第7章 モーメント写像
変分法のネーターの定理は「連続対称性があれば保存量がある」と教えました。この章では、 それをシンプレクティック幾何の言葉で完成させます。主役はモーメント写像——リー群の対称性から、保存量を 一括して自動的に取り出す装置です。運動量も角運動量も、その成分にすぎない。そして驚くべきことに、トーラスの 対称性の場合、モーメント写像の像は凸多面体になります(アティヤ–ギユマン–スターンバーグ)。対称性・保存量・ 凸幾何が一つに結ばれる、美しい章です。
対称性を保存量に変える
シンプレクティック多様体 にリー群 が作用し、 を保つ(各 が シンプレクティック同相)としましょう。 の各無限小生成元(リー環 の元 )は、 上のベクトル場 を生みます。 を保つので、この は(局所的に)ハミルトン ベクトル場——つまり、それを生むハミルトニアン(保存量) があります。これらを束ねたのがモーメント写像です。
定義 モーメント写像
の作用に対し、写像 (リー環の双対)がモーメント写像とは、各 について、 の 方向成分 が、生成ベクトル場 の ハミルトニアンになること: さらに が -同変(対称性と両立)であることを課す。
モーメント写像は、「対称性 ↦ 対応する保存量 」を一つの写像にまとめたものです。 の各点に、 そこでの全保存量の値( の元)を対応させる。前章の「保存量はポアソン括弧で閉じたリー環をなす」 という構造が、ここで「対称性のリー環 の像」として具体化されます。
ネーターの定理の幾何版
モーメント写像は、-対称なハミルトン系の保存量を保証します。ネーターの定理そのものです。
定理 モーメント写像は保存する(ネーター)
ハミルトニアン が -不変(対称性を持つ)なら、モーメント写像 は の流れに沿って保存する: 各 は保存量()。連続対称性 が、 個の保存量 を生む。
具体例で、モーメント写像が見慣れた保存量であることを確かめましょう。
例 運動量・角運動量はモーメント写像
- 並進対称性( が位置を平行移動)→ モーメント写像は運動量 。
- 回転対称性( が空間を回転)→ モーメント写像は角運動量 。
- 回転(平面を回す)→ モーメント写像は (=面積・エネルギー)。 「運動量」「角運動量」という名前どおり、モーメント(moment)写像はこれらを一般化・統一したもの。
変分法のネーターの定理では「並進→運動量、回転→角運動量」と対応を述べました。 モーメント写像は、その対応を幾何的な写像 として一つにまとめ、任意のリー群の 対称性に一般化したものです。物理の保存量が、シンプレクティック幾何の一つの構造に統合されました。
アティヤ–ギユマン–スターンバーグ:像は凸多面体
モーメント写像の最も驚くべき性質は、トーラス作用の場合に現れます。像が凸多面体になるのです。装置で見ましょう。
定理 凸性定理(アティヤ–ギユマン–スターンバーグ)
コンパクトシンプレクティック多様体にトーラス がシンプレクティックに作用するとき、モーメント 写像 の像は凸多面体(固定点の像を頂点とする凸包)。とくに (トーリック) なら、この多面体(デルザント多面体)が多様体を完全に決める。
なめらかな多様体の上の写像の像が、角ばった凸多面体になる——これは意外です。装置で見たように、 は 線分、 は三角形、 は正方形。多面体の頂点はトーラスの固定点で、 その個数はオイラー標数 に等しい。多面体の辺・面が、多様体の部分多様体に対応する。連続的な幾何 (シンプレクティック多様体)が、**組み合わせ的なデータ(多面体)**に完全に翻訳される——これが トーリック幾何で、複素幾何の射影トーリック多様体・ミラー対称性 (第12章)とも直結します。対称性を突き詰めると、幾何が組み合わせ論になるのです。
注意 つまずきポイント
- モーメント写像は に値をとる。各対称性方向 の保存量 を束ねたもの。運動量・ 角運動量はその成分・特別な場合。
- が対称なら が保存(ネーター)。対称性 の次元だけ保存量が出る。可積分系はこの保存量が たくさんある場合。
- 凸性は驚き。なめらかな写像の像が凸多面体。頂点=固定点、個数=χ。連続幾何が組み合わせデータに (トーリック幾何)。
この章のまとめ
- モーメント写像 : の対称性から保存量を一括で取り出す装置。各方向成分 が生成ベクトル場 のハミルトニアン()。
- ネーターの幾何版: が -不変なら は保存。並進→運動量、回転→角運動量、→。 物理の保存量をリー群の対称性に統一。
- 凸性定理:トーラス作用のモーメント写像の像は凸多面体(頂点=固定点、個数=χ)。トーリック多様体は 多面体で完全に決まる——連続幾何が組み合わせデータに。
- 保存量・対称性・凸幾何が一つに結ばれ、トーリック幾何・ミラー対称性へつながる。
次章は、モーメント写像を使って多様体そのものを“縮める”シンプレクティック簡約(マースデン–ワインスタイン) を扱います。対称性を使って次元を落とし、より小さいシンプレクティック多様体を作る強力な手法です。