数学の作り方 How to make Mathematics

第11章 ポアンカレ双対性

多様体には、隠れた鏡映対称性がある

前章でコホモロジー HnH^n を作りました。一般の空間では、ホモロジー HnH_n とコホモロジー HnH^n、そして異なる次元の 間に特別な関係はありません。ところが空間が閉じた向きづけ可能な多様体(境界のない、表裏のある nn 次元空間)だと、 驚くべき対称性が現れます——ポアンカレ双対性

Hk(M)  Hnk(M).H_k(M)\ \cong\ H^{n-k}(M).

kk 次元のホモロジーと (nk)(n-k) 次元のコホモロジーが同型。nn 次元多様体の穴の構造が、次元 kknkn-k鏡映対称に なっているのです。トーラス(22 次元)なら H0H2H_0\cong H^2H1H1H_1\cong H^1H2H0H_2\cong H^0。この対称性の幾何的な意味は 「相補的な次元のサイクルが交わる」——nn 次元多様体で、kk 次元と (nk)(n-k) 次元のサイクルは一般に点で交わり、 その交わりがペアリングを与える。ポアンカレが 18951895 年に発見したこの双対性は、多様体論・代数幾何数論・物理を貫く、トポロジーで最も美しい定理の一つです。

ポアンカレ双対性:閉じた向きづけ可能 nn 次元多様体で Hk(M)Hnk(M)H_k(M)\cong H^{n-k}(M)。穴の構造が kknkn-k で鏡映対称。

ベッチ数とねじれ

まず、ホモロジー群を「数」に落とす言葉を整えます。有限生成アーベル群の構造定理より、 Hn(X)Zbn(有限アーベル群)H_n(X)\cong\mathbb Z^{b_n}\oplus(\text{有限アーベル群}) と分解されます。

定義 ベッチ数・ねじれ

Hn(X)H_n(X) の自由部分の階数 bn=rankHn(X)b_n=\operatorname{rank}H_n(X) を第 nn ベッチ数nn 次元の穴の“個数”)、有限部分を ねじれという。ベッチ数は nn 次元の独立な穴の数、ねじれはRP2\mathbb{RP}^2Z/2\mathbb Z/2 のような 「向きの捻れ」を表す。

普遍係数定理より、コホモロジーのベッチ数もホモロジーと同じ bnb_n。オイラー標数は χ=(1)nbn\chi=\sum(-1)^nb_n前章)。これらの数の間に、多様体では次の対称性が課されます。

ポアンカレ双対性

定義 閉多様体・向きづけ可能

境界のないコンパクトな nn 次元多様体閉多様体という。nn 次元の「基本類」[M]Hn(M)[M]\in H_n(M) が とれる(Hn(M)=ZH_n(M)=\mathbb Z)とき向きづけ可能という(表裏の区別がつく。メビウスの帯・RP2\mathbb{RP}^2 は向きづけ不可能)。

定理 ポアンカレ双対性

MM を閉じた向きづけ可能な nn 次元多様体とすると、基本類 [M][M] とのキャップ積が同型 Hk(M)    Hnk(M)(各 k)H^k(M)\ \xrightarrow{\ \cong\ }\ H_{n-k}(M)\qquad(\text{各 }k) を与える。ゆえ Hk(M)Hnk(M)Hnk(M)H_k(M)\cong H^{n-k}(M)\cong H_{n-k}(M)(自由部分について)。

証明

(要点。)向きづけ可能ゆえ基本類 [M]Hn(M)[M]\in H_n(M) が定まり、キャップ積 αα[M]\alpha\mapsto\alpha\frown[M]前章のカップ積の 双対)が Hk(M)Hnk(M)H^k(M)\to H_{n-k}(M) を与える。局所的に Rn\mathbb R^n(多様体の定義)で成り立つ双対を、マイヤー–ヴィートリスで 貼り合わせて大域的な同型を得る。∎

幾何的な意味は交差です。nn 次元多様体で、kk 次元サイクル AA(nk)(n-k) 次元サイクル BB は、次元が相補的 (k+(nk)=nk+(n-k)=n)なので一般の位置で有限個の点で交わる。その交点数(符号つき)ABA\cdot B が、双対性のペアリング。 前章のトーラスの経線と緯線が交わってカップ積が非零だったのが、まさにこれ——11 次元と 11 次元の サイクルが 22 次元トーラス上で交わる。

トーラスの双対性

T2T^2n=2n=2):H0=ZH2=ZH_0=\mathbb Z\cong H_2=\mathbb Z00 次元の点 ↔ 22 次元の全体)、H1=Z2H1=Z2H_1=\mathbb Z^2\cong H_1=\mathbb Z^2(経線 ↔ 緯線、 交わってペアになる)。ベッチ数 b0=1,b1=2,b2=1b_0=1,b_1=2,b_2=1k2kk\leftrightarrow2-k対称

双対性の帰結

ポアンカレ双対性は、多様体のベッチ数に強い制約を課します。

ベッチ数の対称性とオイラー標数

閉じた向きづけ可能 nn 次元多様体で:

  1. ベッチ数の対称性bk=bnkb_k=b_{n-k}
  2. 奇数次元のオイラー標数は 00nn が奇数なら χ(M)=0\chi(M)=0

証明

1 はポアンカレ双対性 HkHnkH_k\cong H^{n-k}普遍係数定理bnk(Hnk)=bnk(Hnk)b_{n-k}(H^{n-k})=b_{n-k}(H_{n-k}))から。 2:χ=k(1)kbk\chi=\sum_k(-1)^kb_k で、bk=bnkb_k=b_{n-k} より項 (1)kbk(-1)^kb_k(1)nkbnk(-1)^{n-k}b_{n-k} が対をなす。nn 奇数なら (1)nk=(1)k(-1)^{n-k}=-(-1)^k で各対が打ち消し、χ=0\chi=0。∎

「奇数次元の閉多様体はオイラー標数 00」——たとえば 33 次元多様体(宇宙の形の候補!)は必ず χ=0\chi=011 次元の S1S^1χ=0\chi=0。これは双対性による強い制約で、どんな 33 次元閉多様体もこの性質を免れません。逆に 偶数次元では豊かな構造が可能で、44 次元多様体論(交差形式、ドナルドソン理論)は現代トポロジーの最前線です。

注意 向きづけ不可能な場合

向きづけ不可能な多様体(RP2\mathbb{RP}^2、クラインの壺)では、整数係数のポアンカレ双対性は崩れる(基本類 [M]Hn[M]\in H_n がとれない、 H2(RP2;Z)=0H_2(\mathbb{RP}^2;\mathbb Z)=0)。ただし Z/2\mathbb Z/2 係数なら常に成り立つ。向きづけ可能性が、整数係数の双対性の鍵。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • ポアンカレ双対性は閉じた向きづけ可能多様体で。 境界があったり向きづけ不可能だと(整数係数では)崩れる。一般の空間では成り立たない。
  • HkHnkH_k\cong H^{n-k}(次元が相補的)。 kknkn-k が対応。ベッチ数が bk=bnkb_k=b_{n-k} と対称。
  • 幾何的意味は交差(相補次元のサイクルが点で交わる)。 カップ積・交差数と結びつく。
  • 奇数次元閉多様体は χ=0\chi=0 双対性の帰結。33 次元多様体は必ず χ=0\chi=0

この章のまとめ

  • ベッチ数 bn=rankHnb_n=\operatorname{rank}H_nnn 次元の穴の数)、ねじれZ/2\mathbb Z/2 等)。普遍係数定理よりコホモロジーも同じベッチ数。
  • ポアンカレ双対性:閉じた向きづけ可能 nn 次元多様体で Hk(M)Hnk(M)H_k(M)\cong H^{n-k}(M)(基本類とのキャップ積)。幾何的には相補次元サイクルの交差
  • 帰結:ベッチ数の対称性 bk=bnkb_k=b_{n-k}奇数次元閉多様体の χ=0\chi=0。向きづけ可能性が整数係数双対性の鍵。

最終章は、この分野で作った不変量の全体像と、曲面の完全分類・他分野への広がりを俯瞰します。