/mnZ/m×Z/n\mathbb Z/mn\cong\mathbb Z/m\times\mathbb Z/ngcd(m,n)=1\gcd(m,n)=1)。

互いに素なイデアル

「互いに素」を、イデアルの言葉で定めます。整数の gcd(m,n)=1    (m)+(n)=Z\gcd(m,n)=1\iff(m)+(n)=\mathbb Z(第2章:和が gcd)が指針です。

定義 互いに素(comaximal)

イデアル I,JI,J互いに素(comaximal)とは I+J=RI+J=R。同値:ある aI,bJa\in I,b\in Ja+b=1a+b=1

Z\mathbb Z では (m)+(n)=(gcd(m,n))(m)+(n)=(\gcd(m,n)) なので、(m),(n)(m),(n) が互いに素     gcd(m,n)=1\iff\gcd(m,n)=1——普通の「互いに素」と一致します。 互いに素なイデアルには、積と共通部分が一致するという良い性質があります。

補題 互いに素なら積=共通部分

I+J=RI+J=R なら IJ=IJI\cap J=IJ

証明

IJIJIJ\subseteq I\cap J は常に成り立つ(第2章)。逆:a+b=1 (aI,bJ)a+b=1\ (a\in I,b\in J) をとる。xIJx\in I\cap J に対し x=x1=x(a+b)=xa+xbx=x\cdot1=x(a+b)=xa+xbxaJI (xJ,aI)xa\in JI\ (x\in J,a\in I)xbIJ (xI,bJ)xb\in IJ\ (x\in I,b\in J)、よって xIJx\in IJ。ゆえ IJIJI\cap J\subseteq IJ。∎

Z\mathbb Z で言えば「gcd(m,n)=1\gcd(m,n)=1 なら lcm(m,n)=mn\mathrm{lcm}(m,n)=mn」。互いに素なとき最小公倍数が積に一致する、あの事実です。

中国剰余定理

定理 中国剰余定理

I1,,IkI_1,\dots,I_k対どうし互いに素なイデアル(iji\ne jIi+Ij=RI_i+I_j=R)とすると、自然な写像 R/(I1Ik)    R/I1××R/Ik,amodIi(amodI1,,amodIk)R/(I_1\cap\cdots\cap I_k)\ \xrightarrow{\ \cong\ }\ R/I_1\times\cdots\times R/I_k,\qquad a\bmod\bigcap I_i\mapsto (a\bmod I_1,\dots,a\bmod I_k) は環同型。さらに I1Ik=I1I2IkI_1\cap\cdots\cap I_k=I_1I_2\cdots I_k

証明

k=2k=2 で本質。)写像 φ:RR/I×R/J, a(a+I,a+J)\varphi:R\to R/I\times R/J,\ a\mapsto(a+I,a+J) は環準同型で、核は IJI\cap J。第一同型定理より R/(IJ)imφR/(I\cap J)\cong\operatorname{im}\varphi全射を示せば同型。a+b=1 (aI,bJ)a+b=1\ (a\in I,b\in J) をとる。任意の (x+I,y+J)(x+I,y+J) に対し、 z=xb+yaz=xb+ya とおくと、z=xb+yax1+0=x(modI)z=xb+ya\equiv x\cdot1+0=x\pmod Ib=1a1(modI)b=1-a\equiv1\pmod IyaIya\in I)、同様に zy(modJ)z\equiv y\pmod J。 ゆえ φ(z)=(x+I,y+J)\varphi(z)=(x+I,y+J)、全射。IJ=IJI\cap J=IJ は上の補題。一般の kk は帰納法(I1I_1I2IkI_2\cdots I_k が互いに素になる)。∎

証明の核心は全射性で、その証拠が z=xb+yaz=xb+ya という具体的な構成です。a+b=1a+b=1(互いに素)から、 「II では xxJJ では yy に見える元 zz」を明示的に作れる——これが冒頭の連立合同式を解く公式そのものです。

Z/n の素数べき分解

n=p1e1prern=p_1^{e_1}\cdots p_r^{e_r}(素因数分解)なら Z/nZZ/p1e1Z××Z/prerZ.\mathbb Z/n\mathbb Z\cong\mathbb Z/p_1^{e_1}\mathbb Z\times\cdots\times\mathbb Z/p_r^{e_r}\mathbb Z. 単元群も (Z/n)×(Z/piei)×(\mathbb Z/n)^\times\cong\prod(\mathbb Z/p_i^{e_i})^\times で、φ(n)=φ(piei)\varphi(n)=\prod\varphi(p_i^{e_i})(オイラー関数の乗法性)。

下で体感してください。m,nm,n を選ぶと、各 xZ/mnx\in\mathbb Z/mn を「mm での余り」「nn での余り」の位置に置いた格子が描かれます。 gcd(m,n)=1\gcd(m,n)=1 のときだけ、すべてのマスがちょうど1回埋まる(全単射=同型)。互いに素でないと空きマス(到達不能な余りの組)と 衝突が生じ、CRT は崩れます。

応用

中国剰余定理の応用

  • 連立合同式x2 (3), x3 (5), x2 (7)x\equiv2\ (3),\ x\equiv3\ (5),\ x\equiv2\ (7)mod105\bmod\,105 で一意解 x=23x=23。証明の構成 z=xi(他の積×逆元)z=\sum x_i\cdot(\text{他の積}\times\text{逆元}) が解法。
  • 多項式補間K[x]K[x]Ii=(xai)I_i=(x-a_i)aia_i 相異なる)は互いに素。CRT より「各点 aia_i での値を指定した多項式が一意(mod(xai)\bmod\prod(x-a_i))」=ラグランジュ補間
  • 暗号(RSA)modpq\bmod\,pq の計算を modp\bmod\,pmodq\bmod\,q に分けて高速化(CRT による並列化)。
  • べき等元RR1×R2R\cong R_1\times R_2 の分解は、e2=ee^2=e となるべき等元 e=(1,0)e=(1,0) の存在と対応する。

整数論・補間・暗号という異なる領域の技法が、すべて「互いに素なイデアルによる直積分解」という一つの定理の顔だと分かります。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • 互いに素が必須。 gcd(m,n)>1\gcd(m,n)>1 だと Z/mn≇Z/m×Z/n\mathbb Z/mn\not\cong\mathbb Z/m\times\mathbb Z/nZ/4Z/2×Z/2\mathbb Z/4\ne\mathbb Z/2\times\mathbb Z/2:前者は位数4の元をもつ)。イデアルで I+J=RI+J=R
  • CRT は「共通部分で割る」。 R/(IJ)R/(I\cap J) であって R/(IJ)R/(IJ) ではない(互いに素なら一致するが)。一般には IJI\cap J
  • 同型は環として。 加法だけでなく乗法も保つ。単元群の分解 (Z/n)×(Z/piei)×(\mathbb Z/n)^\times\cong\prod(\mathbb Z/p_i^{e_i})^\times もここから。

この章のまとめ

  • 互いに素なイデアル I+J=RI+J=R    a+b=1\iff a+b=1)では IJ=IJI\cap J=IJ中国剰余定理:対どうし互いに素なら R/IiR/IiR/\bigcap I_i\cong\prod R/I_i
  • 証明の核心は全射性で、z=xb+yaz=xb+ya という具体的構成(=連立合同式の解法)。系として Z/nZ/piei\mathbb Z/n\cong\prod\mathbb Z/p_i^{e_i}φ\varphi の乗法性。
  • 応用は連立合同式・ラグランジュ補間・RSA の高速化・べき等元による直積分解。互いに素なときだけ成立(gcd>1\gcd>1 で崩れる)。

環とイデアルの基礎が完成しました。次章から整域論——整除性の理論に入り、既約元・素元・単元を扱います。