⟐ 数学の作り方 How to make Mathematics

↑ ↓ 移動 Enter 開く Esc 閉じる

第8章 切除とマイヤー–ヴィートリス系列

空間を貼り合わせて、ホモロジーを計算する

前章の長完全系列に続く、ホモロジー計算のもう一つの主力がこの章です。π1\pi_1 にファン・カンペンの定理が あったように、ホモロジーにはマイヤー–ヴィートリス系列があります——空間 XX を2つの部分 A,BA,B に分けると、 Hn(X)H_n(X) が Hn(A),Hn(B),Hn(A∩B)H_n(A),H_n(B),H_n(A\cap B) の完全系列で結ばれる。「部分のホモロジーから全体を組み立てる」定理です。

その土台が切除定理——「共通部分を切り取っても相対ホモロジーは変わらない」という、一見地味だが強力な性質。 これらを使うと、いよいよ球面のホモロジー Hn(Sk)H_n(S^k) が計算できます。SkS^k は「kk 次元の空洞が1つ」で、 Hk(Sk)=ZH_k(S^k)=\mathbb Z、他は 00(n≠0,kn\ne0,k)。この計算が、次元を区別する決定的な不変量を与え、「Rm≅Rn⇒m=n\mathbb R^m\cong\mathbb R^n\Rightarrow m=n」 (次元の位相不変性)という基本事実まで導きます。ファン・カンペンとマイヤー–ヴィートリスは、π1\pi_1 とホモロジーの 「部分から全体へ」という並行した計算原理です。

マイヤー–ヴィートリス:X=A∪BX=A\cup B なら Hn(X)H_n(X) が Hn(A),Hn(B),Hn(A∩B)H_n(A),H_n(B),H_n(A\cap B) の完全系列で結ばれる。球面のホモロジーが計算できる。

切除定理

定理 切除定理

Z⊆A⊆XZ\subseteq A\subseteq X で Z‾⊆int⁡A\overline Z\subseteq\operatorname{int}A(ZZ の閉包が AA の内部に収まる)なら、包含は同型 Hn(X∖Z, A∖Z) ≅ Hn(X,A)H_n(X\setminus Z,\ A\setminus Z)\ \cong\ H_n(X,A) を誘導する。すなわち「AA の内部にある ZZ を切除しても相対ホモロジーは変わらない」。

「AA の奥にある部分 ZZ を切り取っても、(X,A)(X,A) の相対ホモロジーは同じ」——相対ホモロジーが AA の外側の情報 だけで決まる、という直感です。証明は「大きい単体を細分して、AA の内部か X∖ZX\setminus Z の内部に収まるようにする」 (重心細分)で、ホモロジーが小さい単体だけで計算できることを使います。切除は、次のマイヤー–ヴィートリスを生みます。

マイヤー–ヴィートリス系列

定理 マイヤー–ヴィートリス系列

X=int⁡A∪int⁡BX=\operatorname{int}A\cup\operatorname{int}B(A,BA,B で内部が XX を覆う)とすると、次の長完全系列が存在する: ⋯→Hn(A∩B)→(i∗,j∗)Hn(A)⊕Hn(B)→k∗−l∗Hn(X)→∂∗Hn−1(A∩B)→⋯\cdots\to H_n(A\cap B)\xrightarrow{(i_*,j_*)}H_n(A)\oplus H_n(B)\xrightarrow{k_*-l_*}H_n(X)\xrightarrow{\partial_*}H_{n-1}(A\cap B)\to\cdots (i,j,k,li,j,k,l は包含。A∩BA\cap B の類を A,BA,B 両方へ送り、差をとって XX で消える、というのが完全性の心。)

証明

(要点。)鎖複体の短完全系列 0→C∗(A∩B)→C∗(A)⊕C∗(B)→C∗(A+B)→00\to C_*(A\cap B)\to C_*(A)\oplus C_*(B)\to C_*(A+B)\to0(C∗(A+B)C_*(A+B) は AA または BB に 入る鎖の和)に蛇の補題を適用。切除(重心細分)より C∗(A+B)C_*(A+B) のホモロジーは H∗(X)H_*(X) に一致する。∎

ファン・カンペン(π1\pi_1 を融合積で)とまったく同じ精神——「X=A∪BX=A\cup B を、部分と共通部分の 情報で組み立てる」。ただしホモロジーはアーベルなので、融合積の代わりに完全系列という直線的な道具になり、 はるかに計算しやすい。実際に球面で使ってみます。

球面のホモロジー

定理 球面のホモロジー

k≥1k\ge1 について Hn(Sk)={Z(n=0 または n=k)0(その他)H_n(S^k)=\begin{cases}\mathbb Z&(n=0\ \text{または}\ n=k)\\ 0&(\text{その他})\end{cases} (連結成分 11 つと、kk 次元の空洞 11 つ)。

証明

kk に関する帰納法。SkS^k を A=A=「北極を除く」、B=B=「南極を除く」で覆う。A,BA,B はともに可縮(≃Rk\simeq\mathbb R^k、Hn=0 (n≥1)H_n=0\ (n\ge1))、 A∩B≃Sk−1A\cap B\simeq S^{k-1}(赤道の近傍)。マイヤー–ヴィートリス系列で、n≥2n\ge2 の部分は 0=Hn(A)⊕Hn(B)→Hn(Sk)→∂∗Hn−1(Sk−1)→Hn−1(A)⊕Hn−1(B)=00=H_n(A)\oplus H_n(B)\to H_n(S^k)\xrightarrow{\partial_*}H_{n-1}(S^{k-1})\to H_{n-1}(A)\oplus H_{n-1}(B)=0 (A,BA,B 可縮)より Hn(Sk)≅Hn−1(Sk−1)H_n(S^k)\cong H_{n-1}(S^{k-1})(n≥2n\ge2)。帰納法の仮定(Sk−1S^{k-1} のホモロジー)を代入すると、 Hk(Sk)≅Hk−1(Sk−1)≅⋯≅H1(S1)=ZH_k(S^k)\cong H_{k-1}(S^{k-1})\cong\cdots\cong H_1(S^1)=\mathbb Z、他は 00。基点 S0S^0(22 点)から始めて確認できる。∎

「SkS^k を上半球と下半球に分け、赤道 Sk−1S^{k-1} で貼り合わせる」——次元が 11 下がった球面のホモロジーに帰着し、 帰納法で Hk(Sk)=ZH_k(S^k)=\mathbb Z が出る。各次元の球面が、その次元に1つだけ穴(空洞)をもつ。これで次元を区別できます。

系 次元の位相不変性

m≠nm\ne n なら Sm≄SnS^m\not\simeq S^n(ホモロジーが違う)、Rm≇Rn\mathbb R^m\not\cong\mathbb R^n、そして一般の次元は位相不変量: Rm≅Rn⇒m=n\mathbb R^m\cong\mathbb R^n\Rightarrow m=n。

証明

Hm(Sm)=Z≠0=Hm(Sn)H_m(S^m)=\mathbb Z\ne0=H_m(S^n)(m≠nm\ne n)ゆえ Sm≄SnS^m\not\simeq S^n。Rm≅Rn\mathbb R^m\cong\mathbb R^n なら一点を除いて Rm∖{0}≃Sm−1\mathbb R^m\setminus\{0\}\simeq S^{m-1}、Rn∖{0}≃Sn−1\mathbb R^n\setminus\{0\}\simeq S^{n-1} が同相ゆえ Sm−1≃Sn−1S^{m-1}\simeq S^{n-1}、上より m=nm=n。∎

「R2\mathbb R^2 と R3\mathbb R^3 は同相でない」——直感的には当たり前ですが、集合と位相の連続写像だけでは証明できません (π1\pi_1 でも R2\mathbb R^2 と R3\mathbb R^3 は区別できない、両方可縮)。球面のホモロジーが、次元という最も基本的な不変量を 捉える。ホモロジーの威力が、ここに集約されます。

応用:ブラウワーの不動点定理(一般次元)

定理 ブラウワーの不動点定理(n 次元)

連続写像 f:Dn→Dnf:D^n\to D^n は不動点をもつ。

証明

第3章の 22 次元の証明と同じ。不動点が無ければレトラクション r:Dn→Sn−1r:D^n\to S^{n-1} ができるが、 H~n−1(Sn−1)=Z≠0=H~n−1(Dn)\tilde H_{n-1}(S^{n-1})=\mathbb Z\ne0=\tilde H_{n-1}(D^n)(DnD^n 可縮)ゆえ、idSn−1\mathrm{id}_{S^{n-1}} が {e}\{e\} を経由して恒等になり矛盾。∎

π1\pi_1 で証明した 22 次元の不動点定理が、ホモロジー Hn−1(Sn−1)=ZH_{n-1}(S^{n-1})=\mathbb Z で任意次元へ一般化されます。π1\pi_1 が 11 次元の穴しか見えなかったのに対し、ホモロジーは全次元の穴を見るので、高次元の定理が証明できる—— 第6章で述べた π1\pi_1 の弱点をホモロジーが補う、その好例です。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • マイヤー–ヴィートリスは π1\pi_1 のファン・カンペンのホモロジー版。 アーベルなので融合積でなく完全系列。計算しやすい。
  • 切除は「AA の奥を切り取っても相対ホモロジー不変」。 重心細分で小さい単体に落とすのが証明の核。
  • Hk(Sk)=ZH_k(S^k)=\mathbb Z、他は 00。 各次元の球面はその次元に1つの穴。これが次元を区別する。
  • 次元の位相不変性はホモロジーで初めて証明できる。 π1\pi_1 では Rm\mathbb R^m(可縮)を区別できない。全次元を見るホモロジーが必要。

この章のまとめ

  • 切除定理(AA の奥の ZZ を切除しても Hn(X,A)H_n(X,A) 不変、重心細分)から、マイヤー–ヴィートリス系列(X=A∪BX=A\cup B を部分と共通部分で組み立てる完全系列)が出る。ファン・カンペンのホモロジー版。
  • 球面のホモロジー Hn(Sk)=ZH_n(S^k)=\mathbb Z(n=0,kn=0,k)、他は 00。証明は上下半球+赤道での帰納法(マイヤー–ヴィートリス)。
  • 帰結:次元の位相不変性(Rm≅Rn⇒m=n\mathbb R^m\cong\mathbb R^n\Rightarrow m=n)、任意次元のブラウワーの不動点定理。π1\pi_1 の弱点をホモロジーが補う。

次章は、実際に手で計算できる小さな鎖複体——CWホモロジーと、オイラー標数を扱います。