⟐ 数学の作り方 How to make Mathematics

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第4章 座標環と射

図形の上の「関数」を集める

零点定理(前章)で、図形とイデアルが一対一になりました。次の一手は、対応を**写像(射)**まで広げること。 そのために、多様体 XX の上に住む「関数」を集めます。XX 上の自然な関数とは、多項式を XX に制限したもの。 ただし XX 上で消える多項式(I(X)I(X) の元)は 00 と区別できないので、それで割った商が「XX 上の多項式関数」の 全体になります。

定義 座標環

アフィン多様体 X⊆AnX\subseteq\mathbb A^n に対し、

k[X]=k[x1,…,xn]/I(X)k[X]=k[x_1,\dots,x_n]/I(X)

を XX の座標環(アフィン環)という。XX 上の多項式関数の全体。XX が既約なら I(X)I(X) は素で、 k[X]k[X] は整域。

座標環 k[X]k[X] は、「多項式全体を、XX 上で消えるもので割った」商環(環論)。図形 XX の代数的な 分身です。零点定理により I(X)I(X) は根基イデアルなので、k[X]k[X] はべき零元をもたない(被約) 有限生成 kk 代数——この形の環がちょうどアフィン多様体に対応します。

例 座標環の例

  • X=AnX=\mathbb A^n:k[X]=k[x1,…,xn]k[X]=k[x_1,\dots,x_n](多項式環そのもの)。
  • 円 X=V(x2+y2−1)X=V(x^2+y^2-1):k[X]=k[x,y]/(x2+y2−1)k[X]=k[x,y]/(x^2+y^2-1)。この環の中では x2+y2=1x^2+y^2=1 が成り立つ。
  • X=X= 一点 {p}\{p\}:k[X]=kk[X]=k(定数だけ)。
  • X=V(xy)X=V(xy)(二直線):k[x,y]/(xy)k[x,y]/(xy)——xy=0xy=0 だが x,y≠0x,y\ne0 の零因子をもつ(既約でない=整域でない)。

射——多様体の間の写像

多様体の間の「良い写像」は、各座標が多項式で書けるもの。これが射です。そして射は、座標環の間の準同型を 逆向きに引き起こします(引き戻し)。

定義 射・多項式写像

多様体 X⊆Am, Y⊆AnX\subseteq\mathbb A^m,\ Y\subseteq\mathbb A^n の間の射(多項式写像)φ:X→Y\varphi:X\to Y とは、 多項式 f1,…,fnf_1,\dots,f_n で φ(p)=(f1(p),…,fn(p))∈Y\varphi(p)=(f_1(p),\dots,f_n(p))\in Y と書けるもの。

定理 射 ↔ 環準同型(引き戻し)

射 φ:X→Y\varphi:X\to Y は、座標環の間の kk 準同型を逆向きに引き起こす:

φ∗:k[Y]→k[X],φ∗(g)=g∘φ\varphi^*:k[Y]\to k[X],\qquad \varphi^*(g)=g\circ\varphi

(YY 上の関数を φ\varphi で XX 上へ引き戻す)。逆に、任意の kk 準同型 k[Y]→k[X]k[Y]\to k[X] はただ一つの射 X→YX\to Y から 来る。

「YY の上の関数 gg を、φ\varphi で XX に引き戻す」(g↦g∘φg\mapsto g\circ\varphi)——圏論で見た 反変関手(引き戻し)そのものです。射 φ\varphi の向き(X→YX\to Y)と、環準同型 φ∗\varphi^* の向き(k[Y]→k[X]k[Y]\to k[X])が 逆なのが要。幾何の矢印と代数の矢印が、向きを反転して対応します。

幾何と代数は「圏として同値」

前章までの対応(図形↔イデアル)が、射まで込めて圏の同値(圏論)に格上げされます。 これが古典代数幾何の総仕上げ——幾何の圏と代数の圏が、本質的に同じものだと言い切る定理です。

定理 幾何と代数の反変圏同値

代数閉体 kk 上で、対応

X ⟼ k[X],φ ⟼ φ∗X\ \longmapsto\ k[X],\qquad \varphi\ \longmapsto\ \varphi^*

は、圏の反変同値(圏論)

{アフィン多様体と射} ≃ {被約有限生成 k 代数と k 準同型}op\{\text{アフィン多様体と射}\}\ \simeq\ \{\text{被約有限生成 }k\text{ 代数と }k\text{ 準同型}\}^{\mathrm{op}}

を与える。幾何の圏と代数の圏は、矢印を逆にして完全に同じ。

これが辞書の完成形です。幾何のあらゆる概念が、代数の概念に翻訳できる——多様体は環、射は準同型、部分多様体は 商環、点は極大イデアル(前章)。幾何の問いを代数計算に、代数の構造を幾何の直感に、自由に翻訳してよい。反変 (矢印が逆)なのは、関数の引き戻しが向きを反転するから(圏論の Hom(−,C)\mathrm{Hom}(-,C) と同じ)。

注意 この同値がスキームの出発点

反変同値「多様体 ↔ 環」を眺めると、自然な問いが湧く——右辺の「環」を、被約・有限生成・kk 代数に限らず “任意の環”にしたらどうなるか。左辺の「多様体」を、それに対応する新しい幾何的対象へ拡張できないか。 その答えが、グロタンディークのスキーム(第10・11章)。Spec⁡\operatorname{Spec} が「任意の環に図形を対応させる」 関手として、この圏同値を極限まで一般化する。古典的辞書の完成が、そのまま現代代数幾何への扉になる。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • 座標環=図形の上の多項式関数。 k[xi]/I(X)k[x_i]/I(X)。XX 上で消える多項式を 00 と同一視した商環。図形の代数的分身。
  • 射と準同型は向きが逆(反変)。 φ:X→Y\varphi:X\to Y に対し φ∗:k[Y]→k[X]\varphi^*:k[Y]\to k[X]。関数の引き戻しだから逆向き。 取り違えない。
  • 対応するのは被約有限生成 kk 代数。 べき零元なし(零点定理=根基)、有限生成(ヒルベルト基底)。任意の環では ない(それはスキーム、第10章)。
  • 圏同値は「本質的に同じ」。 幾何と代数が完全に翻訳し合える。片方で証明すれば他方でも成り立つ。

この章のまとめ

  • 座標環 k[X]=k[x1,…,xn]/I(X)k[X]=k[x_1,\dots,x_n]/I(X)=多様体 XX 上の多項式関数の全体。零点定理より被約な有限生成 kk 代数。既約なら整域。
  • 射 φ:X→Y\varphi:X\to Y(多項式写像)は、座標環の準同型 φ∗:k[Y]→k[X]\varphi^*:k[Y]\to k[X] を逆向きに引き起こす(引き戻し、圏論の反変)。射と準同型は一対一。
  • 反変圏同値:{アフィン多様体と射}≃{被約有限生成 k 代数}op\{\text{アフィン多様体と射}\}\simeq\{\text{被約有限生成 }k\text{ 代数}\}^{\mathrm{op}}。幾何と代数は矢印を逆にして完全に同じ。
  • 「環を任意にしたら?」という問いがスキームを生む。Part I(アフィン多様体)はここまで。次章から射影多様体へ——なぜ図形を射影空間で完備化するのかを見ます。

次章では、射影空間 Pn\mathbb P^n と斉次座標を導入し、無限遠点を加えて交わりを完備化する動機を、平行線の交わりで体感します。