数学の作り方 How to make Mathematics

第7章 ホモトピー不変性と長完全系列

ホモロジーを「計算する」ための道具

前章でホモロジー群を定義しました。でも、定義(すべての特異単体を数える)から直接計算するのは不可能です (特異単体は非可算個!)。実際に計算するには、ホモロジーの性質を使います。この章では、その2本柱を整えます。

第一の柱はホモトピー不変性——ホモトピー同値な空間は同じホモロジーをもつ。だから空間を変位レトラクトで 単純化してから計算できます。第二の柱は長完全系列——空間 XX とその部分空間 AA のホモロジーを、XXAA、そして 「AA を潰した X/AX/A」(相対ホモロジー)の間の完全系列で結びつける。完全系列は「隣り合う項が核と像でつながる鎖」で、 加群論ホモロジー代数の中心概念。これらを組み合わせると、次章で球面や複雑な空間の ホモロジーが芋づる式に計算できます。「一部が分かれば残りが決まる」——完全系列は、ホモロジー計算のエンジンです。

ホモロジーはホモトピー不変(変位レトラクトで単純化できる)。対の長完全系列X,A,(X,A)X,A,(X,A) のホモロジーを結び、計算を可能にする。

ホモトピー不変性

定理 ホモロジーのホモトピー不変性

連続写像 f:XYf:X\to Y は準同型 f:Hn(X)Hn(Y)f_*:H_n(X)\to H_n(Y) を誘導し(関手性)、fgf\simeq g(ホモトピック)なら f=gf_*=g_*。 ゆえ XYX\simeq Y(ホモトピー同値)なら Hn(X)Hn(Y)H_n(X)\cong H_n(Y)(各 nn)。特に可縮空間は H0=ZH_0=\mathbb ZHn=0 (n1)H_n=0\ (n\ge1)

証明

(要点。)fgf\simeq g のホモトピー H:X×[0,1]YH:X\times[0,1]\to Y から、鎖ホモトピー P:Cn(X)Cn+1(Y)P:C_n(X)\to C_{n+1}(Y)(各単体を 「柱 Δn×[0,1]\Delta^n\times[0,1]」に持ち上げて三角形分割)を作り、P+P=g#f#\partial P+P\partial=g_\#-f_\# を示す。これは鎖レベルで f#,g#f_\#,g_\# が 「境界を除いて等しい」ことを意味し、ホモロジーでは f=gf_*=g_*。∎

鍵は鎖ホモトピー P+P=g#f#\partial P+P\partial=g_\#-f_\#。「単体を時間方向に柱状に引き伸ばして境界をとると、上面と下面の差になる」 という代数的な等式です。ホモトピー(連続変形)が、鎖の間の代数的関係に翻訳される。この不変性のおかげで、 変位レトラクト(穴あき平面 → S1S^1 など)で空間を単純化してからホモロジーを計算できます。

相対ホモロジー

XX の部分空間 AA を「潰して」考えるホモロジーです。AA の中の話を無視して、XX の「AA を基準にした穴」を測ります。

定義 相対ホモロジー

部分空間 AXA\subseteq X に対し、相対鎖群 Cn(X,A)=Cn(X)/Cn(A)C_n(X,A)=C_n(X)/C_n(A)AA 内の鎖を 00 とみなす)を作る。\partial が誘導され、 相対ホモロジー Hn(X,A)=kerˉn/imˉn+1H_n(X,A)=\ker\bar\partial_n/\operatorname{im}\bar\partial_{n+1} が定まる。直感的には X/AX/AAA を一点に潰した空間)の (簡約)ホモロジーに近い。

相対ホモロジー Hn(X,A)H_n(X,A) は「AA を境界として許した XX のサイクル」——たとえば「両端が AA にある道」も相対サイクル (境界が AA 内なので 00 とみなす)。XXAA のホモロジーを橋渡しする中間的な量です。これら3つが完全系列で結ばれます。

対の長完全系列

定義 完全系列

アーベル群と準同型の列 An+1fn+1AnfnAn1\cdots\to A_{n+1}\xrightarrow{f_{n+1}}A_n\xrightarrow{f_n}A_{n-1}\to\cdots完全とは、各所で imfn+1=kerfn\operatorname{im}f_{n+1}=\ker f_n(像と核が一致)。「隣の準同型の像が、次の核にぴったり」。

完全系列は情報が「漏れなく伝わる」鎖です。0ABC00\to A\to B\to C\to0短完全系列)なら ABCA\hookrightarrow B\twoheadrightarrow CCB/AC\cong B/A。この完全性が、未知の項を既知の項から決める道具になります。

定理 対の長完全系列

部分空間 AXA\subseteq X に対し、次の長完全系列が存在する: Hn(A)iHn(X)jHn(X,A)Hn1(A)iHn1(X)\cdots\to H_n(A)\xrightarrow{i_*}H_n(X)\xrightarrow{j_*}H_n(X,A)\xrightarrow{\partial_*}H_{n-1}(A)\xrightarrow{i_*}H_{n-1}(X)\to\cdots ii_* は包含、jj_*Cn(X)Cn(X,A)C_n(X)\to C_n(X,A) の誘導、\partial_*連結準同型(相対サイクルの境界を AA 内でとる)。

証明

短完全系列の鎖複体 0C(A)C(X)C(X,A)00\to C_*(A)\to C_*(X)\to C_*(X,A)\to0(相対鎖群の定義から完全)に、蛇の補題を 適用する。連結準同型 \partial_* は「相対サイクル [z][z]zC(A)\partial z\in C_*(A))を、その境界 zHn1(A)\partial z\in H_{n-1}(A) へ送る」で定まり、 系列の完全性が図式追跡(diagram chasing)で確かめられる。∎

証明の核心は加群論・ホモロジー代数の蛇の補題——「鎖複体の短完全系列から、ホモロジーの長完全系列が 自動的に生じる」。トポロジーの幾何的な状況が、純代数的な機械(蛇の補題)に還元されます。長完全系列の使い方は 「知っている項で挟んで、未知の項を絞り込む」です。

長完全系列でホモロジーを絞る

可縮な AA(例:XX 内の一点)なら Hn(A)=0 (n1)H_n(A)=0\ (n\ge1) なので、長完全系列で Hn(X)Hn(X,A) (n1)H_n(X)\cong H_n(X,A)\ (n\ge1)。 また AA が良い部分空間なら Hn(X,A)H~n(X/A)H_n(X,A)\cong\tilde H_n(X/A)(潰した空間の簡約ホモロジー)。ゆえ「XX から AA を潰した空間」の ホモロジーが計算できる。未知の Hn(X)H_n(X) を、既知の Hn(A),Hn(X/A)H_n(A),H_n(X/A) で挟んで決めるのが完全系列の威力。

注意 簡約ホモロジー

一点のホモロジーを 00 にそろえるため、簡約ホモロジー H~n\tilde H_n を使う(H~0(X)Z=H0(X)\tilde H_0(X)\oplus\mathbb Z=H_0(X)、他は同じ)。 一点で H~n=0\tilde H_n=0(全 nn)となり、完全系列がすっきりする。以後の計算で標準的に使う。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • ホモロジーはホモトピー不変(π1\pi_1 と同じく)。 鎖ホモトピー P+P=g#f#\partial P+P\partial=g_\#-f_\# が核心。変位レトラクトで単純化して計算。
  • 相対ホモロジー Hn(X,A)H_n(X,A) は「AA を潰した」穴。 Cn(X)/Cn(A)C_n(X)/C_n(A)。良い AA なら H~n(X/A)\tilde H_n(X/A) に一致。
  • 完全系列は im=ker\operatorname{im}=\ker 隣の像が次の核。情報が漏れなく伝わり、未知の項を既知で決める。
  • 長完全系列は蛇の補題から。 鎖複体の短完全系列 → ホモロジーの長完全系列。連結準同型 \partial_* が次元を下げる橋。

この章のまとめ

  • ホモトピー不変性XYX\simeq Y なら Hn(X)Hn(Y)H_n(X)\cong H_n(Y)(鎖ホモトピー P+P=g#f#\partial P+P\partial=g_\#-f_\#)。変位レトラクトで単純化して計算できる。
  • 相対ホモロジー Hn(X,A)=Hn(C(X)/C(A))H_n(X,A)=H_n(C_*(X)/C_*(A))AA を潰した穴、良い AA なら H~n(X/A)\tilde H_n(X/A))。
  • 対の長完全系列 Hn(A)Hn(X)Hn(X,A)Hn1(A)\cdots\to H_n(A)\to H_n(X)\to H_n(X,A)\xrightarrow{\partial_*}H_{n-1}(A)\to\cdots蛇の補題から)。既知の項で未知を挟んで決める、計算のエンジン。

次章は、もう一組の計算道具——切除定理とマイヤー–ヴィートリス系列で、球面のホモロジーを計算します。