数学の作り方 How to make Mathematics

第6章 射影多様体

斉次多項式でなければならない理由

射影空間 Pn\mathbb P^n(前章)の点は斉次座標 [x0::xn][x_0:\dots:x_n]——比だけが意味をもち、スカラー倍で同一視されて いました。ここで問題が起きます。ふつうの多項式 f(x0,,xn)f(x_0,\dots,x_n) の「零点」は、Pn\mathbb P^n で well-defined でしょうか。f(x)=0f(x)=0 でも、スカラー倍した f(λx)f(\lambda x)00 とは限らない——同じ点 [x]=[λx][x]=[\lambda x] なのに 零点かどうかが揺らいでは困ります。

解決は斉次多項式を使うこと。全項の次数が揃っていれば f(λx)=λdf(x)f(\lambda x)=\lambda^d f(x) となり、f(x)=0    f(λx)=0f(x)=0\iff f(\lambda x)=0 ——零点が比だけで決まり、Pn\mathbb P^n 上で意味をもちます。射影の図形は斉次多項式で定義せねばならないのです。

射影多様体は斉次多項式の零点。f(λx)=λdf(x)f(\lambda x)=\lambda^d f(x) なら零点が比で決まり、Pn\mathbb P^n 上で well-defined。

斉次イデアルと射影多様体

定義 斉次多項式・射影多様体

すべての項の次数が dd で揃った多項式を斉次多項式dd 次形式)という。斉次多項式で生成される イデアルを斉次イデアルという。斉次多項式の集合 SS に対し

V+(S)={[x]Pn:f(x)=0 (fS 斉次)}V_+(S)=\{\,[x]\in\mathbb P^n : f(x)=0\ (\forall f\in S\ \text{斉次})\,\}

射影代数的集合、既約なものを射影多様体という。

射影多様体の例

  • 超曲面 V+(f)V_+(f):一つの dd 次形式の零点(P2\mathbb P^2 の射影曲線など)。
  • 射影直線・射影平面P1P2\mathbb P^1\subset\mathbb P^2 は一次形式 V+(ax0+bx1+cx2)V_+(ax_0+bx_1+cx_2)
  • 円錐曲線の射影版V+(x0x2x12)V_+(x_0x_2-x_1^2)——射影版の放物線/双曲線/楕円は、射影平面ではすべて同じ(射影 変換で移り合う)。アフィンで別々だった二次曲線が、射影では一種類に統一される。

アフィンで「放物線・双曲線・楕円」と分かれていた円錐曲線が、射影平面では射影変換で移り合う一種類になる ——これも射影化の御利益です。無限遠での振る舞い(放物線は無限遠直線に接する、双曲線は二点で交わる、楕円は 交わらない)の違いだけで、本体は同じ曲線。射影の目で見ると図形の分類がすっきりします。

射影零点定理

アフィンの零点定理(第3章)は射影版もあります。ただし一つ注意——原点 x=0x=0Pn\mathbb P^n の点でないので、 「V+=V_+=\varnothing」の扱いに例外(無関係イデアル)が要ります。

定理 射影版ヒルベルトの零点定理

kk を代数閉体、JJ を斉次イデアルとする。m+=(x0,,xn)\mathfrak m_+=(x_0,\dots,x_n)無関係イデアル)とおくと、

V+(J)=      Jm+ (ある d で m+dJ).V_+(J)=\varnothing\ \iff\ \sqrt J\supseteq\mathfrak m_+\ (\text{ある }d\text{ で }\mathfrak m_+^d\subseteq J).

また V+(J)V_+(J)\ne\varnothing なら I+(V+(J))=JI_+(V_+(J))=\sqrt J

m+=(x0,,xn)\mathfrak m_+=(x_0,\dots,x_n) は「原点だけの零点」に対応する斉次イデアルで、Pn\mathbb P^n では点を定めない (原点は射影空間の外)。だから射影版では「V+=V_+=\varnothing」が「JJ が無関係イデアル m+\mathfrak m_+ を含む」に 対応します。この一点の但し書きを除けば、アフィンと同じ「図形 ↔ 斉次根基イデアル」の辞書が成り立ちます。

アフィン地図での貼り合わせ

射影多様体を実際に扱うには、前章の「Pn\mathbb P^nn+1n+1 枚のアフィン地図で覆える」を使います。射影多様体を、 各アフィン地図に制限したアフィン多様体の貼り合わせとして見るのです。

定理 射影多様体は局所的にアフィン

射影多様体 XPnX\subseteq\mathbb P^n を、アフィン地図 Ui={xi0}AnU_i=\{x_i\ne0\}\cong\mathbb A^n に制限した XUiX\cap U_iアフィン多様体XX は、これら n+1n+1 個のアフィン片 XUiX\cap U_i を重なりで貼り合わせたもの。

やり方は非斉次化斉次化の往復です。U0={x00}U_0=\{x_0\ne0\}x0=1x_0=1 とおくと斉次多項式 f(x0,,xn)f(x_0,\dots,x_n) がアフィン多項式 f(1,y1,,yn)f(1,y_1,\dots,y_n) になり(非斉次化)、逆に次数を揃えて x0x_0 を補うと 斉次に戻る(斉次化)。射影の図形は、局所的にはアフィンの図形。だから第1〜4章で作ったアフィンの道具 (座標環・零点定理・射)が、地図ごとに使えます。

注意 貼り合わせ=多様体・スキームの発想

「アフィン片を貼り合わせて大域的な図形を作る」——これは多様体論でチャートを貼ってなめらかな 空間を作ったのと同じ発想。射影多様体は「アフィン多様体を貼り合わせたもの」であり、この見方を極限まで 一般化すると、第11章のスキーム(アフィンスキーム Spec\operatorname{Spec} を貼り合わせる)になる。局所は アフィン(=環)、大域は貼り合わせ——現代代数幾何の基本構造がここに芽生えている。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • 射影の図形は斉次多項式で定義。 非斉次だと零点が比で決まらず well-defined でない。f(λx)=λdf(x)f(\lambda x)=\lambda^d f(x) が 必要。
  • 斉次多項式の“値”は Pn\mathbb P^n で定義できない、零点だけ。 f(x)f(x) の値はスカラー倍で変わる。意味をもつのは 「f=0f=0 か否か」だけ。
  • 射影零点定理には無関係イデアル m+\mathfrak m_+ の例外。 原点は射影空間の点でないため。V+=    Jm+V_+=\varnothing\iff\sqrt J\supseteq\mathfrak m_+
  • 射影多様体は局所的にアフィン。 各地図でアフィン多様体、それを貼り合わせる。アフィンの道具が地図ごとに 使える。

この章のまとめ

  • 射影多様体は斉次多項式の零点 V+(S)V_+(S)f(λx)=λdf(x)f(\lambda x)=\lambda^d f(x) で零点が比で決まる)。斉次イデアルで定義。射影版では放物線/双曲線/楕円が一種類に統一される。
  • 射影版ヒルベルトの零点定理V+(J)=    JV_+(J)=\varnothing\iff\sqrt J\supseteq 無関係イデアル m+\mathfrak m_+。それ以外はアフィンと同じ「図形↔斉次根基イデアル」。
  • 射影多様体は n+1n+1 枚のアフィン地図で覆え、各片はアフィン多様体(非斉次化↔斉次化)。局所はアフィン、大域は貼り合わせ——スキームの発想の芽。
  • 図形が定義できたら、その「大きさ」を測りたい。次章では、多様体の次元・次数・特異点を導入します。

次章では、射影・アフィン多様体の次元と次数、そして特異点(勾配が消える点)と非特異性のヤコビ判定を扱います。