数学の作り方 How to make Mathematics

第7章 次元・次数・特異点

多様体を測る三つのものさし

図形(多様体)が定義できたら、その「かたち」を数で捉えたくなります。曲線か曲面か(次元)、どれくらい 込み入っているか(次数)、滑らかか尖っているか(特異点)。この三つのものさしが、多様体の基本的な 姿を数値化します。とくに特異点——曲線が自分と交わる節点や、尖る尖点——は、代数(勾配の消滅)で正確に 検出でき、幾何の直感(滑らかさ)と結びつきます。

次元=図形の広がり、次数=込み入り具合、特異点=滑らかでない点(勾配が消える)。多様体を測る三つの数。

次元

次元は「図形がどれだけ広がっているか」。直感どおり、点は 00、曲線は 11、曲面は 22。これを、既約閉集合の 鎖の長さ(=座標環のクルル次元)で厳密に定めます。

定義 次元

多様体 XX次元 dimX\dim X を、既約閉集合の真の増大鎖

X0X1XdXX_0\subsetneq X_1\subsetneq\cdots\subsetneq X_d\subseteq X

の長さ dd の最大値と定める。座標環のクルル次元(素イデアルの鎖の長さ、環論)に等しい。

「点 \subsetneq 曲線 \subsetneq 曲面 \subsetneq\cdots」という既約閉集合の入れ子の最大の長さが次元。An,Pn\mathbb A^n,\mathbb P^n は 次元 nn、超曲面 V(f)V(f)(一本の方程式)は次元 n1n-1——一つ方程式を課すごとに一次元下がる、という直感が そのまま成り立ちます。幾何の次元が、代数の素イデアルの鎖の長さ(クルル次元)と一致するのが、辞書の また一つの現れです。

次数

次数は「多様体がどれだけ込み入っているか」。射影多様体を、一般の線形部分空間で切ったときの交点数で測ります。

定義 次数

射影多様体 XPnX\subseteq\mathbb P^n(次元 dd)の次数 degX\deg X を、一般の位置にある (nd)(n-d) 次元線形 部分空間 LL との交点数 #(XL)\#(X\cap L) と定める(重複度込み)。

超曲面 V+(f)V_+(f)ffdd 次形式)の次数は dd——直線で切ると dd 点で交わる(ベズー、第5章)。 次数は、多様体の“曲がり具合・広がりの複雑さ”を一つの整数に凝縮します。次元が「何次元か」、次数が「その中で どれだけ大きいか」を表す、と覚えるとよいでしょう。

特異点と非特異性

三つ目のものさしが特異点。曲線が節点で自分と交わったり、尖点で尖ったりする「滑らかでない点」です。代数で 正確に検出できます——その点で、定義多項式のすべての偏微分(勾配)が同時に消えるとき、特異点です。

定義 特異点・非特異点(ヤコビ判定)

超曲面 V(f)V(f) の点 pp非特異(滑らか)であるとは、勾配 f(p)=(1f(p),,nf(p))0\nabla f(p)=(\partial_1 f(p),\dots,\partial_n f(p))\ne 0 であること。f(p)=0\nabla f(p)=0(かつ f(p)=0f(p)=0)のとき pp特異点という。一般にはヤコビ行列の階数で 判定する(ヤコビ判定法)。

なぜ勾配の消滅が特異点なのか。非特異点では勾配 f(p)0\nabla f(p)\ne0 が接超平面 f(p)(xp)=0\nabla f(p)\cdot(x-p)=0 を定め、 陰関数定理により図形は局所的に滑らかなグラフになります。勾配が消えると接平面が定まらず、 節点(二方向の接線)や尖点(尖り)が生じる。第1章の零点集合プロッタで確かめましょう。

節点(y2=x2(x+1)y^2=x^2(x+1))と尖点(y2=x3y^2=x^3)を選ぶと、原点に特異点(青い印)が現れます。そこで曲線が自分と 交わる(節点)か尖る(尖点)。一方、円・放物線・楕円曲線 y2=x3xy^2=x^3-x は全点で滑らか(特異点なし)——勾配が どこでも消えないからです。式の性質(勾配の消滅)が、図形の性質(尖り)にそのまま対応します。

定理 非特異点での接空間

非特異点 pp での接空間(ザリスキ接空間)は、XX の次元 dd に等しい次元をもつ。特異点では接空間の 次元が跳ね上がる(>d>d)。したがって「接空間の次元が多様体の次元を超える点」が特異点。

特異点は「接空間が太る点」とも言えます。滑らかな点では接空間が図形の次元ぴったり(曲線なら接線一本)、 特異点では接空間が跳ね上がる(節点では接線が二本=接空間が 22 次元に太る)。この「接空間の跳ね上がり」による 特異点の検出は、超曲面に限らず一般の多様体で使える(ザリスキ接空間による内在的定義)ものです。

注意 滑らかな多様体は微分幾何とつながる

すべての点が非特異な多様体を非特異多様体(滑らかな多様体)という。複素数上の非特異射影多様体は、 複素多様体——なめらかな多様体であり、微分幾何リーマン幾何の対象でもある。代数幾何と微分幾何が出会う場所。特異点の解消 (特異な多様体を非特異なもので置き換える、広中の定理)は、代数幾何の一大テーマ。y2=x3xy^2=x^3-x のような 非特異楕円曲線は、複素数上ではトーラス(11 次元複素多様体)になり、群構造をもつ——数論の主役へ。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • 次元はクルル次元(素イデアルの鎖)。 幾何の次元=代数の鎖の長さ。超曲面は一つ下がって n1n-1 次元。
  • 次数は一般の線形空間との交点数。 超曲面なら定義多項式の次数。込み入り具合を測る整数。
  • 特異点=勾配が同時に消える点。 f(p)=0f(p)=0 かつ f(p)=0\nabla f(p)=0。接平面が定まらず、節点・尖点が生じる。
  • 特異点では接空間が太る。 非特異なら接空間の次元=多様体の次元、特異点では跳ね上がる。ザリスキ接空間で 内在的に判定。

この章のまとめ

  • 次元=既約閉集合の鎖の長さ=座標環のクルル次元環論)。超曲面は n1n-1 次元。次数=一般の線形空間との交点数(超曲面なら定義多項式の次数)。
  • 特異点f(p)=0f(p)=0 かつ勾配 f(p)=0\nabla f(p)=0ヤコビ判定)。節点・尖点が生じ、接平面が定まらない。非特異点では接空間の次元=多様体の次元、特異点では接空間が太る
  • 全点が非特異な非特異多様体複素多様体微分幾何とつながる。非特異楕円曲線はトーラス=数論の主役。
  • Part II(射影多様体)はここまで。次章から現代代数幾何へ。まず、局所的な関数の情報を貼り合わせる道具——層を導入します。

次章では、局所的な関数の情報を大域に貼り合わせる層(前層・層・貼り合わせ公理・茎)を導入します。