数学の作り方 How to make Mathematics

第2章 順序と選択公理

「大小」にもいろいろな強さがある

数直線では、どの2数も大小が決まります。でも「集合の包含 \subseteq」を考えると、 {1,2}\{1,2\}{2,3}\{2,3\} はどちらが“大きい”とも言えない——比べられない組がある。 このように、すべてが比べられるとは限らない大小関係を扱うのが順序の理論です。

なぜ順序を気にするのか。無限を相手にすると「大きいものを次々にとって、限界まで行ったら?」 という操作をしたくなるからです。基底の存在(線形代数)、極大イデアル (環論)——「極大なものが存在する」という証明の多くは、順序と、次に述べる 選択公理に支えられています。この章は、その土台を据えます。

順序は「比べられる範囲」で強さが変わる。無限で「極大」を保証する道具が、選択公理系。

3つの順序

定義 半順序・全順序・整列順序

集合上の関係 \le が反射律・反対称律・推移律を満たすとき半順序という (比べられない組があってよい。例:包含 \subseteq)。 さらに任意の2元が比較可能なら全順序(例:R\mathbb R の大小)。 全順序で、かつ空でない任意の部分集合が最小元をもつとき整列順序という(例:N\mathbb N)。

強さは 半順序 ⊂ 全順序 ⊂ 整列順序。整列順序が特別なのは、N\mathbb N のように「必ず最小がある」ため 超限帰納法N\mathbb N の数学的帰納法の一般化)が使えること。R\mathbb R は全順序ですが整列ではありません (開区間 (0,1)(0,1) に最小元がない)。「R\mathbb R を並べ替えて整列順序にできるか?」——これが後半の伏線です。

選択公理:無限個から一斉に「選ぶ」

定義 選択公理(AC)

空でない集合たちの(無限個でもよい)族があるとき、各集合から要素を1つずつ選んだ 組(選択関数)が存在する。

有限個なら「選べる」のは当たり前。1つずつ指させばよい。問題は無限個のとき、 しかも「どう選ぶか」の規則を書き下せないときです。ラッセルのたとえ:無限足の靴なら 「各足の左を選ぶ」と規則が書けるが、無限足の靴下(左右が同じ)では選ぶ規則が書けない。 それでも「選んだ組は存在する」と認めるのが選択公理。存在は言うが、具体的な選び方は与えない—— この非構成的な性質のため、20世紀初頭に大論争を呼びました。

注意 選択公理のご利益と代償

ご利益:ベクトル空間には必ず基底がある、R\mathbb RQ\mathbb Q 上のベクトル空間とみた基底(ハメル基底)がとれる、 可算個の可算集合の和は可算、など「存在」の証明が広く通る。 代償:バナッハ–タルスキーの逆説(球を有限個に分けて2つの同じ球に再構成できる)のような、直感に反する 帰結も生む。現代数学は基本的に AC を採用する。

ツォルンの補題:実戦で使う形

選択公理は「選べる」という素朴な形ですが、証明で実際に使うのはたいてい次の言い換えです。

定理 ツォルンの補題

半順序集合で、どの全順序部分集合(鎖)も上界をもつならば、その集合には極大元が存在する。

読み方:「上へ伸ばしていったとき、どの一本道も天井(上界)を持つなら、いちばん上(極大元)に到達する」。 「極大なものが存在する」を無限でも保証してくれるので、次のような証明の定石になります。

ツォルンで存在を示す型

「ベクトル空間に基底が存在する」:一次独立な集合たちを包含 \subseteq で順序づけ、鎖の和がまた 一次独立(上界)であることを確かめ、ツォルンで極大な一次独立集合=基底を得る。 環論の「単位的環に極大イデアルが存在する」も同じ型。極大な○○が欲しい ⇒ 包含順序+ツォルン、 と覚える。

三者の同値:AC ⇔ ツォルン ⇔ 整列可能定理

これらは形が違うのに、実は論理的に同じ強さです。

定理 整列可能定理と同値性

整列可能定理:任意の集合は、適当な順序で整列順序にできる(R\mathbb R さえも並べ替えて整列できる)。 そして次はすべて同値: 選択公理    ツォルンの補題    整列可能定理.\text{選択公理} \iff \text{ツォルンの補題} \iff \text{整列可能定理}.

「無限個から選べる(AC)」「極大が存在する(ツォルン)」「何でも整列できる(整列可能定理)」—— 見た目はまったく違うのに、一つを認めれば他の二つが導ける。だから普段は「いちばん使いやすい顔」 (多くはツォルン)で呼び出します。R\mathbb R を整列できるとはいえ、その並べ方を具体的に書くことはできない (AC が非構成的だから)——存在は言えるが姿は見えない、という選択公理の本質がここにも表れます。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • 極大元と最大元は違う。 最大元は「全員以上」、極大元は「自分より上が無い」。半順序では極大元が複数あることも、最大元が無いこともある。
  • 整列可能定理は「具体的な整列順序を与える」わけではない。 R\mathbb R の整列順序は存在するが書き下せない。存在と構成は別。
  • ツォルンの条件は「任意の鎖が上界をもつ」。ひとつの鎖だけ確かめても足りない。空の鎖(=全体に下界が要る)も忘れずに。

この章のまとめ

  • 順序は 半順序(比べられない組あり)⊂ 全順序 ⊂ 整列順序(必ず最小元)。整列順序では超限帰納法が使える。
  • 選択公理は「無限個から一斉に選べる」。非構成的だが、基底や極大イデアルの存在など広く効く。
  • 実戦形はツォルンの補題(鎖に上界 ⇒ 極大元)。AC・ツォルン・整列可能定理は三者同値。「極大な○○が欲しい」ときの定石。

ここまでで集合論の土台が整いました。次章から本題の距離空間——「近い」を距離で測る空間へ入ります。