数学の作り方 How to make Mathematics

第5章 射影空間 — なぜ完備化するか

「例外」をなくしたい

アフィン平面での幾何には、目障りな例外がつきまといます。「相異なる二直線は一点で交わる——ただし平行な 場合を除く」。「二次曲線と直線は二点で交わる——ただし接するときや、交点が消えるときを除く」。この 「ただし〜を除く」を消し去りたい。すべての場合を例外なく統一したい。

その願いを叶えるのが射影空間です。アイデアは、無限遠に“点”を追加すること。平行線は「無限遠点で交わる」 とみなす。すると「二直線は必ず一点で交わる」が例外なく成り立ち、図形の交わりが完備になります。まず 平行線の交わりを体感しましょう。

線 A の傾きは 0.50 に固定

線 B の傾きを線 A(傾き 0.5)に近づけると、二直線の交点が遠くへ逃げていきます。ちょうど平行になった 瞬間、交点は無限遠へ——射影平面ではそこに「無限遠点」があり、二直線はそこで交わる。同じ傾きの平行線の束 (薄い線)はすべてこの同じ無限遠点を共有します。方向ひとつに、無限遠点ひとつ。射影空間は、この無限遠点を 正式な住人に加えた空間です。

射影空間=アフィン空間に「各方向の無限遠点」を加えた完備な空間。平行線も交わり、交わりから例外が消える。

射影空間の定義

無限遠点を対等に扱うには、座標を工夫します。点を「原点を通る直線」で表し、スカラー倍を同一視するのです。

定義 射影空間・斉次座標

kn+1{0}k^{n+1}\setminus\{0\} に、比例による同値関係 (x0,,xn)(λx0,,λxn)(x_0,\dots,x_n)\sim(\lambda x_0,\dots,\lambda x_n)λ0\lambda\ne0)を 入れた商を射影空間 Pn\mathbb P^n という。点を [x0:x1::xn][x_0:x_1:\dots:x_n]斉次座標)と書く (比だけが意味をもつ)。Pn\mathbb P^n=「kn+1k^{n+1} の原点を通る直線の全体」。

[x0::xn][x_0:\dots:x_n] は「比」だけが意味をもつ座標。[2:4]=[1:2][2:4]=[1:2] です。Pn\mathbb P^nkn+1k^{n+1} の原点を通る直線 (11 次元部分空間)の全体、と読めます。この「一段上の空間で直線を点とみなす」視点が、アフィンと無限遠を 対等にします。

アフィン空間+無限遠

射影空間は、アフィン空間に無限遠を貼り足したものだと、座標で明示できます。x00x_0\ne0 の部分がアフィン、 x0=0x_0=0 の部分が無限遠です。

定理 射影空間の分解

Pn\mathbb P^n は、アフィン部分と無限遠部分に分かれる:

Pn={[1:x1::xn]} An (アフィン)  {[0:x1::xn]} Pn1 (無限遠).\mathbb P^n=\underbrace{\{[1:x_1:\dots:x_n]\}}_{\cong\ \mathbb A^n\ (\text{アフィン})}\ \sqcup\ \underbrace{\{[0:x_1:\dots:x_n]\}}_{\cong\ \mathbb P^{n-1}\ (\text{無限遠})}.

x00x_0\ne0 なら [x0::xn]=[1:x1/x0:][x_0:\dots:x_n]=[1:x_1/x_0:\dots] でアフィン点、x0=0x_0=0 が無限遠点(Pn1\mathbb P^{n-1} ぶん)。

たとえば射影平面 P2\mathbb P^2 は「アフィン平面 A2\mathbb A^2 + 無限遠の P1\mathbb P^1(直線)」。無限遠の P1\mathbb P^1 が 「各方向に一つずつの無限遠点」を集めた無限遠直線です。平行線は方向が同じ=無限遠直線上の同じ点を共有し、 そこで交わる。デモで見た「方向ひとつ=無限遠点ひとつ」が、x0=0x_0=0Pn1\mathbb P^{n-1} として厳密になりました。

注意 覆いとして——複数のアフィン地図

x00x_0\ne0 だけでなく、各 xi0x_i\ne0 の部分もアフィン空間 An\mathbb A^n になる。Pn\mathbb P^nn+1n+1 枚のアフィン地図 Ui={xi0}U_i=\{x_i\ne0\} で覆われ、どの点も少なくとも一枚に写る。多様体を地図帳で覆ったのと同じ発想 ——射影空間は「アフィン地図を貼り合わせた」空間。この“貼り合わせ”の視点が、第6章の射影多様体、そして 第11章のスキーム(アフィンを貼る)へ直結する。

射影化がもたらす完備性

無限遠を加える最大の御利益は、交わりが完備になること。その頂点が、次数だけで交点数を言い当てるベズーの定理 です(証明は与えず、思想を述べます)。

定理 ベズーの定理(射影版)

射影平面 P2\mathbb P^2 上で、共通成分をもたない次数 ddee の曲線は、(無限遠点・複素点・重複度も込めて) ちょうど ded\cdot e 点で交わる。

アフィンでは「放物線と直線が一点でしか交わらない(もう一点は無限遠)」「二円が二点で交わるはずが消える (複素点や無限遠)」といった例外だらけでした。射影化して無限遠点・複素点・重複度をすべて数えると、交点数は 次数の積 dede ちょうど——例外が完全に消えます。「無限遠を足すと数が合う」——射影空間が“正しい”舞台で ある証拠です。第1章の「複素で考える」に、ここで「射影で考える」が加わりました。

注意 なぜ完備性が欲しいのか

射影多様体は(複素)コンパクト——アフィンのように“端が開いて逃げる”ことがない。複素解析リーマン幾何でコンパクト性が理論をきれいにしたのと同様、代数幾何でも完備(射影)な 対象は「交点数が保たれる」「大域的な不変量が定まる」など桁違いに扱いやすい。だから代数幾何の主役は、 アフィンよりむしろ射影多様体。無限遠を足すのは、対象を閉じて完備にするため。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • 斉次座標は「比」。 [x0::xn][x_0:\dots:x_n] はスカラー倍を同一視。[2:4]=[1:2][2:4]=[1:2]。個々の値でなく比が点を決める。
  • 無限遠点は「方向」。 各方向に一つ。平行線は同じ方向=同じ無限遠点で交わる。Pn=AnPn1\mathbb P^n=\mathbb A^n\sqcup\mathbb P^{n-1}
  • 射影化で交わりが完備(ベズー)。 無限遠点・複素点・重複度を数えると交点数が次数の積 dede ちょうど。例外が 消える。
  • 射影多様体はコンパクト。 アフィンより扱いやすい。だが Pn\mathbb P^n 全体で消える多項式は定数だけ(大域正則関数が 貧弱)——アフィンとは逆の性質。

この章のまとめ

  • アフィン幾何の「例外(平行・交点消失)」を消すため、無限遠点を加える。方向ひとつに無限遠点ひとつ。
  • 射影空間 Pn\mathbb P^n=斉次座標 [x0::xn][x_0:\dots:x_n](比のみ意味をもつ)=kn+1k^{n+1} の原点を通る直線の全体。Pn=AnPn1\mathbb P^n=\mathbb A^n\sqcup\mathbb P^{n-1}(アフィン+無限遠)、n+1n+1 枚のアフィン地図で覆える。
  • 射影化で交わりが完備ベズーの定理:交点数=次数の積 dede)。射影多様体はコンパクトで扱いやすい。
  • 射影空間の上で図形を定義するには、斉次多項式が要る。次章では、斉次イデアルと射影多様体、そしてアフィンとの貼り合わせを扱います。

次章では、斉次多項式・斉次イデアルで射影多様体を定義し、射影版の零点定理とアフィン地図での貼り合わせを見ます。