数学の作り方 How to make Mathematics

第11章 コンパクト性(一般)

距離を捨てても残る「有限のように振る舞う」性質

第5章で、距離空間のコンパクト性を「点列コンパクト=完備+全有界」で捉えました。 でも距離が無い位相空間では、「コーシー列」も「全有界」も定義できません。点列すら (近傍が多すぎる空間では)力不足でした。

それでもコンパクト性の本質——「無限を有限に落とせる」——は、距離ぬきで表現できます。 その正しい形が開被覆による定義。一見とっつきにくいこの定義こそが、位相空間でのコンパクト性の 標準であり、無限積でも通用する強靭さをもちます。ハイネ–ボレルで「有界閉」と呼んでいたものの、 本当の顔がこれです。

コンパクトの本質は「開被覆に有限部分被覆」。距離が無くても、無限積でも通用する“有限性”の抽出。

開被覆による定義

定義 コンパクト(開被覆)

XXコンパクトとは、XX を覆うどんな開集合の族(開被覆)からも、 有限個だけを選んで XX を覆えること(有限部分被覆がとれる)。

読み方:「無限枚の開いたシートで床を覆ったとき、必ず有限枚だけで覆い直せる」。 コンパクトでない例で感覚をつかみましょう。R\mathbb R は開被覆 {(n,n)}nN\{(-n,n)\}_{n\in\mathbb N} で覆えるが、 有限個ではどれも有界で R\mathbb R 全体を覆えない——だから R\mathbb R は非コンパクト。開区間 (0,1)(0,1){(1n,1)}\{(\frac1n,1)\} で覆えるが有限個では 00 付近が漏れる。「端や無限方向で逃げられる」と非コンパクトです。

定理 距離空間との整合

距離空間では、この開被覆コンパクト性は第5章の「点列コンパクト=完備+全有界」と一致する。 ハイネ–ボレル(Rn\mathbb R^n で有界閉 ⟺ コンパクト)もこの定義で成り立つ。

だから第5章で得た結論——連続像はコンパクト、コンパクト上の連続実数値関数は最大最小をとる、 コンパクト上の連続は一様連続——は、証明を開被覆の言葉に翻訳してそのまま生き続けます。 むしろ「連続像がコンパクト」は開被覆版のほうが証明が一瞬です(像の開被覆を逆像に引き戻して有限化する)。

なぜ開被覆なのか:有限性の抽出

注意 開被覆定義の心

「局所的に成り立つことを、大域的に成り立たせる」装置がコンパクト性。各点の近くでだけ言える性質 (局所有界、局所的な評価…)があるとき、それらの近傍で XX を覆い、コンパクトなら有限個に落として、 有限個の評価の“最大”をとれば大域的な結論が出る。無限個の局所情報を有限個に圧縮して束ねる—— これが証明でコンパクト性を使う典型パターンで、最大値定理も一様連続もこの形。

チコノフの定理

開被覆定義の真価は、無限個の積でも崩れない点にあります。これは点列コンパクトでは得られない強さです。

定理 チコノフの定理

コンパクト空間の任意個(無限個でもよい)の積は、積位相のもとでコンパクトである。

有限個なら比較的素直ですが、無限積でも成り立つのが驚異で、証明には選択公理第2章)が 本質的に要ります(実はチコノフの定理は選択公理と同値)。前章までの伏線——積位相が「有限個しか制限しない」 ケチな定義だったこと(第9章)——がここで効きます。箱型位相にしていたらチコノフは壊れる。 この定理は関数解析のバナッハ–アラオグルの定理(双対空間の単位球が弱*コンパクト)などを支え、 無限次元でコンパクト性を回収する切り札になります。

局所コンパクト

Rn\mathbb R^n 自身はコンパクトでないのに、各点のまわりは閉球(コンパクト)で囲める。この「局所的な コンパクト性」も有用な概念です。

定義 局所コンパクト

各点がコンパクトな近傍をもつ空間を局所コンパクトという(例:Rn\mathbb R^n、多様体)。

局所コンパクトなハウスドルフ空間には、1点を足してコンパクトにする一点コンパクト化が施せます (Rn\mathbb R^n に無限遠点を足すと球面 SnS^n)。局所コンパクト性は、調和解析(局所コンパクト群上の ハール測度)や、多様体論で「各点の近くは Rn\mathbb R^n と同じ」という良さを支える基盤です。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • 開被覆の定義は「ある被覆で有限化できる」ではなく「任意の被覆で有限化できる」。 一つでも有限部分被覆をもたない開被覆があれば非コンパクト。
  • 点列コンパクトと(開被覆)コンパクトは、一般の位相空間では一致しない。 距離空間でだけ一致する。無限積では開被覆版が正しい。
  • チコノフは無限積まで込みで、選択公理に依存する。有限積の初等的な場合と混同しない。

この章のまとめ

  • 位相空間でのコンパクト性は**「開被覆に有限部分被覆」**で定義する。R\mathbb R(0,1)(0,1) が非コンパクトなのは端・無限方向へ逃げられるから。
  • 心は「局所情報を有限個に圧縮して大域化する」。最大値定理・一様連続・連続像のコンパクト性はこの形で証明される。
  • チコノフの定理:コンパクト空間の任意個の積はコンパクト(選択公理と同値、積位相の定義が本質)。局所コンパクトは各点がコンパクト近傍をもつ性質で、多様体・調和解析の基盤。

最終章は、空間が「ひとつながりか」を測る双子の概念——連結性を扱います。