数学の作り方 How to make Mathematics

第9章 CWホモロジーとオイラー標数

特異単体は多すぎる——胞体で数え直す

特異ホモロジー(第6章)は理論的には美しいのですが、特異単体が非可算個あるため、定義から 直接計算できません。前2章の完全系列も強力ですが、手数がかかります。もっと手で計算できるホモロジーが欲しい。

それがCW(胞体)ホモロジーです。空間を有限個の「胞体」(点・線分・円板・球…を貼り合わせた部品)で組み立てると、 鎖複体が各次元有限個の胞体だけからなり、行列計算でホモロジーが求まる。多面体・曲面・射影空間など、たいていの 空間はこの形で扱えます。そして胞体の個数から、この分野で最も古く有名な不変量——オイラー標数 χ=VE+F\chi=V-E+F——が 出ます。多面体の VE+F=2V-E+F=2(オイラーの多面体定理)が、ホモロジーの言葉で「χ=(1)nbn\chi=\sum(-1)^nb_n」(オイラー–ポアンカレ) として一般化される。20002000 年前から知られた数が、2020 世紀のホモロジー論で真の意味を得るのです。

CWホモロジーは有限個の胞体で計算できる。胞体数の交代和がオイラー標数 χ=(1)ncn=(1)nbn\chi=\sum(-1)^n c_n=\sum(-1)^n b_n

CW複体

定義 CW複体

CW複体とは、次元の低い胞体から順に貼って作る空間:00 胞体(点)の集合から始め、各 nn 胞体nn 次元円板 DnD^n)を、その境界 Dn=Sn1\partial D^n=S^{n-1} を既に作った (n1)(n-1) 骨格へ連続写像で貼り付けて加える。

CW構造の例

  • 円周 S1S^100 胞体 11 つ(点 vv)+ 11 胞体 11 つ(両端を vv に貼った弧)。
  • 球面 S2S^200 胞体 11 つ+ 22 胞体 11 つ(円板の境界を一点に潰す)。または多面体(頂点・辺・面)。
  • トーラス T2T^200 胞体 11 つ、11 胞体 22 つ(a,ba,b)、22 胞体 11 つ(正方形、境界が aba1b1aba^{-1}b^{-1})。
  • 実射影平面 RP2\mathbb{RP}^20,1,20,1,2 胞体各 11 つ(22 胞体の境界が 11 胞体を 22 回巻いて貼る)。

CW構造は「最小限の部品で空間を組む設計図」。トーラスなら胞体4つ(1+2+11+2+1)で済みます。この胞体たちが鎖複体をなします。

胞体鎖複体

定理 胞体鎖複体とCWホモロジー

CW複体 XXnn 胞体を基底とする自由アーベル群 CnCW(X)C_n^{\mathrm{CW}}(X)(階数 = nn 胞体の個数)に、境界写像 (胞体を貼る写像の「次数」で定まる整数係数)を入れた鎖複体のホモロジーは、特異ホモロジーに一致する: HnCW(X)Hn(X).H_n^{\mathrm{CW}}(X)\cong H_n(X).

各次元が有限次元(胞体の個数)なので、境界写像は整数行列になり、ホモロジーは線形代数(というより 加群論の単因子)で計算できます。手計算が可能になる決定的な単純化です。

トーラスのホモロジー(胞体計算)

T2T^2 の胞体鎖複体は 0C2=Z2C1=Z21C0=Z00\to C_2=\mathbb Z\xrightarrow{\partial_2}C_1=\mathbb Z^2\xrightarrow{\partial_1}C_0=\mathbb Z\to022 胞体の境界は aba1b1aba^{-1}b^{-1} で、これはアーベル化すると a+bab=0a+b-a-b=0、ゆえ 2=0\partial_2=011 胞体の両端は同じ点ゆえ 1=0\partial_1=0。したがって H0=Z,H1=ker1/im2=Z2/0=Z2,H2=ker2=Z.H_0=\mathbb Z,\quad H_1=\ker\partial_1/\operatorname{im}\partial_2=\mathbb Z^2/0=\mathbb Z^2,\quad H_2=\ker\partial_2=\mathbb Z. 第6章の T2T^2 のホモロジーが、胞体4つの行列計算で再現される。

実射影平面:ねじれ

RP2\mathbb{RP}^22=2\partial_2=222 胞体が 11 胞体を 22 回巻く)。ゆえ H1=Z/2ZH_1=\mathbb Z/2\mathbb Zねじれ!)、H2=ker(×2)=0H_2=\ker(\times2)=0H0=Z, H1=Z/2, H2=0H_0=\mathbb Z,\ H_1=\mathbb Z/2,\ H_2=0。ホモロジーに有限群(ねじれ)が現れる——RP2\mathbb{RP}^2 の「向きづけ不可能性」の反映で、 ベッチ数だけでは見えない情報を持つ。

オイラー標数

胞体の個数の交代和が、由緒あるオイラー標数です。

定義 オイラー標数

有限CW複体 XXオイラー標数を、nn 胞体の個数 cnc_n の交代和 χ(X)=n(1)ncn=c0c1+c2\chi(X)=\sum_{n}(-1)^n c_n=c_0-c_1+c_2-\cdots で定める。22 次元多面体なら χ=VE+F\chi=V-E+F(頂点−辺+面)。

驚くべきは、この胞体の個数から決まる数が、胞体の取り方によらない位相不変量であることです。その理由が、 ホモロジーとの関係——オイラー–ポアンカレの定理です。

定理 オイラー–ポアンカレの定理

χ(X)=n(1)ncn=n(1)nbn,bn=rankHn(X) (ベッチ数).\chi(X)=\sum_n(-1)^n c_n=\sum_n(-1)^n b_n,\qquad b_n=\operatorname{rank}H_n(X)\ (\text{ベッチ数}). 右辺は胞体の取り方によらないので、χ\chi位相不変量(ホモトピー不変)。

証明

鎖複体 CnC_n について、rankCn=rankZn+rankBn1\operatorname{rank}C_n=\operatorname{rank}Z_n+\operatorname{rank}B_{n-1}n:CnBn1\partial_n:C_n\to B_{n-1} の階数、次元定理)、 rankHn=rankZnrankBn\operatorname{rank}H_n=\operatorname{rank}Z_n-\operatorname{rank}B_n。交代和 (1)nrankCn\sum(-1)^n\operatorname{rank}C_nBB の項が隣どうし打ち消し合い、 (1)nrankHn=(1)nbn\sum(-1)^n\operatorname{rank}H_n=\sum(-1)^n b_n が残る。∎

χ=VE+F\chi=V-E+F が、実はベッチ数の交代和だった」。だから多面体をどう三角形分割しても、同じ曲面なら χ\chi は同じ (線形代数の次元定理による相殺)。下で確かめてください。球面に同相な多面体はどれも χ=2\chi=2b0b1+b2=10+1b_0-b_1+b_2=1-0+1)、トーラスは χ=0\chi=012+11-2+1)、種数 ggχ=22g\chi=2-2gV,E,FV,E,F を変えても χ\chi は形(穴の数)だけで 決まる——胞体の交代和とベッチ数の交代和が一致するからです。

オイラーの多面体定理

球面に同相な凸多面体は VE+F=2V-E+F=2χ(S2)=2\chi(S^2)=2)。これがオイラーの多面体定理の、ホモロジーによる説明。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • CWホモロジー = 特異ホモロジー(有限個の胞体で計算)。 各次元が有限次元なので整数行列で計算できる。特異は理論、CWは計算。
  • ねじれ(Z/2\mathbb Z/2 等)が現れる。 RP2\mathbb{RP}^2H1=Z/2H_1=\mathbb Z/2。ベッチ数(自由部分の階数)だけでなく有限アーベル群の情報を持つ。
  • χ=(1)ncn=(1)nbn\chi=\sum(-1)^n c_n=\sum(-1)^n b_n(位相不変)。 胞体の個数の交代和が、ベッチ数の交代和に等しい。だから胞体分割によらない。
  • χ(S2)=2, χ(T2)=0, χ(Σg)=22g\chi(S^2)=2,\ \chi(T^2)=0,\ \chi(\Sigma_g)=2-2g 種数(穴の数)で決まる。VE+FV-E+F の由来。

この章のまとめ

  • CW複体は胞体(DnD^n)を境界で貼って組む空間。胞体鎖複体は各次元有限個の胞体を基底とし、整数行列でホモロジーが計算できる(特異ホモロジーに一致)。トーラス(胞体4つ)、RP2\mathbb{RP}^2H1=Z/2H_1=\mathbb Z/2 のねじれ)。
  • オイラー標数 χ=(1)ncn=VE+F\chi=\sum(-1)^n c_n=V-E+Fオイラー–ポアンカレχ=(1)nbn\chi=\sum(-1)^n b_n(ベッチ数の交代和、次元定理で相殺)。ゆえ位相不変量。
  • χ(S2)=2\chi(S^2)=2オイラーの多面体定理)、χ(T2)=0\chi(T^2)=0χ(Σg)=22g\chi(\Sigma_g)=2-2g20002000 年前の数がホモロジーで真の意味を得る。

ホモロジー論を終え、次章からコホモロジー——ホモロジーの双対で、さらに積構造(環)をもつ不変量へ進みます。